# 822
『Nils Wogram Nostalgia Trio /Sturm und Drang』
text by 伏谷佳代
Nwog Record(2011年9月1日発売予定) |
ニルス・ヴォグラム (tb:melodica)
フローリアン・ロス (hammond)
デジァン・テルツィック (dr.)
1. Funky Neighbourhood
2. Fundametals
3. Strum und Drang
4. Country Rain
5. Now
6. Envelope
7. Thick air
8. Copenhagen
9. Friday the 13th
10. Swing ‘em Home
録音:2010年12月 ケルン/マールヴェークスタジオ
エンジニア:ヴォルフガング・シュタッハ (Wolfgang Stach)
プロデューサー:ニルス・ヴォグラム
本来的な新しさはアコースティックを離れたところからは生まれない
チューリヒ在住のトロンボニスト、Nils Wogram(ニルス・ヴォグラム)が本年度2作目のアルバムを発表した。自己のレーベルを設立してからというもの、留まるところを知らぬ快進撃を続けている。同時に気鋭のトロンボニスト4人を集めたトロンボーン・クアルテット『Vertigo Trombone Quartet』もリリースした模様だが、この『Sturm und Drang』(嵐と切迫、の意)は、2000年代初めより続けているプロジェクト・Nostalgia Trioとして通算3枚目のリリース。メンバーは本人のほか、ハモンド・オルガンにFlorian Ross(フローリアン・ロス)、ドラムにDejan Terzic(デジァン・テルツィック)を迎えた編成。
バンド名から察せられるように、ノスタルジア・トリオがノスタルジアたる、サウンド的要因の多くはフローリアン・ロスのハモンド・オルガンに拠るところが大きい。シンセサイザー台頭以降衰退していたハモンドの少々の復興は、ジャズ界隈ではメデスキ・マーティン・ウッズがまず思い浮かぶが、このノスタルジア・トリオの音色はさらに内面へと沈みこみ、内側から皮膜を通して外界を見るようなアナログ感の度合いが大きい。だからといってべたべたした懐古趣味に決して陥らないのは、まず第一にニルス・ヴォグラムによるメロディがシンプルで理屈抜きにカッコイイこと(一聴してすぐさま脳裏にこびりつく感覚への浸透力)。第二にデジァン・テルツィックのドラムが直線的な攻めでドライ、寸分のもたりもないこと(余情不要)。第三にフローリアン・ロスの鍵盤楽器の多面的なサウンド・クリエイト能力(メロディ楽器であり、パーカッションであり、ダブルベースであり、倍音含みの金管であったりするハモンドの高低音域に跨る多面性を巧妙な転換のセンスでコネクト)。三者それぞれがジャンル云々を抜きに見たときに、第一級の優れたインストゥルメンタリストであることは今さら言うまでもない。
ハモンドというのは残響がソフトで空気感が多い。さまざまな「余地」を含み込むのだが、手動に近い限界を絶えず匂わせている。極めて人間臭い楽器であるといえるだろう。そういったレンジの狭さを再利用して、様々な楽器の音を落とし込み、楽器間の差異を超えてのひとつの混濁したムードを練り上げる、組んずほぐれつのフローが続く。ニルス・ヴォグラムはトロンボーンの他に今回もメロディカを用いているが、トロンボーンとメロディカとの間に劇的な差異は感じられず、メロディカとハモンドが絡むところなどは息を含めた空気のテクスチュアのみ。プカプカとした軋みに打ち込まれる精確無比なドラムが編みだす、肉感的な焦燥と冷えのないまぜ世界。現代都市の音?-----そうかもしれないが、誰もが秘めている心象世界とも受け取れる。そういった不定義性を知と情の緻密なバランスの上に溶け込ませる計10曲、6曲目がロス、ラストがテルツィックの作曲である以外は、すべてヴォグラムの手による。
トロンボーンの各種奏法を駆使するところから生じる捻じれや捩(よじ)れ、時にクレツマーやバルカンを彷彿とさせる豊穣なメロディの断片も、みっしりとした音数とスピード感で歌われ尽くす (メロディラインはハモンドと二重張りになっていることが多い)。しかし、いかなる「音響」も人肌から離れぬ距離で創造され、味わわれてこそ本質である-----という決然とした主張がかしこに貫く。生の肉体を離れたところの打ち込みやらエレクトロニクスでは、アーティスト自身を掘り下げるフィードバックとはならない。本来的な新しさはアコースティックを離れたところからは生まれない-----そんな思いが伝わってくるかのようだ。ソロ・インプロのスペースも十分に、ハモンドとトロンボーンの魅力が堰(せき)を切ったように溢れかえる表題曲3. Sturm und Drang、増幅されたハモンドとシンバル音のこれ見よがしな音
響の世界が、トロンボーンのドローンの切り込みによって体温を微妙に変化させてゆく5.Thick airも味わい深いが、個人的には1.Funky Neighbourhoodと4.Country Rainに尽きる。緩急の差こそあれ、どちらもダークな低音のビートが冴える。テルツィックのドラミングは冷徹で世知辛いがこそ、逆に香気が滲む。タイトかつブルージーな曲はそのまま魅力だ。
巨大な蜃気楼のごときロマンティシズムを垣間見せつつ、現代をクールに音で再現するニルス・ヴォグラム。今年の7月には、金管とドラムだけという自己のセプテットでの新作も録り終えたばかりだという。こちらにも期待したい(8月23日記/伏谷佳代 Kayo Fushiya)。
【参考URL】
http://www.nilswogram.com/
http://www.florianross.de/
http://www.dejanterzic.com/diaspora.php
http://www.nwog-records.com
【関連リンク】
http://www.jazztokyo.com/five/five768.html
http://www.jazztokyo.com/five/five769.html
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