# 798
『フランシーン/クール・ヴォイス〜リタ・ライスに捧ぐ』
text by 悠 雅彦
オランダは過去、往年のリタ・ライスやアン・バートンなど世界的にも名の通ったジャズ・シンガーを輩出しているが、その伝統は現在も生きているようだ。本作のフランシーン・ヴァン・トゥイネン(ネット上にはタイネンの表記もある)はまさにその代表的存在だと、本作を聴いて確信した。
実は寡聞にして、フランシーンを実際に聴くのはこれが初めて。2009年にRed Sauce というレーべルで発表した『Daytrippers』に次ぐ新作ということになるようだが、1998年に同国フローニンゲン(グローニンゲンの表記もある)音楽院を卒業した年に吹き込んだ『Tuindance』(VIA Rec-ords)のほか、2002年の『Despina' s Eye』、翌年の『A Perfect Blue Day』2005年の『Muzyka』等の吹込作から推して、彼女はフルーリンとともに現代オランダのジャズ界を代表するヴォーカリストと見なして間違いないようだ。またフルーリンのプロデュースで第1作を吹き込んだギタリスト、ジェシー・ヴァン・ルーラーが、『Muzyka』に続いて本作でもフランシーンのバックをつとめている。2人のシンガーとジェシーとの間には何らかの関わりがあるのかもしれない。さらにもう1人、本作には同国ジャズ・ヴォーカル界の大御所でこの分野のパイオニアだったリタ・ライスの名が見える。もちろん歌うわけじゃない。フランシーンの才能を称え、彼女の演唱に “クリスタル・クリアな歌” との賛辞を贈っているのだ。リタ・ライスといえば50年代にジャズ・メッセンジャーズとも共演して評判を呼び、日本でも70年代初めに『ジャズ・ピクチャーズ』(Philips)などのアルバムでファンの関心を集めた名花。80代半ばの現在では第一線を退きながらも、フランシーンのクールでソフトな唱法に全盛期の自らの姿を重ね、後継者として応援しているのだろう。
声をもてあそぶことも、これみよがしのアクセントを強調する過剰表現とも無縁の、ソフトな語り口で、聴く者を瞬間的に魅了する。のみならずこのフランシーンというシンガーの柔らかな息づかいとスムースこの上ない言葉(歌詞)の使い方は、当代屈指の実力を暗示するものと感心した。オランダのシンガーはみな英語が上手いが、彼女のそれはネイティヴと遜色なく、しかも洗練された表現とマッチし合った流れのスムースさに癒される思いで、ちょっと誇張するなら気持よく酔った感じ。そのとき、ふと思った。かのレスター・ヤングやスタン・ゲッツの旋律の歌わせ方がまさにこれだ、と。
不必要なアクセントをつけないので、うっかりすると何気ない節回しや歌い回しに気がつかないうちに通り過ぎてしまう。たとえば(2)の「ティー・フォー・トゥ」でのヴァースの唱法がそう。この歌い方に肩を並べるシンガーは、今日ではちょっと見当たらないような気がする。オープニングの「ディートゥア・アヘッド」も、(4)のヘンリー・マンシーニ作曲「ドリームズヴィル」も、シナトラの名唱があった最後の(10)「イン・ア・ウィー・スモール・アワーズ」にしても例外ではない。
この1作は“Sings Standard Tune”というべきスタンダード曲集であるが、どれも渋みのある作品を並べている点でもユニーク。また、バラード集といいたいくらいゆったりしたテンポの曲が中心。アップテンポの曲は(3)、(9)、それと(7)「ザッツ・オール」の中盤以降くらい。といって彼女はテンポのある歌が苦手なわけではなく、(3)「ララバイ・イン・リズム」のセカンド・コーラスでのフォー・ビートの軽快なスウィング唱法、特に器楽奏者のアドリブに通じる創意溢れるフェイクに爽快感を感じる人は少なくないはずだ。彼女はアムステルダム音楽院と並ぶフローニンゲン校で学んだだけにどんなフレージングでもアプローチが知的で、行き当たりばったりのところがない。往年のアニタ・オデイのような八方破れ的唱法までを注文すれば無い物ねだりになるが、そこまで望みたいほど彼女の能力と洗練された唱法は素晴らしい。確かにマット・デニスの(8)の崩し方などには、音楽学校で学んだ人らしいインテリジェンスが匂う。8年前の『A Perfect Blue Ray』ではケニー・ランキンの「Haven' t We Met」を歌っているらしいので、どんな唱法で料理しているのか聴いてみたくなった。また6年前の『Muzyka』ではアコーディオンのリシャール・ガリアーノと組んでどんなスタイルを披露したのか興味が募る。そう考えめぐらせると、本作の彼女は最もオーソドックスな唱法をとっているのかもしれない。いずれにせよ、ヴォイス、リズムのノリ、ヴィブラート、中域から高域にかけてのバランス感覚といったコントロールの秀逸ぶりからいって並みの力ではない。リタ・ライスの賛辞も単なるお世辞ではないと実感させられた。(2011年5月30日記 悠 雅彦)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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