#  791

『小窓ノ王/Tension』
text by 悠 雅彦


KOYA/ラッツパック
KOYA - 108002

航 piano, vocal
植村昌弘 drums

1. 独標
2. 蜘蛛と花
3. 坂
4. オコジョ
5. あぜ道
6. 足跡
7. Shichi
8. ペテン師Δ♯18 * Bonus Track

2010年9月25日,Studio Dede (東京)にて録音

 ピアノとヴォーカルでユニークこの上ないファンタジックな世界を繰り広げる航(こう)の新作。彼女については昨年の秋だったか、第2作の『Do - Chu』を<My Choice 3>の中で紹介したことがあるが、あのときは彼女の表現の仕方、とりわけ過去に聴いたことがない言葉と音楽の意外性に富むコンビネーションの心くすぐる面白さをぜひリスナーにも体験してもらい、できたら感想を聞かせて欲しいと思ったのが本心だったような気がする。私1人で面白がっているのかもしれない、という居心地の悪さもあった。藤井郷子さんに勧められなければ、あの1作を拝聴する機会とてなかっただろうし、このユニークな個性に出会うのもずっと後になっていたかもしれない。実はあの紹介が縁でライヴもお誘いいただいたのだが、残念なことにうかがえなかった。そんなわけで、この第3作はあの『Do - Chu』以来久し振りに聴いた航の詩と歌の世界だったが、あの意外な面白さは健在だった。
 本作は植村昌弘とのデュオ作品。「小窓ノ王」がこのデュオの名ということだが、このデュオの第1作とわざわざ謳っているところをみると航自身も植村もこのデュオを大変気に入っており、デュオ活動を視野においた展開を図ろうとしているようだ。植村は20歳のときに一噌幸弘グループのもとでライヴ活動を始めたという。それ以前、たとえば10代の頃どんな音楽的環境のもとで、またドラマーとしてのどんな訓練や音楽経験を積んだのかを知りたくなるほど、この1作でも音楽的素養の深さとセンスの卓抜さが光る。航が植村の音楽性にぞっこんとなって、彼とコラボしたいという思いに駆り立てられた気持がよく分かった。思い切りがよくて機転がきき、しかも日本画の柔らかなタッチとニュアンスに通じる繊細さを発揮する彼の音楽性は、ドラマーとしては無論のことコンポーザーとしての面でも目をみはらせる。
 劈頭の「独標」が恰好の例。航のリズミックなピアノの前奏で始まる出だしに続く、航のヴォーカルで表現される言葉(詩)、ドラムを叩いて会話する植村の音楽的目配り(作曲)、彼の作曲した音符を作品として肉付けし表現する航の構成力(作品としてまとめる能力。クレジットには編曲とある)の一体感は、両者がいかに音楽的に共感し合っているかを示して余りある。シンプルなデュオ演奏には違いないが、その音楽的密度の濃さに象徴される揺るぎない構成感とテンションの高さに感心していると、たった2人による演奏であることを忘れてしまうほど。「オコジョ」と最後の「ペテン師」を含む3曲がいわばこの三位一体のすべてだが、植村が書いた(と思われる)スコアを見たい衝動に駆られた。それくらい作曲と即興が一体化しているといったら誉め過ぎだろうか。
 あとの5曲が航の作詞作曲だが、ここでも曲想や演奏の流れに的確にピントを合わせ、決して導きだされたテンションを壊すことなく、ムードとリズムに乗った流れに寄り添うがごとくリズムを刻む植村のプレイが印象的。彼の演奏に照準を当てて聴いていると、時おり邦楽の音響空間をしのばせる雰囲気があるのは気のせいだろうか。いや、仙波清彦に師事したことがある彼のキャリアに照らせば決して不思議はあるまい。
 不思議といえば、航については首を捻るところがあっちにもこっちにもあり、目がくらむ。デュオ名の「小窓ノ王」からしてチンプンカンプン。なぜ「小窓の王」ではないのかとか、なぜ「Komado-No-Oh」なのか等々。また彼女のピアノとヴォイスのアンバランスな対比。ピアノ演奏は国立音大で名伯楽の指導を受けた筋金入りの腕前だが、ヴォーカルは違う星からやってきた謎の人間が正体不明の言葉を操りながら、しかし新鮮な詩的世界を創りだす、というこの異質なハイテンション。<何百もの空>(「坂」より)、<日差し吸った石畳に染みる声>(同)なんて、ありきたりの発想では出てこない。<嘘の中に在る本当に気付いてしまいました タケヤブヤケタ 本当か嘘か>(「ペテン師」より)も、彼女のピアノに乗って歌われると、あたかも劇画の中に入り込んで、ペテン師になった気分にすらさせられる。あるときはサティを彷彿させたり、かと思えばプーランク風の諧謔を連想させたり。言葉によるボクシングが詩的表現を纏うと、こんな風に翔(と)んだ面白さが生まれるのかと思いを馳せたり。航は自身の音楽をたしか<混ぜこぜチャンプルー音楽>と呼んだが、日本語の語感とポエジーを彼女ならではの感性でピタリとキャッチし、言葉と音楽を紡ぎ合わせた独特の世界を発掘する能力に私は賛美しつつ注目する。
 前原雅子によるノーツの中に、膝を打つ航自身の言葉が紹介されていた。「近藤弘明の日本画を観たときに感じた “大胆かつ繊細かつファンタジック” ということを追究していきたい」と。まさに彼女の音楽は大胆、かつ繊細、かつファンタジック。私は近藤弘明の絵を知らないが、彼女が日本画からその暗示を得たことと、私が植村のドラミングに邦楽の何かを感じたこととには、一脈通じるところがあるのではないだろうか。
 彼女が現代の祈祷師かどうかは知らないが、とにかく翔(と)んでる感覚の持主であることは疑いようがない。(2011年5月3日 悠 雅彦)

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.