# 890
『Tim Berne/Snakeoil』
text by ブルース・リー・ギャランター
デイヴィッド・トーンやマイケル・フォーマネックのECM録音に付き合わさせられたティム・バーン初のECMでのリーダー作の登場である。本作『スネイクオイル』は魅力的なアンサンブルで、パワーを秘めてはいるがバーンに言わせると“室内楽的グループ”ということになる。ティムの強靭なアルトを支えるのは、オスカー・ノリエガのアーシーなクラリネット、マット・ミッチェルのいわくありげなピアノ、チェス・スミスのメリハリの利いたドラムス、ティンパニー、ゴング、コンガ類である。
バーン:「このすごく見通しの利く楽器編成を選んだ理由は、ミエミエのスタイル偏重ではなく、リスナーに音楽上のいろんなアイディアを集中して聴いてもらいたかったからなんだ」。
録音は2011年早々にニューヨークのアヴァター・スタジオで行われたが、彼らには2年間の雌伏期間があり、いわば満を持しての録音だったといえる。そしてアルバムは、大西洋の両岸を挟んで敢行されるまさにツアー前夜にリリースされたのである。
たしか1979年だったと思うが、彼の最初のレコーディングに始まるNYダウンタウンのコンポーザー/サキソフォニスト/バンドリーダーとしてのティム・バーンの紆余曲折のキャリアには敬服している。ティムのレコーディング・キャリアはレーベルを変わる度に上昇していった。いつも野心的な試みで、自身のレーベルEmpire(5作をリリース)では、ヴィニー・ゴリアやネルス&アレックス・クライン、ジョン・カーターなど西海岸の仲間をたくさん招いていた。
続いて、コロムビアで2作、ソウルノートで3作、エンヤのマイケル・フォーマネクの全作で、という具合。80年代後期にJMTに移ったが、発展的にウインター&ウィンターに改組され、合わせて6作を制作。この時期バーンは驚くべき創造性を見せ、NYダウンタウン・シーンの新星クリス・スピードやジム・ブラックを擁した人気グループ「ブラッドカウント」など複数のグループを同時に率いていた。90年代中頃には新しい自身のレーベル「スクリューガン」を創設し、「ブラッドカウント」からマルク・デュクレ、クレイグ・テイボーン、トム・レイニーを擁する新バンドまで10枚のアルバムを制作した。新世紀が明けるとティムはますます多忙となり、シルヴィー・クルバジェ、イーサン・アイヴァーソン、ネルス・クライン、デイヴィッド・トーン、メアリー・ハルヴォーソン、オスカー・ノリエガ、マット・ミッチェルなどさまざまなミュージシャンと共演。ここ2年は、前述のように、ディヴィッド・トーン、マイケル・フォーマネックの由緒あるECMからのリーダー作に共演。そして、ついに本作『スネイクオイル』を以て自らECMからリーダー・デビューしたというわけだ。
昨年(2011年)12月の第1、2週には、バーンは「スクリューガン」のリーダーとしてクラブ「ザ・ストーン」のキュレイターを務め、さまざまな編成で10を超えるセットに出演した。筆者もそれらの多くのセットに出掛けたが、彼の曲作り、演奏、共演者の選択の素晴らしさに圧倒され続けたのだった。そこで最も興味をひかれたのがトトポス(Totopos)で、メンバーはティム(as,作曲)、マット・ミッチェル(p)、オスカー・ノリエガ(cl)、チェス・スミス(ds)。このバンドこそ現在の「スネイクオイル」で、NYダウンタウン・シーンの長い歴史上でも最良のグループのひとつといえる。フィラデルフィアで活動していたピアニストのマット・ミッチェルが数年前にティムの楽曲を採譜中にティムに質問を投げかけたことからふたりの付合いが始まった。マットの勤勉さを見込んだティムがいくつかのプロジェクトにマットを参加させることになる。マットがコロラドのプログレ・バンド「シンキング・プレイグ」のメンバーだったのは事実だが、その話はいずれ。オスカー・ノリエガも才能のあるクラリネット/アルトサックス奏者だが、クリス・スピードや藤井郷子らと共演作があるものの、録音に恵まれているとは言えない。数年前にベイ・エリアから移住してきたチェス・スミスは今やNYで引く手あまたのドラマーのひとりとなった。
NYの「ジャズ・レコード」紙の最新号(2012年2月号)のインタヴューで、ティム・バーンは、多忙を極めるECMのプロデューサー、マンフレート・アイヒャーと仕事をすることはじつに貴重な体験だったと語っている。アイヒャーのお陰でティムは音楽そのものに集中することができ、結果は素晴らしいものになった。ティムの音楽は、独自のやり方でリフを繰り返していく中で、テーマを展開しながら共演者がアイディアを付け加えていく。テーマはメロディアスなフレーズであることが多いが、切り口を変えてみると瞬発力のあるものになる。たとえば、オープナーの<シンプル・シティ>では、ティムが最初のソロを吹いている間、共演者はリフを巡ってしっかり展開している。バンドがほとんど鳴りをひそめると、オスカーが暖かく魅惑的なトーンでクラリネットを気高く吹き上げる。マットの美しいピアノに沿ってチェス・スミスがサスペンスに富んだティンパニーでマジックを盛り上げる。<スキャナーズ>では、これぞバーンのリフが爆発し、2本のリードとピアノが次々に重層的に円状の軌道を描いていく。オスカーがバスクラでソロを取る場面では、共演者は鳴りを鎮めていくが、パルス感は底部で残っている。感ずることはできるが耳には達しては来ない。これぞティムのサウンドというのは、ひとりがソロをとったり、キメのアクセントを加えるときに、3人のメンバーが回転するリフを奏するシーンである。どの曲もメインのテーマに向かって、あるいはメインのテーマから上昇したり下降したりする。同時に、考え抜かれたハーモニーや複数の奏者の組合わせで飾られた明確な瞬間を持つ、いわゆる室内楽的な響きを持つセクションも少なからず存在する。
ティムの経済的な理由から長い間スタジオ録音が叶わず、スクリューガン・レーベルではライヴ・レコーディングを主としていた。このアルバムでは、バーンの音楽がどれほど成熟し、発展し、融合し、新しい世界に突入したかを確認することができる。われわれは、これがティムと大いに尊敬すべきECMとの健全な関係のスタートであることを願うばかりである。この関係が存続した暁には、関係者一同およびリスナーはさらなる宝を求めてショップに出掛けるはずである。(ブルース・リー・ギャランター/ダウンタウン・ミュージック・ギャラリー:Bruce Lee Gallanter, Downtown Music Gallery,NYC)
* http://www.downtownmusicgallery.com
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