#  811

『チック・コリア|エディ・ゴメス|ポール・モチアン/ファーザー・エクスプロレーションズ〜ビル・エヴァンスに捧ぐ』
text by 望月由美


ユニバーサル・ミュージック
UCCJ-3027/8(2CD)
3,500円(税込)

チック・コリア (p)
エディ・ゴメス (b)
ポール・モチアン (ds)

CD 1:
1.ペリズ・スコープ(Bill Evans)
2.グロリアズ・ステップ(Scott Lafaro)
3.ゼイ・セイ・ザット・フォーリング・イン・ラヴ・イズ・ワンダフル(Irving Berlin)
4.不思議の国のアリス(Sammy Fain‐Bob Hilliard)
5.ソング No.1(Bill Evans)
6.ダイアン(Erno Rapee‐Lew Pollack)
7.オフ・ザ・カフ(Chick Corea‐Paul Motian‐Eddie Gomez)
8.ローリー(Bill Evans)
9.ビル・エヴァンス(Chick Corea)
10.リトル・ルーティー・トゥーティー(Thelonious Monk)

CD 2:
1.ホット・ハウス(Tadd Dameron)
2.モード Y(Paul Motian)
3.アナザー・タンゴ(Chick Corea)
4.ターン・アウト・ザ・スターズ(Bill Evans)
5.ラプソディ(Chick Corea)
6.ヴェリー・アーリー(Bill Evans)
7.バット・ビューティフル・パート1(Jimmy Van Heusen‐Johnny Burke)
8.バット・ビューティフル・パート2(Jimmy Van Heusen‐Johnny Burke)
9.プッチーニズ・ウォーク(Eddie Gomez)

プロデューサー:チック・コリア
エンジニア:バーニー・カーシュ
録音:2010年5月4日〜17日 
場所:ニューヨーク、ブルーノートにてライヴ録音

多数のメモリアル・アルバムの中でも白眉といえる聴き応えのある作品

 昨年(2010年)の5月、ニューヨークのクラブ、ブルーノートで2週間にわたって繰り広げられたライヴ演奏の中からチック自ら選曲したビル・エヴァンスへのトリビュート作である。チックはギグを行うに当たってエヴァンスを主題にして演奏し、それをレコーディングすることを計画。それを実現したのが、この2枚組のトリオ・アルバムである。メンバーもエヴァンスと長年一緒に演奏してエヴァンス・ミュージックの形成に大きな役割を果たした二人が選ばれている。ポール・モチアン(ds)はいうまでもなく、伝説の1961年ヴィレッジ・ヴァンガード・セッションでスコット・ラファロと共に新しいトリオ・ミュージックを創造した一人である。そして、エディ・ゴメス(b)はスコット・ラファロ亡き後1966年から11年間エヴァンスと行を共にし、エヴァンス・トリオの熟成期をエヴァンスと共に築き上げた一人である。ライナー・ノーツの中でボブ・ベルデンが、三人は事前にエヴァンスのアルバムを全てチェックし、それらの中から自分たちなりのアプローチで音楽的な発展を追及できる曲を選んで演奏に臨んだのだと述べている。プロデューサーでもあるチック・コリアのこのレコーディングへの意気込みが感じられる。
 2週間の出演で、90分のステージをトータル24回行い、その中からチック自ら選んだという選曲はエヴァンス〜ラファロ〜モチアンによる伝説のオリジナル・トリオ時代のレパートリーが三曲と最も多く選ばれていて、さらにエヴァンスが作曲して未発表のままになって埋もれていた曲もとりあげている。
 CD1の(1)<ペリズ・スコープ>はオリジナル・トリオの記念すべきファースト・アルバム『ポートレイト・イン・ジャズ』(Riverside)に収録されていた曲で、三位一体となってあやなすトリオのプロトタイプ的な代表曲であるが、当時の一員であったポール・モチアンが鮮やかなハイハット捌きから軽やかにスイングし、途中でドラム・ソロやブレイクを鮮やかに決めて当時のムードを再現してくれる。(2)<グロリアズ・ステップ>と(4)<不思議の国のアリス>は歴史的なヴィレッジ・ヴァンガード・セッション『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(Riverside)に収められていた曲で往時の雰囲気を醸し出しながらも今の新しい息吹を感じさせてくれる。これら三曲はスコット・ラファロの名演で知られるが、エディ・ゴメスがラファロに敬意を表しながらも力強いソロとスインギーなベース・ランニングで自己アピールをしている。エディ・ゴメスが参加した1968年の『アット・モントルー』(Verve)以降、エヴァンスは内省的な繊細さに力強い推進力が加わった。ゴメスが影響したように思う。ゴメスも多くのものをエヴァンスから受けており、二人の間には相互作用がはたらき、11年間という長いコンビネーションが組めたのだと思う。(5)<ソング No.1>は公式演奏が残されていなかったというエヴァンスの珍しい曲である。私も初めて聴いたが、落ち着いてゆったりとしたテンポで、どこかでエヴァンスが弾いていて聴いたことがあるのではと錯覚するような、耳に馴染んだフレーズが次々と展開するメロディアスな曲である。なぜ、エヴァンスが録音しなかったのか不思議である。
 チック・コリアは「リターン・トゥ・フォーエヴァー」、「エレクトリック・バンド」「アコースティック・バンド」「ファイブ・トリオ」「上原ひろみとのデュオ」等々、常に時代の風を読んで時流を先取りした様々なパフォーマンスを行い成功させてきているが、ピアニストとしての鮮烈なメッセージを伝えたのはやはりロイ・ヘインズ(ds)、ミロスラフ・ヴィトウス(b)との1968年録音『ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス』(Solid State)だと思う。以来、チックは多くのベーシスト、ドラマーとトリオを組み、表現の領域を広げてきたが、本作で、チックは原点ともいうべき『ナウ・ヒー・シングス〜』をしのぐほどの溌剌としたプレイでピアニストとしての本領を発揮している。チックは、本作『ファーザー・エクスプロレーションズ』に三曲の自作曲を提供しているが、興味深いのは(9)<ビル・エヴァンス>。かつてチックは<バド・パウエル>というバドに捧げたオリジナル曲を発表しているが、今回もそのものずばりのエヴァンス・トリビュート曲である。心やすまるバラードである。チックは、はじめエヴァンスを偲ぶかのようにゆったりと沈み込むように弾く。しかし、繊細なタッチは、徐々に芯が強くなりやがてチックのロマンティックな世界へと展開してゆく。タッチもサウンドもチックそのもので、まるで現代版『ナウ・ヒー・シングス〜』のように新鮮に響く。(10)<リトル・ルーティー・トゥーティー>はモンクの曲。エヴァンスは60年代には多くのモンク曲を録音している。チックも同様でECMの『Piano Improvisations Vol.2』でモンクの<トリンクル・ティンクル>を豊かな発想で僅か2分にまとめ上げたのを聴いてびっくりしたことがあったが、ここでもモンクのユニークな響きを活かした名演を繰り広げている。こちらは10分強という長尺である。
 CD2に入ると、チック、ゴメス、モチアン各人のオリジナル曲が主体で、その間にエヴァンスの曲やスタンダードが挿入されるという構成で、チック〜ゴメス〜モチアンというニュー・トリオの世界が展開される。三人はただ単に長いキャリアの持ち主というだけでなく、旺盛な表現意欲を持ち合わせているので、お互いに触発されてどんどんヴォルテージが上がってゆく様子が手に取るように見えて面白い。エヴァンスの愛奏曲(4)<ターン・アウト・ザ・スターズ>では、ゴメスがバッハの無伴奏チェロ組曲を想わせるような艶のある弓弾きでヴァーチュオーゾぶりを発揮している。
 今年はビル・エヴァンスのヴィレッジ・ヴァンガード・セッションから50周年ということでメモリアル・アルバムが多数出ているが、本アルバム『ファーザー・エクスプロレーションズ〜ビル・エヴァンスに捧ぐ』はその中でも、メンバー、ロケーション、選曲のどれをとっても白眉といえる聴き応えのある作品である。
 チックは現在「リターン・トゥ・フォーエヴァーW ワールド・ツアー」で世界を廻っており、今秋には『リターン・トゥ・フォーエヴァー』 “リターンズ・トゥ・ジャパン・ツアー2011”で来日が決まっている。トリオとはまた違ったチックが聴けることになるであろう。(2011年7月 望月由美) 

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