#  850(アーカイヴ篇)

『菊地雅章/Re-confirmation〜再確認そして発展』
text by 杉田誠一


Philips/日本フォノグラム
EX-8501 (1970)

菊地雅章(p) 菊地雅洋(fender,p) 峰厚介(as) 池田芳夫(b) 村上寛(ds) 岸田恵二(ds)

Side 1: Tenacious Players Forever/Roaming in Darkness
Side 2: Love Token/Silence, Horizon & A Dawn/Piece to Piece/Young Bloods

録音:1970年2月16/22日 東京

 様々な楽器に固執する日本のミュージシァン群像の中で,高い質的レベルを占めているのはなんといってもピアニストだが,その中で最も先鋭化した時空を現出して一人荒野をすさまじくかけ抜けているのは,一見アナーキーを装いながら,モの実,無思想,心情右翼,心情左翼の連中とは遠く離れ,肉体が死滅してもなおかつとことんアナーキーな菊地雅章をおいて他にない。菊地は一人でひょうひょうとエロチシズムと革命性を起爆し統けている。等しく抑圧された人間の内奥に通底するジャズのルーツを殆んど驚異的なまでのまなざしで熟視し,そのルーツに深く根ざして全くといっていいほど非転向に「うた」をうたい統けている日本では唯一といっても過言ではないミュージシァンが菊地であり,このところトップ人気の座を佐藤允彦が占有したとはいえ,菊地のパワーは少しも衰退していないし,その噴出性はより強靭なものとなっている。ありとあらゆる場面にあって,「うた」に透視されるというその視線に殺意するもう一つの「うた」は圧倒的だ。
 日本は離れたゲイリー・ピーコックは多様的方法で成果を残したが,その一つの断章が『イースト・ワード』である。私はそこにおけるピーコックと菊地との接点を直視しつつも,微妙な断層のスライスをはっきりよみとっている。それはゲイリーの「うた」との断層であり,一つの地平を求めてかけ抜けることを一時期ではあれ断念したゲイリーの哀歌との地すべりなのだ。『イースト・ワード』が菊地の再認識的役割を課せられてしまったことは決して偶然ではあるまい。『イースト・ワード』に回帰するゲイリーと『イースト・ワード』から回帰する菊地との接点は,『イースト・ワード』で不完全にスパークしたまま,ゲイリーはインドに.ヨーロッパに.アメリカにと拡散的に離脱していくのだろうか。
 菊地にとって「うた」は途方もなくかけ抜けていく荒野で死滅した肉体の一片である骨の発見に誘引される。菊地はその骨が楽器となることを認識しているし,いわゆる思念以前への回帰衝動を忘れていない。多種多様な骨によってうたわれるものは,等しく怨念に支えられている。その「うた」の永続革命性と生の気がとおくなる死であるエロチスムからの視線を孤独に菊地は冷淡な暖かさで直視しうる強くてしなやかな精神をピアニストであるが故に固有している。
 非転向でおり続けるからこそ,菊地は今一つの契機をむかえている。菊地がうたう「うた」からの視線を見つめれば見つめるほど,自己テロルの必然性へと迂回しつつも至らざるをえないのだ。菊地が己れの「うた」に間断なく投影する疑問,それが,「うた」は決して人間の“生″のすべてではないのではなかろうか? という内なる問いかけなのであり,それこそが菊地がうたい続ける起爆的パネだといえる。菊地はおぞましくも発見してしまったのだ。己れの内なる荒野にころがっている骨の断片を。ちょっとしたさりげない契機で菊地は華麗にめくるめく自己テロルヘの長征へと未完に出発するだろう。
 菊地のセクステットになる初めてのアルバム『再確認そして発展』は,私にとって透明な予感としてある。ジャズヘの負い目を重くひきずりながら,ジャズ風景をうろつきまわっている私だが、私と菊地との出会いはいつでも紛れない者のスパークである。私と菊地との交感は「再認識」として出会い,どこまでもかけ抜けていこうという決意と共にスタートしたばかりだ。少なくともこのアルバムに関する限り,いわゆるジャズ解説とか批評の次元で語る気にはなれないので,あしからず。(杉田誠一/月刊『JAZZ』7号 1970より転載)

註:
このアルバムは、「菊地雅章フィリップス完全専属第1弾」。「フィリップス・ニュー・ミュージック・シリーズ第1回特別新譜」の1枚として『村岡 建/タケル』(FX-8502)と共にリリースされた。

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