#  900

『Samuel Blaser/in Motion』
text by 悠 雅彦


kind of blue
KOB - 10046

Samuel Blaser (tb)
Russ Lossing (p)
Thomas Morgan (b)
Paul Motian (ds)

1. amento della Ninfa
2. Reflection on Piagn 'e Sospira
3. Reflections on Toccata
4. Passacaglia
5. Ritornello
6. Si Dolce è I ' Tormento
7. Balletto Secondo - Retirata
8. Reflections on Vespro della Beata Vergine
9. Ritornello
10. Il Ritorno d ' Ulisse in Patria - Atto Quatro, Scène Il

Engineered by Dave Darlington at Water Music, Hoboken, N.J.
29 December, 2010

 CD評で私の番がきたら、いの一番に紹介しようと決めていたのが、トロンボーン奏者サミュエル・ブレイザーの本作品(なお、Blaser は正しくはブラゼールと音読すべきかもしれないが、ここでは英語読みで表記する)。
 サミュエル・ブレイザーはスイス生まれ(Chaux - de - Fonds)で、現在ベルリンに居を定めながら欧米各都市で活動を展開しているトロンボーン奏者だが、すでに米国でも次代の注目すべきプレイヤーとして高い評価を与えられているらしい。彼を推薦してくれたのはポーランドのワルシャワでジャズ・プロジェクトのマネージメントを展開している内田泉氏。友人マーク・ラパポートを介して知己を得た同氏から送られてきたこのCDを聴いて、音楽的能力に加えて深い思考力を演奏にたたえたブレイザーというトロンボーン奏者の表現力とサウンド性に心打たれる久方ぶりの心地よい思いを味わった。感激といっても言い過ぎではない。こんな経験はトロンボーン奏者では余り例がなく、はるか遡って1970年の8月、万博の演奏会のため来日したヨーロピアン・ダウンビート・ポール・ウィナーズの故・アルバート・マンゲルスドルフのプレイを間近に聴いたときの感激以来だったといっていいかもしれない。
 さて注目したいのは、取りあげている楽曲の中心が16、7世紀のイタリアを代表する作曲家クラウディオ・モンテヴェルディ(1、5、6、9、10)と同17世紀にヴェニスで活躍したビアージョ・マリーニ(4、7)の作品。あとはブレイザーのオリジナル曲(2、3、8)だが、実はこの3曲にしてもモンテヴェルディと、同じく17世紀のイタリアの作曲家フレスコバルディの作曲した楽曲へのリフレクション(反射映像)として演奏されている。つまり、本作で演奏された楽曲のすべてがイタリアのルネッサンス期の音楽ということになる。このうち最もよく知られた作曲家がモンテヴェルディで、特にバロック音楽への進化の先導役を担った存在として高い評価が与えられているばかりでなく、今日でも取りあげられる作品が少なくない。中でもミサ曲「聖母マリアの夕べの祈り」は去る2月にも濱田芳通とラ・ヴォーチェ・オルフィカが取りあげ、注目を集めた(片山社秀氏が「生きる力を貰った」と朝日新聞で激賞していた)が、オペラ「ポッペアの戴冠」や数々のマドリガーレとともにその名を今日に伝える優れて優美な1曲でもある。
 ここでのブレイザーのクヮルテットは実にバランスのとれた、音楽性に富むプロセスを展示していて、まさに素晴らしいの一言。ピアノのラス・ロッシングは初めて聴いたが、ルネッサンス時代の活きいきとしたスピリットと現代のモダン性に溢れた詩情を混ぜ合わせた繊細なプレイで他の3人をバックアップする。ベースのトーマス・モーガンとドラムスのポール・モチアンの2人は、本誌でもすでに大きく紹介された菊地雅章の話題作『サンライズ』(ECM)で心に沁みるプレイを繰り広げていた。とりわけモチアンならではのドラムスで詩を詠うがごとき繊細なプレイが、この1作でも再現されているのには驚くと同時に、この録音から10ヶ月後の11月22日に世を去った彼の優れて詩的なプレイに思いを馳せながらこの名手をしのんだ。録音を打診されたとき、ブレイザーの心にモチアンのプレイがすぐに浮かんだと、彼自身がノーツの劈頭に記した一文がすべてを物語るだろう。
 ブレイザーによれば、ルネッサンス/バロック音楽とジャズとは水と油だという当初の思い込みは、計画が具体化する中で氷解していったらしい。ことにイタリアのこの時代の作曲家の作品を集中して聴く中でモンテヴェルディら3人の作品を厳選し、その後編曲、再構成するプロセスを経て演奏に臨んだときには、この1作の成功が約束されていたように思われる。オープニングの1)は文字通りラメントだが、マリーニの4)やモンテヴェルディの9)もラメントにもエレジーにも聴こえる。ここでのモチアンのセンシティヴな対応と詩的センスに感嘆せずにはいられない。しかし、たとえば5)の「リトルネッロ」が、9)を聴くことで実はモンテヴェルディのよく知られた「リトルネッロ」のメロディがブレイザーの着想で予想もできない地点に着地していると分かるなど、謎が1つ1つ溶けていく面白さの中にブレイザーならではの知的なアプローチが隠されていて感心させられる。
 基本的にはフリーな演奏といってもいいだろうが、単なる形式的フリーを超えて、4者が自在に楽想を展開し合いながら、結果的に緻密なサウンドに統一させていった演奏は、あたかもバロックと現代のタッチが融合した絵画を見る趣さえ感じさせる。ブレイザーの多彩なテクニック、特にマルチトーン・テクニックを嚆矢とする輝かしい演奏技法、同時にそれらを巧みにコントロールしながら視覚的なアピールさえほのめかす描写力にたけた音色と思考的な練りを反映した表現。繰り返すが素晴らしい。
 本作はブレイザーの第5作ということだが、彼がふだんヨーロッパで活動しているクヮルテットの新作『Boundless』(hatOLOGY)が早くも届いた。 こちらも機会を見つけて紹介したいものだ。(悠 雅彦)

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
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#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

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INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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