#  816

『高橋信之介/Blues4Us〜ライヴ・アット・新宿ピットイン』
text by 望月由美


ピットインレーベル/ディスクユニオン
PILJ-0004 ¥2,500

高橋信之介 (ds)
山下洋輔 (p)
池田 篤 (as)
中村健吾 (b)

1. バード・フード(オーネット・コールマン)
2. ビック・ニック(ジョン・コルトレーン)
3. アフリカン・フラワー(デューク・エリントン)
4. ランブリン(オーネット・コールマン)
5. ストレイト・アップ・アンド・ダウン(エリック・ドルフィー)
6. ブルース・フォー・アス(高橋信之介)

プロデューサー: 高橋信之介、品川之朗(PIT INN MUSIC)
エンジニア: 菊地昭紀(PIT INN MUSIC)
録音: 2010年9月24日@新宿ピットインにてライヴ収録

ジャズの一回性という側面を際立たせた一夜限りのスーパー・セッション

 なんとまあ熱いこと。ジャズ・クラブ「新宿ピットイン」の熱気がダイレクトに伝わってくる。高橋信之介(ds)の足かけ10年ぶり、久々の新作は「新宿ピットイン」でのライヴ・レコーディングとなった。ニューヨークと日本を往き来して活躍している高橋信之介がリーダーとなって行われた一夜限りのスーパー・セッションであり、まさにジャズの一回性という側面を際立たせたライヴ・アルバムである。
メンバーには山下洋輔 (p)、池田 篤(as)、中村健吾 (b)の3人が参加している。高橋信之介は山下洋輔とは2000年から山下洋輔「4G‐UNIT」の一員として活動しており、2002年のファースト・アルバム『Rumination』(ewe)では山下洋輔にアルバムのプロデュースをしてもらっているという親しい関係である。また、池田 篤(as)、中村健吾 (b)とは小曽根真の「ノー・ネーム・ホーセズ」で行を共にしている友であり音楽的にも分かり合っている間柄である。
 ライヴに臨んでこの四人が選んだ曲はオーネット・コールマン、ジョン・コルトレーン、デューク・エリントン、エリック・ドルフィーといったジャズのパイオニアたちの今や伝説とも云える楽曲が並び、曲目を見ただけで胸が躍る思いである。オーネットは(1)<バード・フード>と(4)<ランブリン>の二曲。いずれもオーネットの初期の作品『世紀の転換』(Atlantic)に収録されていたオーネットの原点ともいうべき曲で、オーネット(as)がドン・チェリー(tp)との2管でピアノ・レスのカルテットであったのに対して、ここでは山下のピアノが入ったワン・ホーン・カルテットという編成で、山下のピアノがその鍵をにぎっているようである。コルトレーンの(2)<ビック・ニック>は『デューク・エリントン&ジョン・コルトレーン』(impulse!)でトレーンがソプラノで臨んだのに対し、こちらは池田篤のアルト。(3)<アフリカン・フラワー>はエリントン、『マネー・ジャングル』(United Artists)からの曲で、ここでは、池田篤が抜け、『マネー』と同じピアノ・トリオで演奏されている。そして(5)<ストレイト・アップ・アンド・ダウン>はエリック・ドルフィー『アウト・トウ・ランチ』(Blue Note)からと、なんとも豪華なラインナップであり、時代を超えたハードな曲ばかりが並んでいる。しかも各曲10分強と云う聴き応えのある程よい長さである。高橋信之介カルテットは時にこれらのパイオニア達の偉業に思いを馳せる。しかし、往時の感傷に終わらせないのがこの4人。名曲達に今の活力と熱いエネルギーを与えているのである。
 リーダーの高橋信之介はオーネット曲でビリー・ヒギンズ(ds)を偲び、コルトレーン曲でエルヴィン・ジョーンズ(ds)を、エリントン曲でマックス・ローチ(ds)、そしてドルフィー曲でトニー・ウイリアムス(ds)と心の奥底で交感しながらも自らの感性と技法によって斬新なリズム、そしてダイナミズムを生み出している。 ドラミングが一曲ごとに変化に富んでいて多彩で、さながら高橋信之介のショーケースのような構成にもなっている。
 ピアノの山下洋輔は高橋信之介が洗足音大に在籍していた頃から注目していたそうで、高橋がプロ入りすると直ぐに自己のグループに登用するなど、高橋のよき理解者であった。山下洋輔はここではリーダーとしてではなく、ピアニストとして壷にはまったバッキングでグループをサポートしている。メンバーの音を一音たりとも逃さず聴き取り、すぐさま反応しジャブをくりだす。か、と云って黒子になっている訳ではなく、ここぞと云うところでは「グガン、グガン、タバトトン」と山下節が炸裂する。(3)<アフリカン・フラワー>ではミンガスを想わせる中村健吾のベース・ソロから山下洋輔が耳に馴染んだエリントンのメロディをゆったりと弾く。弾くというよりも語りかけるという感じでエリントンの世界に入り込み、自由なインプロヴィゼーションを展開する。スローなテンポのなかに奥深いエレガントな風情をたたえている。最近の山下さんはニューヨーク・トリオなどでもこうした洒脱な趣を聴かせてくれることがままある。ここでは中村健吾(b)もミンガスのフレーズを起点に巧みなピチカートで存在感を示している。また、高橋信之介もローチに敬意を表してか、全編マレットを使って彩りをつけている。また、(4)<ランブリン>ではアルトの池田篤とピアノの山下との熾烈な掛け合いが面白く、それを高橋信之介があおり、3人が暴れ廻る中、中村健吾が力強い堅実なリズムでしっかりと支える。その対比が面白い。ドルフィーの(5)<ストレイト・アップ・アンド・ダウン>では池田篤のアルトが嬉々として、一見この難解なメロディをいとも容易く吹く、そして、冷静沈着に淡々と思索的なフレーズを紡いでゆく。しかし、背後に迫る山下の激しいバッキング攻勢に遂には炸裂し、ダイナミックに咆哮する池田篤のアルトが印象的である。高橋信之介のオリジナル(6)<ブルース・フォー・アス>は文字通りのブルースで、ジャム・セッションのノリで山下〜池田〜中村が理屈抜き、明快にブルースを演奏した後、リーダーの高橋が手際のよいドラム・ソロで締めくくる。そしてピットインらしい暖かい拍手がステージの終わりを告げる。
 新宿ピットインには45年間ライヴにこだわり、日本のジャズと共に歩んできた新宿ピットインの空気、音がある。ミュージシャン、PA、そしてオーディエンスが一体となって、時間をかけて創り上げられてきた音には新宿ピットインにしかないグルーヴがある。その音を、その空気感をダイレクトに伝えようと発足した『ピットインレーベル』は、「ピットインの生の音」をCDの中に凝縮し、強力なメッセージを発信し続けている。その第4作目が『高橋信之介/ブルース・フォー・アス』である。 (2011年7月 望月由美)

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