# 829
『野瀬栄進マンハッタン・トリオ/ウェイティング』
text by 悠 雅彦
acmusic acmusic-005 |
1. Let Us Proceed
2. Jangle Jazz〜動物達の集合
3. Vulnerable
4. Ta Ta Tsu Ta Ta
5. Waiting
6. Inconspicuous Space
7. Dropping
8. Burning Blue
9. 6K5 110 (Bonus Truck)
All compositions by Eishin Nose
Free improvisation:1,2,6,7,9
野瀬栄進(piano)
ジェイムス・カマック(bass)
ドゥウェイン・クック(drums)
録音:マイク・マルシアノ2010年9月24日@System 2 ブルックリン
ミックス:内藤克彦 2010年12月20日@Avatar Studio, NYC
プロデューサー:野瀬栄進
最初に1つ,打ち明けておきたい。この1作には野瀬本人から依頼されて一文(ライナーノーツ)を書いた。ライナーノーツを書いた作品をみずからピックアップして推薦するという行為は批評家なら本来慎まなければならない。だが今回、私はあえてこの禁を破ることにした。理由は,米国で孤軍奮闘する野瀬栄進というピアニストの優れた演奏を1人でも多くのファンに認知してもらいたいということと、豊かな能力を持つこのピアニストが発表する作品はすべて、かつては自費出版とよばれた自主制作盤であり、まかり間違えば人目に触れないまま消え去ることもありうる。彼の能力と音楽にかけた強い意志を知る私にとって見過ごせないし、何より余りにも惜しい。彼は年に1度は帰国して全国をめぐって演奏する奮闘を続けているが、おかげで認知度も少しづつ上がってきたように見える。その後押しをしたいというのが私の偽らざる気持だ。
彼はつい先日まで有能この上ないパーカッション奏者の武石聡とのデュオで日本ツアーを繰り広げていたが、第6作に当たる本作はそのさ中に発売された。武石と組んだ前作のデュオ演奏『The Gate』は野瀬にとっても会心の1作だったが、このピアノ・トリオによる新作も実にフレッシュで充実した演奏集となっている。10年ほど前から親しく共演してきたベースのジェイムス・カマックとのコンビが軸となり,カマックの推薦でトリオの1員となったドゥウェイン・クックを得て、野瀬にとってもカマックとの念願の吹込を達成した喜びが随所に現れた、まさに気合い充分の演奏を繰り広げている。30年余りにわたってアーマッド・ジャマルの演奏を支えた経歴を持つカマックとの息もピタリと合い,ヴァネッサ・ウィリアムスら幾多のスターのバックをつとめてきたクックの職人的なプレイを得て、マンハッタン・トリオの名に恥じない秀逸なコンビネーションを発揮してみせる。
野瀬のピアノ演奏は一口に言えばフリーな奏法に基づくものだが、いわゆる無から出発してロジックを無視した展開に自己を埋没させるスタイルとは違い、自由な創造的スピリッツを鼓舞させながら音のキャンバスを自在に闊歩する。とはいえ,根底にバリー・ハリスらについて学んだジャズの歴史的メソッドのエキスが脈々と流れているからこそ、彼の演奏が単なるフリーな奏法とは一線を画するコンテンポラリーな美学を反映したシャープな感覚と音の即興的構築性を発揮したものとなるのだろう。Cの「ヴァルネラブル」などには詩的な情趣が楽想を縫って流れており,彼の詩情豊かな感性が横溢する。Eの「ウェイティング」も転調を混じえた展開とクライマックスへの楽想の運びが印象深い。CやF(カマックとの唯一のデュオ演奏)のユーモア感覚も彼の持味の一端だとすれば、スタジオ録音という緊張感をむしろ3者が会話する喜びにかえていった野瀬ならではの普段着姿の演奏術が,このトリオの好演を導きだす源泉だったといってもいいのではないだろうか。
なお、本誌をお読みいただいている方ならすでにご存知のように,野瀬は米国で2009年に<S&R Washington Award>という賞を受賞した。日本の2人の科学者が、日本と米国の架け橋になる若い芸術家を対象に選び、顕彰する賞だという。S&Rがその2科学者のイニシャル。過去にヴァイオリンの庄司紗矢香らが受賞しているが,ジャズの演奏家は野瀬が初めて。野瀬が注目すべき活動を日米両国で繰り広げていることが公に認められたことになる。個人的には未聴だが、今般の日本ツアーでは故郷の北海道は札幌で札幌交響楽団とガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」を演奏した。
更なる飛躍を期待したいピアニスト、それが野瀬栄進である。(2011年9月7日 悠 雅彦)
註:野瀬栄進は現在、帰国公演ツアー中で9/29までのスケジュールは;
http://www1.odn.ne.jp/eishin-nose/index1.htm
関連リンク:
CD 評『野瀬栄進/Burning Blue』
http://www.jazztokyo.com/newdisc/336/nose.html
CD評『野瀬栄進+武石聡/The Gate〜Live at Bechstein, New York』
http://www.jazztokyo.com/five/five761.html
インタヴュー:http://www.jazztokyo.com/interview/interview094.html
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