#  837

『キース・ジャレット/リオ』
text by 多田雅範/Niseko-Rossy Pi-Pikoe


ECM/ユニバーサル
UCCE-1129/30(2枚組)3,600円

キース・ジャレット(piano)

Disc 1 :
Part I/ Part II/ Part III/ Part IV/ Part V/ Part VI

Disc 2:
Part VII/ Part VIII/ Part IX/ Part X/ Part XI/ Part XII/ Part XIII/ Part XIV/ Part XV

Recorded @ Theatro Municipal, Rio de Janeiro, Brazil on April 11, 2011
Recording Engineer: Martin Pearson
Executive Producer: Manfred Eicher (ECM 2198/99)

聴いてわかるような奇跡が、あったようだ

   キースが生きていて、世界のどこかの都市でソロのステージを、観客が息をのんで演奏が始まるのを待っているというのは素晴らしいことではないか。

 次はスタンダーズ・トリオ作というECMのリリース・スケジュールをひっくり返してまでも、キース・ジャレットはこのピアノ・ソロ作『リオ』をリリースしてきたというのだ。なんと今年の4月19日のライブなのだから、相当強引に急いだと思われる。

 秋晴れの目白通りを山手通りを過ぎるときに早稲田界隈の空が広がっているのがわけもなく美しくて、ジャレットはリオ・デ・ジャネイロの空に向かってこのソロ演奏を投げかけたのだろうかなあ、と。CD2のトラック7を聴いていると、それは旅への誘いという様相になるのだった。おいおい、拍手が早すぎるぞリオ・デ・ジャネイロの聴衆。

 続いてダウン・トゥ・アースなゴスペル・タッチも絶好調だぜ、すげーな聴衆の拍手、おお、みんなで「しーっ」と言って次の演奏に向かわせようとしている。次は、トレモロ基調のつまらない美しい演奏なんだが、会場に居たら酔ってしまうわな、これにも喝采雄たけび指笛の嵐。はいはいだめ押しでまたもゴスペル・タッチ、クールダウンさせる7分弱かな、おとなしめの拍手で全巻終了。

 思えば、演奏する都市に似つかわしい演奏をしてきたジャレットだったとはファン以外はふつう言わない。都市の持つガイストに踊らされるように音を紡ぐジャレットである、とおれが書いても誰も信用しない。だけど、ジャレット自身はそういう発言していたことはあるんだが。旅行けばー、広沢虎造の声で語られるジャレットであっていいではないか。

 虎造だってジャレットだって、ほぼジャンルの代名詞になるほどに一世を風靡したではないか。オリジナルな声がある、100メートル向こうから聴いてもわかるクイーン、という言い方に並ぶ。ポピュラー音楽の揺るぎないアイコン。

 この『リオ』では、聴いてわかるような奇跡、と言って大袈裟であればドラマ、が、あったようだ。

 客席の3列目に、50さいぐらいの紳士と若い娘が座っている。紳士は南米で一番のファンだと言わんばかりで、ひざの上にLPレコードの『ブレーメン/ローザンヌ Solo Concerts: Bremen & Lausanne』73年の3枚組ボックス、ジャズ評論家油井正一がレコード店へ走れと雑誌で檄を飛ばしたピアノ・ソロの革命的名作だ、を、かかげている。ジャレットはこのリオでのコンサートを弾いていくつか拍手をもらっているうちに彼らの存在に気付いた。娘は父親と思われるその紳士に向かって、今日の演奏家はこの作品の演奏家なのですか?と首をかしげているように見えた。紳士は、ひとは年齢を重ねて変化するもんなんだよ、と、言っているようでもあった。

 ジャレットに火がついた。というより、「ブレーメン・アンコール」の音楽が到来しようでもあった。しかしあの華麗なる「ブレーメン・アンコール」を弾くわけにはゆかない。なにせおいらはインプロヴァイザーなのだ。それに、実は弾く自信が無い...。でも、パッションは残っているんだぜ、リオの聴衆よ!

 割れんばかりの歓声につつまれて...。

 以上、もちろんわたしの妄想であるが、かなり実情に近いのではないか。さて、そのドラマが生じたトラックはどこだったか、は、映画のスジを書くようなものなので、ファンのみなさんはお楽しみに。「おおおっ!73年キースがよみがえったかー」と手をグーにしたわたしでした。(多田雅範/Niseko-Rossy Pi-Pikoe)

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