#  781

『樹里からん/TORCH』
text by 悠 雅彦


Universal UPCH-1828 \2, 800

1. 接吻/Kiss
2. Ti Amo
3. 恋人よ
4. PRIDE
5. ワインレッドの心
6. ミスター・サマータイム
7. セカンド・ラブ
8. カムフラージュ
9. ANNIVERSARY
10. 時代
Bonus Track : Shima - Uta

阿部篤志(keyboard、arr)
奥山勝(keyboard、arr)
秋田慎治(p、arr)
佐野聡(tb)
佐々木史郎(tp)
春名正治(ss)
桑田修一(ss)
ヴァガボン鈴木(b)
杉本智和(b)
波多江健(ds)ほか

 日本の若いシンガーでは久々に、じっくりと聴くに値する人と出会った。
 樹里からんの名も憶えがあるという程度だったし、ましてや彼女の唄など聴いたこともなかった。あるときポピュラー音楽担当の新聞記者から、彼女がジャズに挑戦するアルバムを発表して注目を集めており、ステージを観る機会があったらライヴ評で取りあげたらどうかという話になった。手始めにくだんのジャズCDとやらを聴かせてもらいたいとお願いすると、ほどなく試聴盤が送られてきた。タイトルを『She - loves jazz -』(オーマガトキ)といい、帯には<ヴェルヴェットの歌声が綴る、10通のラヴレター>の文字が踊る。ホイットニー・ヒューストンがリバイバルさせた「For the Love of You」を皮切りにエルヴィス・コステロやスティングら近年に人気を集めたポップ・スターのヒット曲を堂々と、ときには愛でるように歌い上げているのだが、何よりも心を捉えて放さなかったのは彼女の情感表出(中でもそこに浮かび上がる心情)がいたって日本的でありながら、表現術としての歌作りは日本人離れしていることだった。つまり、4畳半的な雰囲気をも感じさせながらスケールの豊かな、こんなにも魅力的なシンガーが日本の、それもこれほど近いところにいたのか。知人の記者から教えてもらわなかったら聴き逃すところだったと思うと、複雑な気分になった。
 このCDにはもう1作が同封されていた。それがこの『Torch』である。『She- loves jazz-』は2009年10月発売だから新譜として紹介するわけにはいかない。しかし、本CDの方は去る2月の発売。一聴してさらに驚いた。いや、小躍りしたといっていいくらい。こちらの方が気に入ったからだし、実際とても魅力的な1枚だったからだ。この1作の彼女の方がある意味ではいっそう樹里からんらしい。言い換えれば、先に触れた彼女の日本人らしい情感表現が類稀なポエジーを発揮しして聴く者に訴えてくるのだ。この情感表現が生むニュアンスの多様さは、アルバム作りにおいて大きな位置を占めるアレンジャーの存在を抜きにしては語れないが、それを承知の上で樹里が日本人としての豊かな感性に恵まれた得がたいシンガーであることを明らかにしたといっていいくらいの充実した出来映えだ。
 <トーチ・ソング>とは失恋の歌で、失恋や片思いを好んで歌う歌い手を<トーチ・シンガー>という。ここに集められた曲の数々はいわゆる J-POP のスタンダードというべきラヴソング集で、五輪真弓の「恋人よ」、井上陽水(作曲:玉置浩二)の「ワインレッドの心」、竹内まりやの「カムフラージュ」、エグザイルの「Ti Amo」など10曲に、台湾期待の新人 Alisa(高以愛)を起用したボーナス・トラック「Shima - Uta」。これは彼女の第3作に当たるそうだが、1月に台湾で先行発売されたくらい台湾における彼女の人気は高い。デビュー作も人気に火がついたのはヨーロッパや台湾などのアジア各国だったと知れば、なぜ日本で樹里の実力や魅力が高く評価されなかったのだろうと不思議な気がする。何でも樹里からんの名はジュディ・ガーランドのもじりだそうで、父親の蒐集したエラ・フィッツジェラルドやサラ・ヴォーンなどのレコードを聴いて育ったといういかにもジャズ好きの彼女らしい。むしろ日本語の歌詞をオリジナル通りに歌った本作の方が樹里には「大きな挑戦」だったとか。そうと知ってびっくりしたほど彼女の日本語はきれいでフレーズも滑らか。本当にいい曲は歌い手次第で決まる。オリジナルの作詞作曲家には悪いが、ここに収録された各曲は樹里からんの歌唱で真にいい歌であると証明されたのではないか。激さず、感情に溺れず、むしろ丁寧に、淡々と歌って多様なニュアンスをたたえる情感を表現した彼女の唱法とセンスを称えたい。随所にスタジオ系ジャズ・プレイヤーの好ソロが聴けるし、何よりもコンテンポラリー・ジャズの流麗なサウンドを実現した秋田慎二(1、4、9)、奥山勝(2、6、8)、阿部敦(3、5、7、11)ら3人の編曲を高く評価したい。中島みゆきの(10)「時代」は唯一ピアノとの新鮮なデュエットで、気持のいい風がそよいできたような気がした。このピアニストはクレジットされていないが、樹里の唄を高く買う日本を代表する名手だそうだ。(2011年4月6日記/悠 雅彦)

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追悼特集
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COLUMN
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#10 Contents
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オスロに学ぶ
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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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