# 802
『寺久保エレナ/ニューヨーク・アティチュード』
text by 望月由美
Blue in Green/King Records KICJ-615 3,000円(税込) |
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寺久保エレナ・ウイズ・レジェンド:
寺久保エレナ(as)
ケニー・バロン(p)
ロン・カーター(b)
リー・ピアソン(ds)
ドミニク・ファリナッチ(tp,flh) on (4)、(7)&(9)
1. ニューヨーク・アティチュード(Kenny Barron)
2. ワン・フォー・ユー(渡辺貞夫)
3. スター・アイズ(Gene De Paul-Don Raye)
4. オリエンタル・フォークソング(Wayne Shorter)
5. ザッツ・ザ・トゥルース(寺久保エレナ)
6. インヴィテーション(Bronislaw Kaper)
7. ジス・ヒア(Bobby Timmons)
8. ファッシネーション(寺久保エレナ)
9. デル・サッサー(Sam Jones)
10. ボディ・アンド・ソウル(John W. Green)
プロデューサー:伊藤八十八
エンジニア:鈴木良博
録音:2011年4月18日、19日
スタジオ:アヴァター・スタジオ、NYC
昨年6月、アルバム『ノースバード』(Blue in Green)で鮮烈なデヴューを果たした寺久保エレナ(as)の待望の2作目である。第一線に躍り出てからの一年は国内のトップ・アーティストとの共演、「東京ジャズ」への出演、さらにフランスやアフリカでのコンサートを成功させるなど大活躍の年であった。そうしたなか、本アルバムは周囲の高まる期待感、重圧をものともしない奔放なプレイで、よりスケールの大きい寺久保エレナの鼓動が聴かれる。
デビュー作を発表した時点ですでに模倣の域は遥かに超えていて自信みなぎる表現力を有していた寺久保エレナであるが、本作ではより腰のすわったプレイへと変貌をとげている。彼女の最大の魅力であり、強みであるずっしりと太い音はより確かさ、迫力を増し、さらに伸びやかに柔やかに、そしてストレートに大きく唄っている。
基本はピアノ、ベース、ドラムズにエレナのアルトというワンホーン・カルテットで、曲によりトランペットが加わり2管のクインテットになるという編成で全編にわたってエレナの溌剌とした清新さが吹き出している。
そして本人及びスタッフの意気込みがメンバーの人選、選曲に顕れている。ピアノのケニー・バロンはスタン・ゲッツ(ts)との『ピープル・タイム』(Emarcy)を持ち出すまでもなくサックスとのコンビネーションとしてはまさに最適である。前作の『ノースバード』でも好サポートしており寺久保エレナにとってはアルバムのサブタイトルにあるようにまさにレジェンドな存在といえる。本アルバムでもタイトル曲(1)<ニューヨーク・アティチュード>を提供し寺久保エレナの積極的なアプローチを手際よくサポートしている。バッキングにソロにキラリと光るケニー・バロンのピアノには上手さを超えた温かみがあり音楽に深みを加えている。ベースのロン・カーターは『スーパー・プレミアム・バンド』(Happinet HMCJ-1001)でケニー・バロンとコンビを組んでおり「東京ジャズ2010」にも出演した間柄である。ここ数年オーソドックスなジャズに力を入れているロン・カーターであるが、性根を据えた時のロン・カーターのリズムは力強く艶っぽい。とりわけ(10)<ボディ・アンド・ソウル>の導入部で寺久保エレナのカデンツァにベース一本で絡むあたりは巧みの技を感じる。そしてドラムズのリー・ピアソンも前作から引き続いての登用であるが、しなやかなリズムで絹のように肌触りが良い。それでいてシャキシャキと鋭く飛び交うシンバルとタイミングのいいバスドラが寺久保エレナをより一層よく唄わせている。(9)<デル・サッサー>などまるで目の前で叩いているように生々しい録音は、ジャズの醍醐味はドラムズにある、というプロデューサーの意向がはっきりと示されているようである。
レコーディングにあたってエレナはレジェンド達を相手にここは自分がリーダーなのだから遠慮してあとで後悔しないように、英語は未熟だけど、音楽的なことについては通訳を立てずに自ら身振り手振りを交えながらコミュニケ−ションをとり、駄目だしも含めてすべて自分で仕切ったというが18歳でなかなか出来ることではないリーダーシップぶりである。ケニー・バロン、ロン・カーター、リー・ピアソンの3人もその辺の事情は十分心得ており、息の合った完璧なリズムを形成し寺久保エレナをワン・ステージ上に飛躍させることに貢献しているあたり、やはりプロフェッショナルな姿勢を感じる。(4)、(7)、(9)に参加するトランペットのドミニク・ファリナッチもこれまでウィントン・スクールの優等生という認識を持っていたが、ここでは寺久保の意を解してストレート・アヘッドなプレイに徹し作品に効果的なアクセントをつけている。
選曲面、曲の並べ方も巧妙で約1時間、10曲を一気に聴かせてしまう。キャノンボールの当たり曲(7)<ジス・ヒア>、(9)<デル・サッサー>やウェイン・ショーターの(4)<オリエンタル・フォークソング>といった歴史的なジャズメン・オリジナル、(3)<スター・アイズ>、(6)<インヴィテーション>、(10)<ボディ・アンド・ソウル>という著名なスタンダード。そして寺久保エレナ、ケニー・バロンのオリジナルが巧妙に配置されている。そしてもっとも印象に残るのが寺久保エレナのオリジナル(5)<ザッツ・ザ・トゥルース>である。スロー・テンポのバラード。こんなにもしっとりとしたバラードを思い描けるのか、そしてスピード感をもって吹けるのか、とても18歳とは思えない熟成度である。ケニー・バロンの絡みも素晴らしいがロン・カーターのピチカートもつぼにはまっている。少女らしさものぞかせる可愛い曲である。
寺久保エレナは今年の春、高校を卒業したばかりの19歳(本アルバム録音時は18歳)という若さであるがじつによくジャズを聴きこんで身につけている。小学校の時にオーケストラに加入、小学6年の時にパーカーを聴いてカッコイイと思い、以来ジャズ一本、学校に通う道すがらヘッドホンでジャズを聴いていたというが、女子高生がひたむきにジャズに熱中している姿は「もしドラ」以上に奇異に映ったのではないかと思うが、こうしてベーシックなジャズをしっかりと聴きこんで身に付けているのであろう。
そして渡辺貞夫の(2)<ワン・フォー・ユー>での寺久保のアルトは一瞬、若いときの貞夫が出てきたかと思わせる瞬間があるが、聴き進んでゆくうちにそれは単なる模倣ではなく、貞夫へのリスペクトであることが分かってくる。(3)<スター・アイズ>では骨太のパーカーが、(7)<ジス・ヒア>、(9)<デル・サッサー>では躍動するキャノンボールのイメージがオーバーラップするがそれぞれがみんな各先達のエッセンスを身につけた上で自分の語法を身につけ自然体の寺久保スタイルに昇華されている点は驚嘆に値する。また、ウェイン・ショーターの(4)<オリエンタル・フォークソング>ではリー・モーガンの役どころにドミニク・ファリナッチを選びショーターの名曲を新しい解釈で現在に蘇らせている。モーダルな曲での寺久保も説得力がある。
新宿ピットイン、毎年恒例の5月、「ゴールデンウィーク・山下洋輔3Days」にスペシャル・ゲストで出演した寺久保エレナを聴いた。本アルバムのレコーディング一ヶ月後とあってアルバム収録曲中心に披露したが山下のフリー曲にも真っ向から渡り合い本音でジャムを楽しんでいたエレナはデビュー一年とは思えない存在感があり、トークもチャーミングでスター性を感じた。
寺久保エレナは世界中で6000人に3人という難関のプレジデント・スカラシップを取得し今秋からバークリーに通うことになっている。彼女は、音楽はもとより、語学を身につけ、アメリカでの生活を体験し、新たに出会う友人との交流を深めることが一番の目標だという。これからどのように自己の世界を切り拓いてゆくのか大いに期待したい。 (2011年6月 望月由美)
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