#  908(アーカイヴ篇)

『Irina Karamarkovic Band/Songs from Kosovo』
text by 岡島豊樹


GLM Music EC 541-2 (p) 2009

Irina Karamarkovic(vocal)
Stefan Heckel (piano)
Wolfram Derschmidt (bass)
Viktor Palic (drums)

1. Pristina ce da postane turisticko mesto
2. Prelestese tice lastavice
3. Hapi syte e zeza
4. Majko mila
5. Biser Mara po jezer brala
6. Gusta mi magla padnala
7. Tudja zemljo
8. Sto si rano podranila Marijo
9. Devojce tanko visoko
10. Simbil cvece
11. Zajdi, zajdi
12. Dosla je sestra Jelena

 このアルバムの主役イリーナ・カラマルコヴィッチはコソヴォのプリシュティナに生れたセルビア人ジャズ歌手である。コソヴォ自治州議会がセルビアからの独立宣言を採択した翌年の2009年、自らしたためたライナーノーツを「アイデンティティを失った人たちに捧げます」と締めくくって、このアルバムを世に出した。
 どんな曲を歌っているかと言えば、コソヴォのセルビア人の間に古くから歌いつがれてきたという民謡が多いが、アルバニア人の民謡やマケドニア民謡も含まれている。やけに哀しい内容の詩歌がコソヴォのセルビア民謡には多いんだなと思う。「お母さん、わたし眠い。愛そうと思ったけどできない。だって、昨日の夜あの人が来た時なんて、キヤンドルライトをひっくり返したり、お花を踏みにじったりするんだもの」とか、「ある女が嘆息して言う:外国よ、大事な人を私のもとに返して。外国は答える:どうしたものかな、埋まっている男がこう多くてはどれがそうなのかわからんがね」とか、あげく、「イェレナは傷を負った弟を治してくれそうな医者を探して海を渡った。彼女が医者に治療を求めると、医者は応えた、必要なのは棺だよと」という歌でアルバムを閉じる。メロディも哀感を強く誘うものが多い。優しいメロディで歌うのはアルバニア民謡「黒い瞳を見せておくれ、大好きだよ」くらいである。
 収録曲の多くは、音楽家だった彼女の祖父や母が採取した歌とのことである。「どの曲もあるひとつの世界から、必要に促されて生まれ育ったものばかりだけど、その世界がなくなってしまった」とイリーナは記している。あるひとつの世界とはどんな世界だったのだろうか。彼女の思い出話の中に探ってみる。
 小さい頃から楽器や歌で音楽の才を発揮したイリーナは、よく少年少女の音楽祭に出て歌ったという。「7歳のときアコルディ・コソヴァ音楽祭で2等賞をもらったときなんて信じられないくらい嬉しかった。あの頃は、アルバニア人が1等賞、セルビア人が2等賞、トルコ人が3等賞をとることになってるってことは知らなかったわ。みんな結果に喜んでたのよ」。そんな環境があった世界か?
 イリーナは12歳の頃からバンドを組んで歌い始めた。ツェッペリン、ジミヘン、ジョプリン、トム・ウェイツ、ソニックユース他、いろんな音楽にかぶれた。成長するにつれスタジオワークやTVでのセッションに忙しくなったが、旧ユーゴ諸国の若者たちと交わって、文化交流や平和のための啓蒙、コンサートや演劇や美術展の企画開催等を推進するNGOで働くことも重視した。そうするうちに、不穏な動きを感じ始めたという。ベオグラード大学の哲学科に進んだが、カーリン・クローグのレコードを聴いてジャズに惹かれ、やがてオーストリアのグラーツのジャズ学校で徹底的に学ぶ日々が続いた。そんな頃にコソヴォで紛争が深刻化し、空爆があり、多くの友人達の死を知り、彼女の家族はプリシュティナを去ったが、彼女は歌い続けた。自分が生れ育った土地の文化をたえず示し続け、音楽活動のかたわらにプリシュティナに関する執筆も続けてきたという。そんな道程からこのアルバム『コソヴォの歌』は生まれた。この歌を自分が残さなければ、消えてしまうとの思いがあったようだ。
 しかし、彼女はこのアルバムの中で、ことさらにセルビアを賛美しているわけではない。セルビア系、アルバニア系、マケドニア系の色分けをしたかったようにも聴こえない。よく聴けば、他の色合いもしばしば垣間見える。民族のモザイク文様をなしているといわれるバルカンには、多彩な音楽がある。遠目にはモザイクでも、その一個一個は、近づいて見れば、はっきりした辺縁をもった部分ではない。隣の一個と滲み融合しているという例がバルカン音楽では珍しくない。バルカン音楽のLP、CDでトラッド曲の出典を眺めていると、どう聴いても同一の出所と類推されるような数種の類似曲が、違う国・民族の出典として記されている例に出くわすことも珍しくないようだ。運ばれ、広がり、にじみ、重なり合った理由には、ポジティヴ面もネガティヴ面も含めて歴史的にいろいろなものあったのだろう。
 イリーナはことさら情感を強調するような歌い方をするわけではなく、冷静な語り部であろうとしているかのようだ。失われたあるひとつの世界を、その中で暮らした人の姿を、くもらせることなく、しっかりと語り伝えるために。そのつつましすぎるようにもみえるイリーナの声が空高く舞い上がり世界に広まれとばかりに、器楽奏者トリオは炎をたてているように私には聴こえる。(岡島豊樹)

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