# 897
『天田 透/ベルリン』
text by 望月由美
ENJA/MUZAK MZCE-1243 2,500円(税込) |
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天田 透 :コントラバス・フルート(1,7,10,13)
バス・フルート(3,4,5,6,8,11)
アルト・フルート(9)
フルート(2,12)
井野信義: ベース
田中徳崇: ドラムス
1. 二人三脚(井野信義)
2. 11.11.11.(天田透)
3. デユーク・エリントンズ・サウンド・オブ・ラヴ(Charles Mingus)
4. イン・ビトウィーン(天田透)
イン・オー組曲(5〜8)
5. 丑三つ時の吉 (天田透)
6. 夜明けの金言(天田透)
7. 13時の不思議(天田透)
8. 秋の日“0”は釣瓶落し(天田透)
9. トレース・アンド・ソース(天田透)
10. ミンガス・フィンガス (Charles Mingus)
11. デスモスチルスの八重歯(天田透)
12.レス(Eric Dolphy)
13.ヒント・オブ・フライング・メッセンジャー(天田透)
プロデューサー:ホルスト・ウエーバー
録音:トリオ
2011年1月6&7日、桜座、甲府
エンジニア:Takahiro Yamamoto
録音:デュオ
2011年5月18&19日、Studio Ino
エンジニア:天田 透
天田透の新作で天田の各種フルートと井野信義のベース、田中徳崇のドラムスという興味深い編成で、一部デュオも含まれている。まず、眼につくのは天田が吹き分けるフルートの種類である。曲によってフルート、アルト・フルート、バス・フルートそしてコントラバス・フルートを吹く。いわゆるピアノ・レスの一管ということになるが、ベース、ドラムスのリズムに乗ってフルートのソロを繰り広げるという普通の展開とは違って、三者が対等の位置にいてお互いに相手の音に耳を澄まし、その音に反応し合うところが新鮮である。曲の発想の多くは天田透のアイデアであるがそれを発展させてゆくのは三人の対話と相互作用であり、その刺激がテンションを高めている。
ジャズでフルートを専門とするミュージシャンは意外と少ない。ハービー・マンにしてもバド・シャンク、ルー・タバキン、エリック・ドルフィー、バディ・コレット、フランク・ウエス、ローランド・カーク、ポール・ホーン等々のフルートの名人も皆サックスとの持ち替えである。フルート一本となるとジェレミー・スタイグ、ジェームス・ニュートン、ヒュ−バート・ロウズ、クリス・ヒンゼ、そしてAACMで活躍しダウンビート誌の批評家投票でこのところフルート部門で常勝のニコール・ミッチェル位である。しかもバス・フルートやコントラバス・フルートとなると演奏者も演奏頻度も非常に少なくなるが、天田透の場合は4種類のフルートを楽器の個性を活かしながら自己の世界を表現する稀有な存在であり従来のジャズ・フルートとは趣の異なるフレーバーを醸し出している。
バス・フルートはジョセフ・ジャーマンが来日した時に持参し楽器の美しいフォーム、豊かな低音でその魅力を教えてくれた。特に『Poem Song』(Yumi’s Alley)の中で吉野弘志(b)とのデュオで吹いたコルトレーンの<Spiritual>はバス・フルートがソロ楽器として大きな力を発揮できることを証明してくれた。しかし、天田はこのアルバムでバス・フルートよりもさらにオクターヴ低い低音の出るコントラバス・フルートまでを巧みなタンギングとフィンガリングで低い音から高い音まで広いレンジを速いパッセージで吹き分け、コントラバス・フルートのソロ楽器としての可能性を実証している。
天田透は1967年、千葉の出身。1988年にドイツに渡りドイツ国立ミュンヘン音楽大学に学び、ドイツ国立トルッシンゲン音楽大学の講師をつとめるかたわら山下洋輔等々とセッションを重ねたりしていたというが2010年以降は日本を主な拠点にして活動している。その交流範囲は広く、山下洋輔、坂田明、竹内直、林栄一、ヤヒロトモヒロ、吉見征樹など多岐にわたっており、必ずしもフリーやジャズに限らず柔軟性の高い活動をしている。
ベースの井野信義は1950年東京の出身。オーソドックスなメイン・ストリームとフリー・インプロヴィゼイションの間を自由に往き来することができるヴァーチュオーゾで、高柳昌行のニュー・ディレクション、富樫雅彦のJ.J.スピリッツ、佐藤允彦、峰厚介等々変幻自在、多彩なキャリアを持っているが、本作でもピチカートからアルコまでスポンテニアスで柔軟なテクニックを惜しみなく披露している。ホルストが天田透に井野を推薦してレコーディングが実現したという。
ドラムスの田中徳嵩は1977年福岡の出身。日野皓正のグループへの参加で一躍注目を集めているが、1997から10年間シカゴで活動し、AACMのケン・ヴァンダーマーク(sax)等と演奏体験を積み、2007年に帰国後は坂田明(sax)や太田恵資(vln)、ケイ赤城(p)、市野元彦(g)、竹内直(reeds)等々との共演で存在感を高めている。しなやかなリズムと綺麗な音色が天田と井野によい刺激を与えているようである。共演者の呼吸を読むというか、天田のタンギングとぴたっとタイミングの合ったリズム、俊敏なドラミングは聞き物である。
この『ベルリン』(MZCE-1243)はENJAレーベル創設者の一人で、ホルスト・ウエーバーの最後のプロデュース作品となった。ホルストは大変な親日家で、かつて、新宿の「DUG」や日比谷野音の「サマー・フォーカス・イン」などでよく見かけたことがある。ホルストは一時プロデュースの仕事から離れていたが、天田透の音楽に再びプロデュースの意欲を燃やしたのだそうである。ミューザックの福井さんは昨年の秋、ホルストから本作を日本でリリースして欲しいという手紙を貰い、2月25日に発売する準備を進めていたそうであるが、リリースの前日、78歳の誕生日から三日後の2月24日に肝臓がんで亡くなられた。惜しくも本作品『ベルリン』がホルストの遺作となってしまったが、ここから浮かび上がってくる音楽は天田透の生き生きとした息吹であり、本格的な日本デビューのスタートとなったのである。天田透はこの4月、レコーディング・メンバーの井野信義、田中徳嵩とレコ発ツアーを計画している。各地で巨大なコントラバス・フルートを目の当たりに、三人のコラボレーションが楽しめそうである。(望月由美)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
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