# 801
『藤本一馬/サン・ダンス』
text by 稲岡邦弥
“たとえば、エグベルト・ジスモンチのスケール感、バーデン・パウエルの突破力、パット・メセニーのピュアネス……”こういうキャッチ・フレーズに身構えてはいけない。虚心坦懐に聴くべし。仮にこの3人のカリスマの資質をすべて兼ね備えているギタリストが存在するとしたら...。おそらく、このキャッチ・フレーズに顔をしかめているのは藤本自身ではないか。アーチストは誰々に似ている、誰々風、という形容を極度に嫌う。それが本物のアーチストであればあるほど。オリジナリティを生命(いのち)とするジャズ系のアーチストであればなおさらだ。
僕がまだ駆け出しの頃。ピアニストのローランド・ハナのレコーディングに係わったことがあった。彼のパーカッシヴなタッチを耳にして、「あなたのタッチはセロニアス・モンクに通じるものがありますね」と声をかけたところ、「僕は、ローランド・ハナだ。セロニアスではない。もちろん、セロニアスは尊敬しているけれど」と、にこりともせずに言い放った。巨人モンクを引合に出せば気持ちよくレコーディングに入れるのではと考えた僕の若気の至りである。苦い思い出として鮮明に記憶に焼き付いている。
それはともかく。ここで聴かれる音楽の最大の特徴は「ヒューマンな温もり」 と「大地の香り」だろう。オープナーの<海への祈り>から最終曲の<ブルー・ライト>までつねに聴こえる心臓の鼓動、息遣い、伝わる体温、そして彼らの心根(こころね)。それらを忠実に再現しているのは一聴アナログ録音かと聴き紛うアコースティックを生かした録音だ。それは最初の一音から僕らの心を捉えて離さない。懐かしくも優しく耳に馴染む音。音楽。
すべての楽曲は藤本のオリジナル。インスピレーションの源泉は日々の生活や自然、ネイティヴに対する畏敬の念。それらの楽曲に生命(いのち)を与え、音楽として見事に具現化した共演者がコントラバスの工藤精とパーカッションの岡部洋一。工藤は初耳だがピチカートとアルコを巧みに使い分け悠揚迫らず藤本の音楽に宇宙を持たせることに大きく貢献した。パーカッションの岡部はさまざまな場面で体験してきたが、これほど音楽に深く入り込んだ例をついぞ知らない。パーカッションの化身と化す場面が幾度(いくたび)も。藤本が使用するギターの詳細は明記されていないが、おそらくナイロン弦、マーチン、オヴェイションなどアコースティック系を曲趣によって弾き分けているようだ。
藤本が自身の豊かな楽想を過不足なく描き尽くす語彙と技量を十二分に持ち合わせていることは言うまでもない。
オヴェイションの響きも生々しいケルティッシュな<ハーモニー・ボール>も印象に残るが、けだし圧巻は、25分を超すタイトル曲の<サン・ダンス>。アメリカン・ネイティヴのスー族の伝統的な儀式に想を得た曲で、藤本のスピリットが共演者に乗り移り描き出される凄絶な祝祭空間に息を呑む。いや、はからずも精霊がその場の世界を支配したというべきか。それにしてもかのサン・ダンスの世界をテーマに選ぶチャレンジング精神は、藤本のこのアルバムにかける意気込みが並々ならぬものであることを示して余りある。
全編を通じた快い緊張感ともぎたての新鮮さはオーバーダビングを排したライヴ録りに拠る。どのジャンルにもこだわらない藤本のオープンな音楽性が工藤と岡部という望み得る最高の共演者を得て見事に開花した成功例に違いない。
たしかに、スケール感もあれば、突破力もある。ピュアネスはいうまでもない。
しかもそのどれもが並外れたレヴェルに達している。しかし、それらは誰に似たものでもない。藤本一馬自身が独自に獲得した固有のものだ。
藤本一馬とは、人気Jポップ・デュオ「オレンジペコー」のギタリストその人で、ギタリストとしてはこれが初めてのソロ・プロジェクト。すでに次作に取りかかっているそうだが、これだけのアルバムを凌ぐ内容をどのように実現するのか、それはそれでとても興味あるところだが、しばらくはこのアルバムの世界に浸っていたい。(稲岡邦弥)
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
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