#  889

『菊地雅章トリオ/サンライズ』
text by 悠 雅彦


ECM/ユニバーサル
UCCE-1131 2,600円(税込)
4月4日発売予定

菊地雅章(p)
トーマス・モーガン(b)
ポール・モチアン(ds)

1. Ballad 1
2. New Day
3. Short Stuff
4. So What Variations
5. Ballad 2
6. Sunrise
7. Sticks And Cymbals
8. End Of Day
9. Uptempo
10. Last Ballad

録音:ジェームズ A.ファーバー@アヴァター・スタジオNYC 2009年9月14-15日
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー

俳諧や能を生み出してきた日本人ならではの世界観との繋がり

 何とも言い表せない、不思議な世界をのぞいたような気がした。といっても最初は、そこに描かれている世界がいったい何を表しているのか、その片鱗さえもつかめずにしばらく考え込み、結局何度も最初から聴き直すハメに追い込まれた。もう何十年も前に、アントン・ウェーベルンの「6つのパガテル」という作品を初めて聴いたときの戸惑いを思い出す。あれと似たような感覚、ある種の迷路に紛れ込んだかのような不気味さ。
 何度か聴くうちに、バラード系の演奏が心に少しづつ溶けて入ってくるようになった。この作品にはバラードの名を冠した楽曲が3つある。恐らくは物語の序を成すオープニングの「Ballad 1」、「Ballad 2」、「Last Ballad」だ。冒頭の菊地のピアノの響きは凪ぎのような静けさを淡彩で表しているかのよう。ときにブナの大木の幹から水が滴り流れる生命の輝きを感じさせる。あるいは、砂浜の貝殻に話しかけるかのような静かに打ち寄せる波。それはまるで菊地のつぶやきのようで、思わず“春が来たんですか”と訊ねたくなるほど軽やかな息吹を宿している。モチアンのブラッシュ・サウンドからも波と砂の戯れが聴こえてくる。
 こういうバラードでの演奏、不規則な間のとり方に注目すると、日本的な感覚、俳諧や能を生み出してきた日本人ならではの世界観との繋がりを指摘しないわけにはいかない。それかあらぬか、何度か聴き重ねるうちに、トリオの演奏の向こう側で、あるときは日本舞踊の所作や日本画の筆使いを連想させる何か、たとえば踊り手の舞姿が垣間見えたり、能の「隅田川」の場面が浮かび上がってきたりする。
 こうした風情が菊地のみならず、ポール・モチアンにもベースのトーマス・モーガンの音使いや息の合わせ方にも感じられたのが、不思議といえば不思議。菊地が呟いているときの、背後で動いているモチアンやモーガンのやりとりは、能でのシテやワキの演技に伴奏する囃子方のように感じられて仕方がない。こうした点を踏まえると、もしやこのトリオ演奏は菊地が能における即興性に着目し、それを反映させたアイディアやその戦略性(コンセプト)に依拠しているのではないか、と思えてきたりする。能では出演者同士が互いを理解し過ぎない方がいいとされる。というわけで、それが私の考え過ぎであってももはや構わない。そう決め込んで聴いても、何度か聴くうちに実はその方が面白い演奏があることを発見したからだ。前段で感じた「不気味」さが、逆に「快感」に転じた瞬間でもあった。
 もうひとつ、このトリオ演奏による楽曲構成が、能楽における<序破急>を参照しているように見える点をも付け加えたい。本作では(1)から(5)が序、(6)〜(8)が破、(9)が急。特に(7)の後半で4ビートが明快な形で現れたとき、これが自由な奏法で綴られる<序>との密接な関係を暗示しているように直感した。すると、最後の(10)はまさに<序>に対する<結>ではないか、と。
 かくして何度も繰り返して聴いたおかげで、滅多にない推理が楽しめた。ここでの全10曲はすべて3者のオリジナル曲とクレジットされている。そうであれば、どの曲にもテーマらしいテーマはなく、3者で作曲しながら演奏する形がとられている。といって、往年のフリー・ジャズにおける作曲と演奏の関係とは違う、このトリオならではの作曲と演奏の新しい関係が示唆されているのかもしれない。もしそうなら、菊地が希望の園を発見したのかもしれず、聴く方としても彼の新たな展開を期待すべき演奏だったのだろうが、そうはいうもののポール・モチアンはいまは帰らぬ人となってしまった。(2012年2月16日記 悠 雅彦)

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