#  821

『石井彰/a 〜inspiration from muse』
text by 望月由美


Studio TLive Records(ラルゴ音楽企画)/バウンデイ
XQHG−1005 ¥2,500(税込)

石井彰(p)

1. We’ll Be Together Again(Carl Fischer)
2.Young And Foolish(Albert Hague)
3.Orange Was The Color Of Her Dress−Then Blue Silk(Charles Mingus)
4.In A Sentimental Mood(Duke Ellington)
5.Home, Sweet Home(Rowley Bishop)
6.Como Siento Yo(Joseph Baliard)
7.Born To Be Blue(Mel Torme/Robert Wells)
8.Relation Of Heart(石井彰)
9.Boulogne(石井彰)
10.From The Biginning(石井彰)
11.Resolution(石井彰)
12.Detour Ahead[monaural](Lou Carter/Herb Ellis/John Frigo)

Executive Producer:Kyoko Tada(Largo Music planning)
Recorded at Tokorozawa Muse“ARK HALL”on April.20.2011
Recorded by Mitsumasa Aono

力強い推進力と味わい深さは晩年のエヴァンスに相通じる

 石井彰の7年ぶりの新作はピアノ・ソロ・アルバムである。日野皓正のグループですでに14年、日野バンドの石井としてスポットを浴びるかたわら、自己のトリオ、カルテットをはじめ様々なセッションに参加して活動の領域を広げている石井だが、ソロ・ピアノにも力を注いでおり、毎年ソロ・コンサートを継続して行っている。今回の作品『a〜inspiration from muse』はコンサート・ホールでの録音であるが、いわゆるLiveではなく、観客を入れないで一人でマイクに向かって演奏したものである。
ピアノ・ソロのレコーディングはLiveと違ってピアニストに入る音は自分のピアノの音だけであり、自分との対話になる。自己を客観的に見つめ、受け入れながらディテイルを積み重ねてゆく孤独な作業なのであろうとつくづく思う。モンクの『Thelonious Himself』(Riverside)に後年Additional Trackとして加えられた<Round Midnight(in progress)>などを聴くとソロ・ピアノへの挑戦の大変さがよく分かる。そうして考えると石井彰が最初のソロ・アルバム『Presence』(ewe)から10年と云う時間をかけたことも頷ける。録音は今年の4月、東日本大震災からおよそ一ヶ月後である。震災以前から決めていたこととはいえ、色々な思いを持って録音に臨んだであろうことは、仕上がった音からもうかがい知れるし、出来上がった作品の裏には緊迫したドラマが繰り広げられたであろうことは想像に難くない。(8)から(11)までの石井のオリジナル曲のタイトルにもそうした情況が反映されている。
 アルバムはビル・エヴァンスが名演を残している曲4曲と石井のオリジナル4曲を中心に据え、あと何曲かを石井の愛奏曲を加えた形で構成されている。(1)<We’ll Be Together Again>は『The Tony Bennett/Bill Evans Album>(Fantasy)でエヴァンスがトニー・ベネット(vo)と心にしみる対話を残している。(2)<Young And Foolish>はフィリー・ジョーとの『Everybody Digs Bill Evans』(Riverside)で、(4)<In A Sentimental Mood>は67年のヴィレッジヴァンガード・セッション『California Here I Come』(Verve)で、そして(12)<Detour Ahead>は『Waltz for Debby』(Riverside)でエヴァンスが名演を残している曲である。
 石井は大阪音大時代にビル・エヴァンスを聴いてこの道に進むことを決めたそうである。以来、石井はことあるごとにエヴァンスのレパートリーを採りあげて演奏している。10年前の1’stソロ・アルバムでもエヴァンスのレパートリー<If You Could See Me Now>を採りあげていたし、3年前の白寿ホールでのリサイタルではエヴァンスを主題としたソロ・ピアノに挑戦し感銘深く聴かせて頂いたこともある。
 今回、あらためて自らの原点とも言うべきエヴァンスと向き合った石井は、初期のエヴァンスのロマンティックな甘美さをほんの少し抑え、よりオープンにリアリスティックに自らのパーソナリティーを強調し石井彰の世界を創りだしている。アルバム全体に貫かれている力強い推進力と味わい深さは晩年のエヴァンスに相通じるものを感じる。
 エヴァンス曲以外では、日本では<埴生の宿>として親しまれている(5)<Home, Sweet Home>そして、ルベーン・ゴンザレスの演奏に触発されて弾いたという(6)<Como Sient Yo>、メル・トーメの(7)<Born To Be Blue>、ミンガスの(3)<Orange Was The Color Of Her Dress−Then Blue Silk>など、ホールの響きと上手く調和させながら、立ち上がりの鋭い端正なタッチでしっとりとした風情を漂わせ、一刻の寛ぎを醸し出している。
 そして、後半の(8)〜(11)に石井のオリジナル曲を配置し、アルバムのハイライトを創り出している。東日本大震災から一ヶ月という時期のレコーディングに臨んで石井彰は相当な覚悟で望んでいる。石井は「(9)<ブローニュ>以外は震災を経験した日本人としての思いを込めてタイトルを付けたという。 また、アルバム・タイトルの『a』にはAkira Ishiiの頭文字、アルファベットの始まり、基音となるa=440、ソロ=一人=単数の始まりを意味し、震災に見舞われた日本の復活の第一歩、始めからという気持ちなどを込めたという。そうした局面を反映してか、今回のアルバムには普段の流麗なスマートさに加えてより積極的で力強いメッセージが伝わってくる。
 アルバム『a〜inspiration from muse』は、ジャズの伝統に真摯に耳をかたむけ、さらにその上で自己のスタイルを追及してきた石井彰の音楽的なスタンス、そして石井彰がひたむきに長年探し求めてきたものの一端がオープンにそして明確に示されている。(2011年8月 望月由美)

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.