#  806

『Gianni Gebbia & Diego Spitaleri/The Melody Book』
text by 伏谷佳代


Terre Sommerse:2011

ジャンニ・ジェッビア(altosax)
ディエゴ・スピタレッリ(piano)

1. Genesi
2. The Melody Book T
3. Intro-Rose
4. Rose
5. Melodina
6. Sanctus
7. La Suffocation
8. Silver Wind
9. Dharani
10. La Doucereuse Sarabande
11. At Last I am Free
12. The Melody BookU

録音:2011年2月13〜14日 ローマ
プロデューサー:ファビオ・フルナーリ(Fabio Furnari)

抒情が、メロディが、脳裏にこびりついて離れない。
身体に染みついたメロディの記憶の書。

パレルモのジャンニ・ジェッビア(Gianni Gebbia)より珠玉の1枚が届いた。
人々がジャンニ・ジェッビアに抱くイメージとはどのようなものだろう。最先端のインプロヴァイザー。インプロという単語が強烈に放つ「前衛」の匂い。特殊奏法、メロディの断絶、ノイズ、爆音、構造、断片、再構築、云々...。そういった小難しい概念からはほど遠いところにあるアルバムである。『The Melody Book』----そのタイトルどおり、ふんだんにメロディを封じ込めた作品である。シンプルにストレートに音が伸びきる、アルト・サックスとピアノによるデュオ。聴いているそばから体内にやわらかな光線が通り抜ける。

ジェッビア-スピタレッリによる自作品のなかに、ショパンの前奏曲 (7. La Suffocation)やThe Chic (11.At Last I am Free)、17世紀のフランスのリュート奏者シャルル・ムートン (10. La Doucereuse Sarabande)、シチリアの民謡歌手ローザ・バリストレーリ(3.Intro-Rose, 4.Rose)などが全く同じ地平線上で自然に息づき、たっぷりと歌い込まれる。メロディの断片、などと言うなかれ。すべては紡がれ、ただ「流れること」に徹しているのだから。よくよく聴けば、フリー色濃厚な奏法的・コード的な伏線はもちろん引かれている。しかし、それらはあくまでメロディの肉付けに過ぎないのだ。音楽を生むインスピレーションの源は、頭脳では割れないエモーショナルなものである。擦り切れるまで聴いたアナログ・レコードに愛着を覚えるように、人にはそれぞれ身体に擦りこまれたメロディがある。そういった人生のエレメントは、奇抜な形で再提示されるより、懐かしいレコードに唐突に針を落とすように、余計な前置きなしで再現されるのが相応しい。何段階も上手の大人のスタイルである。

ジェッビアが今も住むパレルモは、戦後のイタリア・ジャズの一大メッカだった。アメリカ兵のシチリア上陸とともに持ち込まれたジャズ。なかでもビック・バンドが盛況で、現在もパレルモに現存するジャズ・クラブ”The Brass Group”は、とりわけ1970年代にはイタリアで最もアクティヴなジャズ・シーンのひとつだった。ジェッビアは夜ごとにこのクラブに通いつめ、オーネットやミンガス、デクスター・ゴードンといったジャズのレジェンドたちの演奏に直に触れ続けたという。もちろん80年代などには、いわゆる土地のエスニックな要素とジャズを融合させる実験的な試みも盛んだったというが、そうした潮流も鳴りを潜め、今に至っては特殊性はさほど認められないという。「日本では、たとえばサルデーニャの音楽なんかはジャズと結びついて結構入ってくるけれど」と振ってみたところ、「自分の『シチリア性』というのは、多分にイマジナティヴなものでね。ソノリティにおいてもフォークロア性においても」との答えが返ってきた。ジャンニ・ジェッビアは循環奏法など、いわばテクニカルなハード面は、サルデーニャの伝承音楽のなかで学んだという。日本でいえば箏や尺八に近いニュアンスを自らの音楽に採り込む為だったというが、日本の禅寺でも修行しているジェッビア、そうした世界各地のさまざまな要素が彼の『シチリア性』として血肉化されている事実が興味深い。このアルバムの9曲目”Dharani”でも、「循環奏法による禅のメロディ」という実に個性的かつコスモポリタンな世界が現出している。

共演ピアニストのディエゴ・スピタレッリについて述べておけば、やはりパレルモ出身でジェッビアと同世代。シチリアを中心にイタリア各地のミュージシャンと共演、ニューヨークにも進出している。キャリアの長いピアニストで、ジェッビアとのデュオも20年以上。音色自身が非常に甘やかで美しいことはもちろん、ヴェテランらしく阿吽の呼吸でソノリティの隙間を埋めることができる勘と耳の良さ、バランス感覚に秀でる。

外から聴こえてくるのに、記憶の奥底から溢れ出ていると錯覚する、慈しみに満ちた音楽。楽器は自在に「歌い」こなされ、琴線まで届く速度は最速だ(伏谷佳代/Kayo Fushiya 7月2日記)。

【参考サイト】
http://www.terresommerse.it/shop/index.php?categoryID=40
https://sites.google.com/site/giannigebbia
http://www.myspace.com/spitaleridiego

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