# 813
『Achim Kaufmann Trio/VERIVYR』
text by 伏谷佳代
Pirouet:2011年 (7月29日発売予定) |
アキム・カウフマン(piano)
ジム・ブラック(drums)
ヴァルディ・コリ(bass)
1. Permission(DINGBATS)
2. Elephant and Boat
3. Kobuk
4. Gatur i Christiania
5. Bright Industrial Smile
6. Fada Verde
7. Le Quadrimoteur(WOLS)
8. Lonceng-Lonceng
9. Berlin No Light
10. E Jinx
録音:2010年9月 ミュンヘン
プロデューサー:ジェイソン・ザイツァー(Jason Seizer)
媚薬のような香気と計算高さが同居するカウフマンのピアノ
ケルン出身で長らくアムステルダムを拠点に活躍していたピアニストAchim Kaufmann (アキム・カウフマン)の最新作。アムステルダムではMichael Moore (マイケル・ムーア)らと組んだクァルテット“Gueuledeloup”や、Frank Gratkowski (フランク・グラトコウスキ)、Wibert de Joode (ウィルベルト・デ・ヨーデ)らと組んだピアノ・トリオが記憶に新しい。そんなカウフマンは2009年よりベルリンへ居を移し、地元のミュージシャンと活発な活動を行っているほか、複数のプロジェクトで活躍している模様。自己のピアノ・トリオも複数擁し、ベルリンの若き俊英ドラマーChristian Lillinger (クリスチァン・リリンガー)、ベーシストRobert Landfermann (ロベルト・ラントフェルマン)と組んだ『Gruenen』(2010;clean feed)も各楽器がもつソノリティの隅々までを使い切った秀作だったが、2008年の『Kyrill』に続いて今回発売されるJim Black(ds)とValdi Kolli(b)を迎えてのトリオも、聴き手の聴覚に怜悧な熱狂をもたらす独特の触手を持っている。
アキム・カウフマンのピアノの魅力は何と言ってもそのニュアンスの美しさと多彩さにある。取り立てて音量が大きくなくとも、その存在感は絶えず絶大である。向こうから迫ってくるのではなく、聴いているほうが何とか音を聞き逃すまいと耳をそばだてるよう、意識と集中力を喚起させるとでも言えばよいか。簡単に言えば「その気にさせる」媚薬のような香気と計算高さ(もちろん褒め言葉)が同居している。ピアノは主役として君臨することはあまりなく、ドラムとベースとの対等な対話のなかで沈んだり顔を出したり。打楽器の顔と弦楽器の顔のふたつを縒り分けつつ、両者の間を縫うように進む。そのミクロな実況の綾ごとに聴き手は立ち止まり耽溺する、その連続である。一度捉えられたら逃れられない蜘蛛の巣。カウフマンはクラリネットの素養も豊かなだけあって、フレージングにおける音圧の増減はさすが。ひとつひとつのシークエンスが生き物となる。
シンバルの摩擦による金属質の微風のなか、じわじわと滲みを増してくるピアノの単音が静謐かつ不穏な1.Permission。ピアノは一音一音の輪郭をはっきりと刻みつつも、旋律としての波を失わない。パーカッシヴであると同時にメロディアス。ベースとドラムが急かす隙間を縫って自在に飛び跳ねる。音とリズムの突進/陥没と停滞の相互作用のごとき2.Elephant and Boat。ピアノはかなり湿度の高い音で風穴は少なめ。三者の音はほとんど重なり合うことはなく、それぞれがボツボツと地底より煮え立つ感覚。しかしサウンド全体として見たときに、これ以上ないくらい絡まり合い「出会っている」。オチがないという点でグラヴィティへの反発か。当然、ここでクローズアップされるのはベースの引っ張りであるが、音を落とすのではなく吸収し消失させるValdi Kolli (ヴァルディ・コリ)、なかなかに老獪だ。時折スタンダードっぽいエレメントを仄めかしながらしっかりとした筆致で描かれる単線のメロディと、ハープ風のパッセージの舞い降りがメリハリの効いた据え置きの磁場を作りあげる4. Gatur i Christianiaは、風に背中を押されているような自然なグルーヴ。ピアノの連綿たるメロディのリフ上をベースとドラムが脈動してゆく6.Fada Verdeあたりまでくると、ほとんどこちらの意識は大自然のなかへ解き放たれていることにふと気づく。ピアノの音色も極めてナチュラル。マイクを効かせた透明な「インドアの音」はなく、丸みを帯びたひそやかなる遊色効果。上質の天然オパールを覗き見るかのようだ。こうした解放感は続く7.Le Quadrimoteur(WOLS)で全開となり、それまでチェンバー・ミュージック的にアンサンブルの一員としてなりを潜めていたJim Black (ジム・ブラック)のパワフルなドラミングが突出してくる。タイトルが「フォーエンジン飛行機」、副題が流浪の画家・ヴォルスと来ればピンと来ようものだが(※カウフマンはボヘミアン的生涯を送った画家にシンパシーを感じるのか、前作ではジェイムス・アンソールにオマージュを捧げた曲あり)、なるほど微妙なずらしの非対称なアプローチで、ベースが打ち立てるリズム基軸に巻きつくドラムとピアノ。「イメージの書付け」であるところの作曲行為そのものを疑問に付す、想像力の出発点の編み直しと挑発は確かに絵画のアンフォルメルに近い。先に既存のヴォルスのイメージがあるのではなく、一から生成して新たなフォームを醸成してゆく過程こそが画家への最大のオマージュとして結実する。森羅万象、起こることの肯定。またそれはフリー・フォームを身上とするミュージシャンには極めて自然に解放された姿でもあろう。終盤にかけて「成り行き」のようにアタックを合わせてくるドラムとピアノも爽快だ。昇りつめたあとの凪として訪れる内省的な8.Lonceng-Lonceng(※インドネシア語で「鐘」の意)、ベルやシンバル、擦弦、プリペアド・ピアノのノイズと、88鍵が醸すメロディとの断片のレソナンス。東洋的な陶器のくぐもりをも感じさせる無国籍風の一幕である。小流は次第に束となって太さを増すも、イメージの輪郭はどんどんぼやけてくるというパラドックス。巨大なる田園都市・ベルリンを描いた9.Berlin No Lightでは、都市にたゆたう独特の緩さがエラスティックな緩急の緊迫のうちに展開される。ピンポン玉のように弾け飛ぶパーカッシヴなピアノと裏腹に、加湿の限界を試すかのようなベース音の、手の温もりの残存した伸びが印象に残る。
アキム・カウフマンの音楽の細部に捉えられたが最後、こうして際限がなくなる(長くなり失礼)。問われるは「ピアノ・トリオ」という形態は何たるや。保守的なようでいて未知の源泉である。ピアノはまた記譜の宝庫、常に「既成」との相克の最もリアルな現場のひとつと言えよう。カウフマンの、絶えず塗り替えられては堆積するピアニズムの断層、その成熟から今後も目が離せない。日本でももっと知られて良いアーティストである(伏谷佳代/Kayo Fushiya 7月15日記)。
【参考サイト】
http://www.achimkaufmann.com/
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