#  812

『アガ・ザリヤン/ルッキング・ウォーキング・ビーイング』
text by 悠 雅彦


Blue Note
TOCJ-90071
2,500円(税込)

アガ・ザリヤン (vo)
ミハウ・トカイ (p, key, programming)
ミハウ・バランスキ (b)
ウカシュ・ジタ (ds)
ダヴィト・ドルーシュカ (g)
ムニュンゴ・ジャクソン(p)

1.チェリー・ツリー・アヴェニュー
2.ルッキング・ウォーキング・ビーイング
3.レット・ミー
4.フォー・ザ・ニュー・イヤー・1981
5.星もひとりぽっち
6.シーキング・マイ・ラヴ
7.フェブラリー・イヴニング・イン・ニューヨーク
8.マイ・ネーム
9.テンプテイション・ゲーム
10.ウェイティング・ザ・ムーン
11.幸せとは何でしょう
12.ザ・スレッド
13.トゥ・シー・ア・ワールド
14.ワルツ・フォー・デビイ
15.あなたと夜と音楽と

録音:2008年9月〜2009年6月、ワルシャワ、ロサンジェルス

 今日のヨーロッパ・ジャズの成熟した充実味を伝える優れたジャズ・ヴォーカル・アルバムが、またも登場した。今回はヨーロッパの隠れたジャズ大国ポーランドから。1976年(1月17日)、ワルシャワ生まれのアガ・ザリヤンといい、本作が彼女にとっての日本へのデビュー作となる。前々回にご紹介したオランダのフランシーンといい、スウェーデンを筆頭とするスカンジナヴィアの歌姫たちといい、優れた個性とヴォーカル・ファンを魅了するこれらジャズ・シンガーたちのセンス豊かな唱法は、米国の二流に甘んじていた感のある一昔前の欧州ヴォーカル・シーンを思うと隔世の観さえ抱かせる。
 この新作に収録されている2008〜9年吹込曲(1〜12)のうち7曲がアガ・ザリヤン自身、5曲がデニーズ・レヴァートフ(米国詩人とあるが、ポーランド系だろうか)の詞に、デビュー以来彼女のピアニストを務めるミハウ・トカイを中心に、本録音でも素晴らしいギター・プレイで彼女をバックアップするチェコ出身のダヴィト(デイヴィッド)・ドルーシュカらが作曲した、いずれもまるでポーランドのシャンソンとでもいいたい新曲ばかり。これらは耳に馴染みのない曲にもかかわらず、思わず立ち止まって聴きほれるといった類の魅力的なソングで、シャンソニエを彷彿させるアガの品のいい下町唱法を通して、ポーランド的でありながらジョニ・ミッチェル風のジャズ・ヴォーカルに仕立て上げられていくところが聴きものである。
 日本では無名に等しいが、アガ・ザリヤンは2008年にフレデリック・アワード(フレデリック・ショパンの名にちなむポーランドの最も権威ある音楽賞)を受賞したほどの実力派で、高い評価を得た2006年の話題作『Umiera Piekno』などゴールドやプラチナ盤となった作品も多い。彼女は今年ついに米国のブルーノートと契約した初のポーランド人となったが、歌のうまさ、表現の洗練性、カーメン・マクレーを思わせる説得力を考えれば何らの不思議もない。また、彼女の英語が素晴らしくきれいなのも聴きものといっていいが、子供のころ英国のマンチェスターで教育を受け、ジャズやポップスに理解のあった両親のもとでシンガーを志したことが、ザリヤンの伸びのびとした唱法やジャズ界きってのストーリー・テラーともいうべき表現力を育む大きな要素となったのだろう。とりわけ軽快なリズム感に支えられたスマートなフレージング、旋律を絵のように語り継いでいくテクニックを存分に味わいたい1作。聴きものはほかにもある。たとえば、バックの洒落たアンサンブル、中でも味(物語性)のあるリズム構成、ドルーシュカの優れたギター演奏など。ブルーノートが彼女に着目したのもうなづける1作といっていい。デビュー以来のコンビを誇るミハウ・トカイのプロデューサー能力を示した1作でもある。
 ボーナス・トラックをうたっているのが最後の3曲(13〜15)。クレジットによれば、これらは2001年9月の吹込だという。彼女のデビュー作は2002年の『My Lullaby』なので、それ以前のいわば習作時代の録音かもしれない。それにしては、何という完成度の高さだろう。2008〜9年吹込作とほとんど変わらない水準の高い洗練された唱法である。なぜ3曲だけなのかは分からないが、ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」といい、「ユー・アンド・ザ・ナイト・アンド・ザ・ミュージック」といい、今これだけのセンスと洒落たテクニックでこれらを歌えるシンガーがいるだろうか。ちなみに、ファンが注目する人気のヒラリー・コールの新作にも「ユー・アンド〜〜〜」があったので聴き較べてみたが、ザリヤンの勝ちだった。(2011年7月16記 悠 雅彦)

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