# 825
『リヒア・ピロ&フアン・クルス・デ・ウルキサ/奇妙な果実〜ジャズ・アンド・スタンダード』
text by 悠 雅彦
Gato Pop Recording/アオラ JZSCD-6012 \2,625(税込)(9/25発売予定) |
Ligia Piro (vo)
Juan Cruz de Urquiza (tp,flgh)
Richard Nant (tp, flgh)
Juan E. Scalona (tb)
Juan Canosa (tb)
Ramiro Flores (as)
Ricardo Cavalli (ts)
Gustavo Musso (ts)
Victor Scorupski (bs)
Diego Schissi (p)
Carlos Alvarez (b)
Daniel “Pipi” Piazzolla (ds)
1. グッバイ・ポーク・パイ・ハット
2. ウィル・ビー・トゥゲザー・アゲイン
3. 朝日のようにさわやかに
4. 奇妙な果実
5. 孤独なメッセージ
6. チェンジ・ザ・ワールド
7. ただ柳の下に
8. ロンダの夜
9. 君去りしのち
編曲+プロデューサー:フアン・クルス・デ・ウルキサ
ジャズ・ヴォーカルの優れた新作が間髪をおかずに次々と登場する。それはとりもなおさず、往年のエラやサラ、カーメン・マクレェやダイナ・ワシントン、キング・コールやフランク・シナトラなど、どんなに今どきの優れた新人が持てる能力を発揮しても歯が立ちそうにないジャイアンツが厳然と君臨していた時代から、ある意味でたががとれたからでもあるだろう。現在は戦国時代でもある。能力あるシンガーが我こそはと次々に名乗りをあげて競い合っているといった光景が目に映る。この方が面白いとも言える時代。一つには、米国がポピュラー音楽を支配した時代は終わり、今日、ヨーロッパをはじめ世界のさまさまな国や地域から登場した隠れていた才能が脚光を集めることが当たり前になったことを意味しよう。
前回のポーランドから今回はアルゼンチンへ飛ぶ。話題の主はリヒア・ピロというアルゼンチンの美人シンガー。ネット上でファンの間に評価が高いと噂された『 So in Love 』に次ぐ彼女の新作だが、この新作の方が難を言えば変化に乏しい前作との比較で言うと尖っており、存分に聴かせる。何といってもビリー・ホリデイの歴史的絶唱「奇妙な果実」をタイトルにし、のみならずチャールス・ミンガスによるレスター・ヤングへの鎮魂曲「グッドバイ・ポーク・パイ・ハット」の2曲が大きい。この2曲だけでも本作に情熱を注いだピロの意欲が分かろうというものだ。選曲も前作より遥かに変化に富む。終戦直後に「ローハイド」のフランキー・レインが作曲し、数年後にシナトラが歌って名バラードに仲間入りしたA、ジューン・クリスティの名唱で知られるB、スティングのDなどの2つのポップ・ヒット曲、さらに多くの人が知る有名な2つのラテン曲、そして10年代末の古いスタンダード曲「君去りしのち」で締めくくられるこの新作。聴いていくうちに、ピロのジャズ・ヴォーカルへのホットな情熱が彼女の確かなヴォーカル技法に支えられて、聴く者に強くアピ−ルしてくるからだろう。
ブエノスアイレス生まれのルヒア・ピロは、スサーナ・リナルディという名をなしたタンゴ歌手を母に、バンドネオン奏者オスヴァルド・ピロを父にもつという最良の血筋に恵まれたエリート。演劇界の女優として活躍する一方、6年前には同国最高のジャズ賞(KONEX賞)を獲得した実力派ジャズ・ボサノヴァ系シンガーとしても名を高め、デビュー作『ボディ&ソウル』や第2作の『ベイビー』で人気を輝かしいものにした。
ピロのこの新作の聴きどころは、意欲的かつ挑戦的な彼女の選曲と堂々としてスタイルを崩さないスケール豊かな彼女のジャズ・ヴォーカル唱法にあることは論をまたないが、それとともに収録曲を原曲と彼女の曲解釈を歪めることなくモダンなジャズ的センスと技法で構成する手腕を発揮した音楽監督のホアン・クルス・デ・ウルキサのアンサンブル・オーケストレーション(編曲)、そしてアンサンブルに起用されたプレーヤーたちのソロを含む卓越した演奏、に絞られるだろう。ウルキサ自身も随所で新鮮なソロを披露している。国立音大で声楽を学んだ彼女の発声、ヴォイス・コントロールは全編で遺憾なく発揮されるが、その豊かな味わいをじっくり味わおうというなら、F「ただ柳の下に」ととりわけG「ノーチェ・デ・ロンダ」を聴くに限る。演劇でも受賞経験を持つ彼女のモダンなセンスと進取の気性に富む表現力に焦点を当てるなら、D「孤独のメッセージ」とE「チェンジ・ザ・ワールド」のポップ・ヒット。
しかし、ジャズ愛好家には、やはり@ABCHか。とにかくラインアップを一瞥して,オープニングのミンガスの「グッドバイ〜〜」とタイトル曲の「奇妙な果実」には驚いたが、それだけの充実した曲の展開と構成を彼女が的確に捉えて歌いあげていることに胸を打たれた。選は決して太くないが,やや鼻にかかったヴォイスのくぐもったトーン・ニュアンスで,あたかもステージで演技する主人公を思わせる言葉と表情の動きを聴く者に感じさせるところがとりわけ印象的だった。一方、「朝日のようにさわやかに」や「アフター・ユーヴ・ゴン」では,ウルキサの素晴らしいオーケストレーションに支えられたアンサンブルと一体となって,むしろジャズ歌手リヒア・ピロの優れた唱法を堪能することができる。私が強く惹きつけられたのはAのバラード。バラードをこんなにもいとおしい表情で、陰影をともなった言葉をメロディーとバランスさせる歌い方と出会ったのは久し振り。しばし聴きほれた。(2011年8月24日 悠 雅彦)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
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#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
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#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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