#  888

『菊地雅章トリオ/サンライズ』
text by 杉田誠一


ECM/ユニバーサル
UCCE-1131 2,600円(税込)
4月4日発売予定

菊地雅章(p)
トーマス・モーガン(b)
ポール・モチアン(ds)

1. Ballad 1
2. New Day
3. Short Stuff
4. So What Variations
5. Ballad 2
6. Sunrise
7. Sticks And Cymbals
8. End Of Day
9. Uptempo
10. Last Ballad

録音:ジェームズ A.ファーバー@アヴァター・スタジオNYC 2009年9月14-15日
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー

時代の行き詰まり状況をとうとう突き超えてしまった

 ジャズのピアノ・トリオというものは、じつに見事なまでに意識下の心象風景を鮮明に浮上させるものである。そして、時代の空気感と気分を、これほどダイレクトに伝える、史上最小にして最高の組織=ユニットである。
 時代を象徴するピアノ・トリオといえば、キース・ジャレット《スタンダーズ》(ECM)が永きにわたって未だ君臨している。
 《スタンダーズ》は、これまでのジャズの精神性とセオリーをすべからく、包摂しつくしている。スタンダードをテーマ、モチーフにすることで、バップ〜ハード・バップ〜フリー〜ポスト・フリー〜インプロバイズド・ミュージックまでをも、集約というよりも、いとも軽々と総括してしまっているではないか。だから、それまで心優しく、いやしてくれた、どのスタンダードのようでもないのである。あの時代を塗り替えたマラソン・ソロ・ワークとも一線を画する。《スタンダーズ》は、出口の見つからない、疲弊化状況そのものに他ならないと、想いませんか?
 もう少しく、時系列をずらしてみると、いまや“メロウ”の代表格となったビル・エヴァンス・トリオ『ワルツ・フォー・デビィ』(Riversaide)。あのどこまでも限りなく深く沈潜していくリリシズムよ!!
あのはかなくも妖しいエロチシズム。そう、“エロスの涙”(バタイユ)とは、『ワルツ・フォー・デビィ』のこと!?(赤面)
『ワルツ・フォー・デビィ』において、これまで、天才ベーシスト、スコット・ラファロのことばかりが強調されて来た嫌いがある。しかし、ユニットを支えるポール・モチアン(ds)も対等に位置付いていることを忘れてはならない。とりわけツボの押さえ方と先を読み解く挑発力には、すさまじいものがある。シブいよね。いや、ヤバイというべきか。
 さて、この閉塞化した状況にあって、この度、ついに出口が見つかった。プーさんこと菊地雅章トリオの『サンライズ』。レーベルは、ECMである。ご存知のように、ECMは、「コンテンポラリー・ミュージシャンジック」を志向する。ぼくは、「コンテンポラリー・ミュージック」とは、ジョン・ケージで終焉した(?)「現代音楽」の、同時代に生きる音楽としてとらえる。つまり、ここでの「ジャズ」は、「同時代音楽」だってことです。
 同時代のピアノ・トリオのパーソネルは、トーマス・モーガン(double-b)、ポール・モチアン(ds)。録音は、2009年9月14,15日。ニューヨークはアヴァター・スタジオ。モチアンは、2つの時代のピアノ・トリオを強烈に支えた史上最強のサポーターに留まらず、こよなくセンシティヴな挑戦者、ドラマーである。
 スコット・ラファロの死後、かくも永き不在が続く、ラファロを超える、ベーシストがついに現出。トーマス・モーガンこそ、ラファロに代わるベーシストであると、確信する。モーガンは、さらに強烈に、さらに内省的にプーさんを煽るというか、未だ一度たりとも表出したことのない、ジャズの魂の深淵をえぐり出す。ここまで、音楽表現は快楽的になれるものなのか__。
 さて、プーさんの生と初めて出会ったのは、はるか1967年、新宿<ピット・イン>である。当時の<ピット・イン>は、ジャズだけではなく、アンダーグラウンド・シアターの舞台でもある。菊地=日野皓正カルテットのステージはどこまでもみずみずしく、マイルス・デイヴィスのディレクションを推進していく。カッコ付き、(日本の)ジャズノ夜明けに、ぼくは、激しく胸をときめかせる。
 時代を画する強烈なピアノ・トリオ、ビル・エヴァンス、キース・ジャレット、そして菊地雅章は、いずれもマイルス・ディレクション〜スクール(派)の面々であることは、すこぶる興味深い。
『サンライズ』は、、バラードに始まり、バラードで終わる。その全10曲中、4曲目に“So What Variations”を位置させていることは特筆に値する。<ピット・イン>でも、このマイルスのテーマ曲を何回も何回も繰り返し、丁寧に弾いている。セロニアス・モンクのように低くうなりながら。『サンライズ』における“So What”は、ベースとの、ドラムスとの距離=間を計りながら、無限の未踏空間に向かって開示される。
『サンライズ』のどの局面をとっても、静謐である。透徹である。あまりにも自己に忠実に生きようとするため、いくつものチャンス=投機を失してきたきらいのあるプーさんも、マンフレート・アイヒャーの“真実”に触れると、“ECM(Edition for Contemporary Music)”になってしまうのかしら?
 プーさんは、いかなる妥協も許さない、厳しい生き方をするアーチストである。1972年夏、ニューヨークのスタインウェイ社にピアノを探しに行ったことがある。あのグレン・グールドが、コロムビア30丁目スタジオで弾くために探しに行った同じ場所である。結局は気に入ったピアノが見つからなかったのだけれども、今回“Sunrise”を弾いたのは、スタインウェイなんだろうか?
 単純に三者が、コラボしているとはとても想えない。少なくともプーさんにとっては、死闘である。死闘とは、最高水準のコラボ、快楽にほかならない。ともあれ、菊地雅章トリオは、時代の行き詰まり状況をとうとう突き超えてしまった。この緊張した空気感、この張りつめた解放感。この来たるべきバイブを共有し得て、すこぶる幸運である。(杉田誠一)

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.