# 905
『橋爪亮督グループ/アコースティック・フルード』
text by 多田雅範
タクタイルサウンド・レコーズ TS-001 |
橋爪亮督 Ryosuke Hashizume (tenor saxophone, effects)
市野元彦 Motohiko Ichino (guitar, effects)
織原良次 Ryoji Orihara (fretless bass)
橋本学 Manabu Hashimoto (drums, percussion)
佐藤浩一 Koichi Sato (piano on 2, 3, 8)
1. Current / カレント
2. Last Moon Nearly Full / ラスト・ムーン・ニアリー・フル
3. Conversations with Moore / カンヴァセーションズ・ウィズ・ムーア
4. The Last Day of Summer / ザ・ラスト・デイ・オブ・サマー
5. 十五夜
6. Slumber / スランバー
7. The Color of Silence / ザ・カラー・オブ・サイレンス
8. Journey / ジャーニー
9. Home / ホーム
入手してから毎日聴いているよ。ごめん、勝手な聴取を許してくれ!
1曲目、「Current」の、黄昏の空を遠く見つめる・・・、このカンジ!ポール・モチアンの向こうに見ていたサウンドなんだよ。つまびきで辿る一音一音の市野元彦のギター、たまんねー。神ドラマー橋本学の叩きも、モチアンが憑依したようではないか。キーワード「漂う」「空間」「深い心情」、なんていう美しい旋律を吹くのだよ、橋爪亮督。ああ、モチアンが居なくなっても君たちがいれば大丈夫だ。おい、アイヒャー、聴いてるか。年間ベストテントラック確定の現代ジャズだ。ああ、4分。はかない。
はあああ。感動のため息だ。このトラック、おれはモチアン追悼に聴く。
2曲目、おー、これはテレビドラマ制作者必聴の、恋人に遭いに行くシーン、または、相手の行為の意味に気付いて気持ちが高まってゆくシーンだ、恋がしてーぜ。おお、ピアノが入るとライル・メイズが奏でるメセニー・ミュージックみてーだぜ。え?タイトルは「Last Moon Nearly Full」、って、十四夜・宵待月のことか。3曲目もイメージ喚起力が高い。シンバルをブラシでシャカシャカと加速する感じが持続するサウンドに、コンポジションが行き渡っているナンバーだ。
橋爪亮督グループの4年振りの新作。すべて橋爪のコンポジション。野球解説者ではないけれど、「橋爪、仕上げてきましたねー」と言う出来だ。ライブで練り上げられてきたキラーチューンが9トラック、遊びトラックなくたたみかけてくる連続奪三振の投球である。
まず、魅力的なのは、橋爪のサックスにはオリジナルなヴォイスがあるということだ。これを獲得できるサックス奏者は少ない。奇を衒った書き方になるけど、デヴィッド・シルヴィアンの声のようなものだ。長身で甘いマスク、真実にしか興味がないような純真な性格、そんなものはグルーピーのおねえちゃんたちにあげようではないか、そんなところもシルヴィアンみたいだな、しかしながら、この翳りのある旋律、どこか彼方を眼差すような絶望の淵から還ったような旋律、おれのようなECM者には余計にたまらない。
コンポーザー橋爪が牙を剥く。バークリーを出た橋爪、クールジャズ〜トリスターノで研鑽した運動神経は時にマーク・ターナーを凌ぐインプロヴァイザーぶりを閃かすわけだから今すぐにニューヨークに行ってモティアンのバンドの門を叩けとおれはかつて断じた。しかし彼はそうしなかった。自分のグループで国内での活動を続けた。次第に、オーディエンスであるわたしにも気付いてきた。ギターの市野元彦、彼のユニット「rabbitoo」や「time flow trio」、渋谷毅とのデュオ、外山明とのトリオ、で浮上する世界最先端と言い切っていい創造。タイコの橋本学、おれは自分のコラム「タガララジオ」で歓びをもって100曲目に選んだ「十五夜」(http://www.jazztokyo.com/column/tagara/tagara-17.html)で気付くまで聴いていなかったのだな、いつ「化けて」いたのだ橋本学、モティアンを自家薬籠中にして自在に彼にしか叩けないタイムを創造しているではないか。つまり、橋爪はこのグループである必然しかないものであるし、あちこち気ままにCD聴いて勝手なことを言っていただけなのだなおれは。
橋爪亮督を、コンポーザー橋爪とインプロヴァイザー橋爪とに分けて聴くわたしだ。こないだのアルトサックス宮野裕司とのツーサックスでの国立ノートランクスでのインプロヴァイザーぶりにはぞぞけが立ったぜ。自分の曲をがっつり吹くトーンの魅力、スタンダードを絶妙に吹っ切れて入ってくる魅力、・・・思えばわたしが益子博之と最初に会ったのも橋爪の目の前であったけれど、益子が橋爪にスポットをあてたライブシリーズ「tactile sounds」(喫茶茶会記@四谷三丁目)を昨年スタートさせており、意識はさらに向こう側の可能性に跳躍しているようである。
ラスト9曲目「Home」が流れる。NHK大河ドラマのテーマ音楽担当者のみなさんは必聴だ。ああ、またそんなおちゃらけたことを書いてしまった。毎日苛酷な夜勤をしているおいら、仕事が終わるときに「Home」を口笛してしまってるんだ。ソバ屋の出前が口笛するだけのジャズがかつてあった時代のこともあるけど、ミスチルの「口笛」の心境で吹く50さいのわたしだ。
(追記)
このCDはtactile soundsという自主レーベルでディスクユニオンを通じて販売されている(http://diskunion.net/jazz/ct/detail/JZ120323-59)、益子さんがテキスト書いてますね。タワー、HMV、アマゾンでも買えるようです。
(追記2)
タクタイル、触覚という語。岩波科学ライブラリーの「触覚をつくる――《テクタイル》という考え方」で図示された(http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20120329)ところは、音楽の聴取においてもうひとつのパラダイムを用意しているように思える。新入社員の表情がどんなふうかわかるようにジャズはわかる、と、オノセイゲンは示唆的に書いた記憶もよぎる。大きく脱線すれば、「いいか!思い詰めたもの、それがアートだ」とおれは子どもに話したこともある。演奏は視える。そもそも音には人間性だとか感情なんてカンケーないんだが、何か楽理にもグルーブにも空間性にもジャズの文法にも還元できないものはある。わたしたちはまだ旅の途中だ。
(多田雅範 / Niseko-Rossy Pi-Pikoe)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
:
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
:
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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