#  817

『Ochsenbauer meets Sokal/Bass Player’s Delight』
text by 伏谷佳代


Jawo Records(Germany):2011

ヨハネス・オクセンバウアー (b)
ハリー・ゾ−カル (ts,ss)
ティツィアン・ヨスト (p)
ミヒャエル・コイル (dr)

1. Jump Monk
2. Tamalpais
3. Del Sasser
4. Spring can really hang you up the most〜Little Waltz
5. Tricotism
6. Nimbus
7. Cella
8. Brownin’
9. Miss Morgan

録音:2010年12月 ドイツ・ウンテレンズィンゲン
プロデューサー:ゲロルド・メルクル(Gerold Merkle)/トム・ニックル(Tom Nickl)
ライナーノーツ:ロン・マクルーア(Ron McClure)

ベーシストの心意気がしかと伝わってくる仕上がり

収録曲を見れば一目瞭然、ベースのレジェンドたちによる名曲が並んでいる-----Mingus(1,7)、Pettiford(2,5)、Sam Jones(3,9)、McClure(6)。それに自作の2曲 (4,8※4はピアニストTommy Wolfの名曲とのメドレーから入るが) がプラスされる形だ。「ベース奏者の歓び」と銘打たれたタイトル、単に過去へのオマージュに終わることなく、ベースを弾くということの原点をしかと見据えつつ、そのオマージュのベクトルは輝かしい未来へも向けられている。ベーシストは単なるバイ・プレイヤーでなく、上に挙げた偉大なる先達たちを引き合いに出すまでもなく、思いっきり歌心を滲ませることもできるという事実。これ見よがしに主役を張るのではなく、自己の音楽をバンド・サウンドという大枠で結実させるのがあくまでベーシストの流儀-----そんな心意気がしかと伝わってくる仕上がり。硬派で知的、かつ熱い。

Johannes Ochsenbauer(ヨハネス・オクセンバウアー)は1982年生まれ、というからまだ30歳にも満たない若手。ミュンヘンでクラシックとジャズを学び、ロン・カーターやチャーリー・ヘイデンにも薫陶を受けたという。現在もミュンヘン・シーンを中心に活躍している。アルバムで大きくフィーチャーされているHarry Sokal(ハリー・ゾーカル)については説明不要だろうが、ヨーロッパ・シーンにおけるポスト・コルトレーン派の代表格。ヴィエンナ・アート・アンサンブルのメンバーとしても長い。ピアノで参加しているTizian Jost(ティツィアン・ヨスト)もミュンヘン・シーンで活躍する実力派。現在40代半ばだがキャリアは長く、わずか13歳でオルガニスト・デヴュー、18歳からはジャズ・ピアニストとして第一線を張り続けている(日本でも澤野工房より自己のピアノ・トリオ作品を数枚リリースしており、ご存じの方も多いのではないか)。ドラムのMichael Keul(ミヒャエル・コイル)はヴェテラン・プレイヤー。ビリー・ブルックスの弟子であり、クラーク・テリーやウッディ・シャウらのバンドにも参加、多数の音源を残している。

冒頭のJump Monkで「キマリ」である。ドラムス/ピアノ/ベースによる切れ味抜群のコードの叩きつけがスプラッシュ効果。Sokalのメロディアスかつ苦み走ったテナーが乗ってくる。録音効果もあるのだろうが、低音から高音までの音の伸びと凝縮感。ベースの精確極まりないタイム感覚も素晴らしい。2.Tamalpais、Pettifordの名曲だが、テンポをかなり落としてテナーに十分なスペースが確保される。Tizian Jostのピアノがとりわけ明るく柔和な光彩を付与する3.Del Sasser、キャノンボール盤ではアルトとコルネットの管2本使いだったが、ここではテナー1本である分、ピアノがメロディを肉付けしてふくらみを持たせている。各パーツが平等なウエイトを持って感じられるところにアレンジのセンス(Jostによる)が光る。ただし、キャノンボール盤のように各楽器の差異が強調されての、音の重力バランスの妙を求める向きには多少物足りないかもしれない。T.S.エリオットをも彷彿させる憂いのタイトル4. Spring can really hang you up the mostは長いベース・ソロ。分散和音が落とし込まれた先にある残響の融和と消失の世界。そこには出たとこ勝負の、賭けのようなあやうさも滲む。すべては楽器の手触りに還元されるのだ。続く5.Tricotismでは、テナーとのメロディのユニゾンが軽妙。エア含みの、実体をはぐらかすベース音がいい具合にサウンドの窪みに。ついつい弦2体を求めたくなる曲だが、編成的に重厚なぶん、ソロの部分が多めで風通しは良くもたつき感は少ない。ピアノの音は清明であるがゆえに沈みがちな箇所もあり、もっと金属的な引っ掻き音を多用してもいいような気はするが...との一抹の不満は6.Nimbusで霧消。乾いたベースラインと、オーボエにも近いと思わせるひしゃげたソプラノサックスのメタリック音との間を埋める、印象的なリバーヴとして立ち現れるピアノ。終盤におけるベースの長いソロも詩情に溢れる(言うまでもないことだが、有名な楽曲のなかに極めて独創的なソロを取り込み、空虚さを微塵も感じさせずに連結させるのは至難である)。しかし、アルバムの流れに統制が生まれそうになるや否や次に据え置かれるはミンガスのCeliaで、ムードは完全に湯殿に沈む。一気にこちらの意識を弛緩させる魔力を持つSokalのテナー。ここではモチーフは専らピアノに任せ(ビル・エヴァンスのような硬質さはない代わりに、音響のさわやかな立ち昇りにセンスを感じるピアニストである)、ベースは濃厚に歌で押してくる。ベースが先導するメロディとドラム&ピアノとの応答がユーモラスな自作の8.Brownin’、Sokalのソプラノサックスが息を呑むほどに美しいサム・ジョーンズの9.Miss Morganも、シンプルな音楽の歓びに満ちた好演。

ジャズ・レジェンドたちの名曲の数々でここまで固めることは、大変な勇気のいることであるに違いない。しかも完全な生楽器で。音楽に古いも新しいもなく、「よい音楽」があるのみという事実に改めて気付かされる(伏谷佳代/Kayo Fushiya 8月4日記)。

【関連リンク】
http://www.jawo-records.de/
http://www.ochsenbauer-bass.de/
http://www.harrysokal.com/

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