#  803

『ジェイムス・ファーム』
text by 悠 雅彦


Nonesuch/ワーナー・ミュージック・ジャパン
WPCR-14121 2,680円(税込)

ジョシュア・レッドマン(tenor sax、soprano sax on 10)
アーロン・パークス (piano,celeste,pump organ,Prophet-5,
  Rhodes,Hammond home organ,hums)
マット・ペンマン (bass)
エリック・ハーランド (drums)

1. コークス
2. ポリウォグ
3. ビジョウ
4. クロノス
5. スター・クロスト
6. 1981
7. 1 ・ 10
8. アンラヴェル
9. イフ・バイ・エア
10. ロウ・ファイヴス
11. トリックスター

2010年8月26〜29日、ニューヨーク録音
Produced by James Farm

 優れた演奏内容とは別に、幾つかの点で興味深い新作だった。
 ジャケットを開くと、一面に広がる農場が目に飛び込む。地平線の彼方に森か木立の黒い陰が見えるだけの農場がアルバム・タイトルのジェイムス・ファームなのだろうが、実はまたグループ名でもある。とすればこの農場とグループ名との間に何らかの関係があるのだろうが、その説明はジャケットには見当たらない。邦文のノートにも触れられていない。
 最大の興味の焦点は、ジェイムス・ファームを名乗る4人グループのここでの音楽である。ある意味では単なる興味の的というよりは、謎(とりあえずここでは?をつけておく)といってもいいかもしれない。ノンサッチ作品ということから、ジョシュア・レッドマンが音頭をとったであろうとの想像はつくが、実際にはメンバーの4人が対等の立場でグループを形成しているリーダーレス・グループ。もしくは4者がリーダーのセルフ・グループである。実際、4者がそれぞれオリジナル曲を提供していることに加え、各作品を構成する主要コンセプトや演奏展開上のさまざまな要素に深く関与していること、しかもその根底に4者の関係が<対等>あるいは<同等>の融和と緊張のバランスで成り立つ美学が輝いている点を、見逃すことはできない。パークス、ペンナン、ハーランドの3人がジョシュア・レッドマンと何を介して出会い、互いの何に共鳴し、どんな音楽的関係を醸成してきたかを私は知らないが、ここでの知的な融和と一体感は並みのものではない。しかし、そこにはある種の闘争性、言葉を換えればコンセプトをめぐる緊張関係や、あるいは演奏者同士が一つの目的に向かって主張をたたかわせる人間臭い“汗”が感じられない。そう言ったからといって、私はことの是非を問おうとしているのではなく、これが今日のジャズ・ミュージシャンの在り方、時代の変遷と進展の中で彼らが獲得してきた立ち位置であり、このことを認めない限り今日の新しい世代のジャズ音楽家たちの創造を理解することはできない事実を、まずは押さえておかなくてはならないということである。2年前の4月に来日公演を披露したときのジョシュアのピアノレス・トリオによる印象深い演奏にも感じられたことだが、しかしあの演奏にはジョシュアの明確なコンセプトと美学が主張としてあった。ところが、ここでは4者の一体化した主張が全編に浮かんでおり、たとえばジョシュアが和を乱すようなプレイをすることは決してない。黄金時代のジャズで育った私たち世代には想像もつかないこの<洗練性>をどう理解すればよいのか。ここには、あるいは彼ら新世代のジャズ音楽家にはごく当たり前の、括弧付きのジャズはない。黒人性や民族性、ときにはイデオロギーとも無縁な現代のジャズ表現の最も優れて洗練された例のひとつとして、ジェイムス・ファームの音楽は存在するといってもいいのではないか。これまでもうすうす感じてきた今日のジャズの在り方が、優れたグループ表現を通して活きいきと浮かび上がったのだ。
 1980年代に入ってまもなく一つの事実がクローズアップされた。新たにジャズ界にデビューするグループやプレイヤーはみな音楽学校で薫陶を受けた者で占められるようになり、いわゆる叩き上げのミュージシャンが見られなくなったことだ。日本では誰も彼もがボストンのバークリー音楽院を目指すようになり、一時はバークリーの学生の半分以上が日本人だと揶揄されることさえあった。バークリーのみならず、米国ではさまざまな大学が70年代半ば過ぎからジャズ界で名を売った往年の名プレイヤーらを教師や教育スタッフのメンバーとして抱える傾向が顕著になり、こうした大学でこれら教師の教えを受けた学生のジャズ界への進出が一般化した。今日ジャズ界で活躍する若い世代のミュージシャンはほとんどこの例に漏れない。ジョシュアは恐らくその最年長演奏家だろう。彼より輩下の若い世代にとっての関心事は皮膚の色や民族などの出自でも歴史的繋がりでもなく、まさに学生時代に培ってきた高等テクニックやそのときの薫陶で得た知的な理解に基づくアプローチだろう。すべての音楽に対して等間隔の思考性、偏見のない音楽観。その最良のプロダクションとして、このジェイムス・ファームのデビュー作を私は聴いた。ジョシュアのホーンからはもはや特別にアフロ・アメリカンとしてのヴォイスは聴こえない。そうでなくてはジェイムス・ファームの音楽は成立しない。それを是とするか非とするかで本作への評価が変わるのではないか。私は複雑な気持に揺れながらも、しかしこれは優れた1作であることは疑いようもなく、高い評価を献上することを厭わない。(2011年6月19日記 悠 雅彦)

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