# 796
『ライカ/ネブラ』
text by 悠 雅彦
Verve/ユニバーサル・ミュージック | |
UCCM-1198 2,500円(税込) | ![]() |
1. エッセンス(アイル・オヴ・ジャワ)
2. マトリックス(シンク・オヴ・ワン)
3. イマジネーション
4. ブラック・ナルシサス
5. カイコ
6. ヴィジョンズ
7. ウォッチ・ユア・バック(アポイントメント・イン・ガーナ)
8. パヌージュズ・シープ(ロスト)
9. ヨーガ
10. メイク・ビリーヴ
11. ムーン・ブルー
12. キャン・イット・ビー・ダン
ライカ(vocal)
キーファス・シアンシア(keyboard)
クリス・ブルース(guitar)
マーク・ケリー(bass)
ディーントニ・パークス(drums)
ケンドリック・スコット(drums)
オリヴァー・レイク(saxophone)
ジョシュア・ローズマン(trombone)
ギルマー・ゴメス(percussion)
ミシェル・ンデゲオチェロ(bass/6のみ)
録音:2010年1月@ドリームランド・スタジオ、ウッドストック(NY)
一部のジャズ・ヴォーカル愛好家の間で話題になっていたビリー・ホリデイへのトリビュート・アルバム『Misery』(Blujazz)に次いで吹き込んだライカ・ファティエンの新作。日本で公式に発売される彼女の吹込作品は本作が最初だと思うが、デビュー・アルバムに当たる2004年の『Look at Me』及び2008年の『Misery』がともに彼女自身のプロデュースで制作されたのに対して、この新作はコンテンポラリー・ブラック・ミュージックの分野で特異な能力を発揮して屈指の存在感を示しているミシェル・ンデゲオチェロがプロデューサーを買って出ている点でも、また彼女の演奏仲間である親しいミュージシャンも何人か参加している点でも聴きごたえがあり、また他方ライカ自身も単なるヴォーカリストを超えた不思議な個性を持つヴォーカル表現者としてのユニークな能力を発揮したアルバムといっていいと思う。噛めば噛むほど味が出るという言い方にならえば、聴けば聴くほど彼女のどこかひなびた色合いが点滅するような魅力から逃れられなくなる感じ。こんな感覚は久し振りだった。
前作同様に、本作にもさまざまな聴きどころがある。先ずは、彼女が選んだセレクション。(1)がブルーノート吹込で根強い人気を有するテナー奏者ティナ・ブルックスのオリジナル。以下、(2)がセロニアス・モンク、(4)がジョー・ヘンダーソン、(7)がジャッキー・マクリーン、(8)がウェイン・ショーター、(10)がチャールス・ミンガスと、モダン・ジャズ黄金期のビッグ・ネームのオリジナル曲がずらりと並ぶ。このうち上掲クレジットの曲目中(1)、(2)、(7)、(8)の4曲では彼女自身が歌詞を書いている。曲名のあとの括弧内が原曲のタイトルだが、詩的才能に加えて英語に精通した彼女の高度な知性がまぶしい。ネットで検索すると、ライカは象牙海岸出身の父と、モロッコ人とスペイン人のハーフである母との間にパリで生まれ、モロッコ人のユダヤ系家族の中で母、祖母、叔母たちに可愛がられて育ったとある。大学で演劇を学んだり、対抗文化の華としてパリに根を下ろしていたジャズに親しんだりする中で育まれた彼女の柔らかな新しい自己が、80年代初頭のパリを賑わしはじめたワールド・ミュージック気流に乗って誕生したのではないかと考えると実に興味深い。
ライカは1968年の生まれで40代だから若いという歳ではない。プロデューサーのンデゲオチェロとはほぼ同年齢。彼女もアフリカン・アメリカンであり、何らかの接点があって彼女のサークルと関わるようになったのかもしれない。音楽の壁を越えて幅広い活動を推進しているンデゲオチェロの背景を知り、同時にその近作を聴けば、二人が意気投合し合ったわけはなるほどよく分かる。ンデゲオチェロの来日公演に同行したこともあるオリヴァー・レイクを筆頭に、ジョシュア・ローズマン、ケンドリック・スコットらはジャズ界でも名の通ったミュージシャンだが、彼らが他のロック系演奏仲間と和気藹々の演奏を展開するあたりにも、脱カテゴリー的で特異な音楽性をもつ二人の個性が共振し合った本作の聴きどころが、潜んでいるようだ。
それら以外の曲では(3)が唯一のスタンダード曲。(6)と(11)がスティーヴィー・ワンダーの曲で、(9)がアイスランドのビョークの作品。二人ともまさにカテゴリーを超えたアーティスト。(5)はブラジルのポップ曲らしいが、要するに二人には音楽の垣根がないということだ。
ライカの唱法はフレージングの自分がここだと思うポイントでアクセントを付けるところはカーメン・マクレェを想起させる。あるいは舞台での役者然とした台詞調(言い回し)で言葉を表現するあたりでは、個人的にはアビー・リンカーンやダイアン・リーヴスの歌唱法が脳裏に浮かんだ。そういえば、前作ではリンカーンの「Throw It Away」を取りあげていた。実際に、彼女は女優としても活躍しており、デューク・エリントンの大作『A Drum Is a Woman』の舞台公演では重要な役をつとめたという。ただし、シンガーとしては声の幅が決して広くないし、声量も乏しい。その点ではスケール性には欠けるが、その何倍もの詩的情感をたたえた精妙なニュアンスや知的なアプローチが生む豊かな味わいが聴く者を惹きつけてやまない。とりわけ往年のモダン・ジャズを愛好するファンにはお薦めしたい1作である。(2011年5月27日記 悠 雅彦)
追悼特集
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
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#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
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#10 Contents
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シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
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#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
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#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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