# 929
『小曽根真〜クリスチャン・マクブライド〜ジェフ・”テイン”・ワッツ/マイ・ウイッチズ・ブルー』
text by 悠 雅彦
オープニングの「バウンシング・イン・マイ・ニュー・シューズ」で、軽快なテーマに続く小曽根のスキップするかのような演奏を聴きながら、ふと故バド・パウエルのブルーノート吹込『バウンシング・ウィズ・バド』の演奏が脳裏をかすめた。文字通り快活に弾む小曽根のスウィンギーなノリと息の合った3者の交感が、鬼気迫る最後の炎を燃やした往年の革命児が『バウンシング・ウィズ・バド』でまるで飛び上がらんばかりのスウィング感を発揮した、あの忘れがたい演奏を連想させたからかもしれない。そういえば、パウエルの最晩年作に『スウィンギン・ウィズ・バド』なる1作もあった。そのくらい、この新作での小曽根は夢が叶った少年のように嬉々としている。それが聴く者の心を心地よく弾ませる。よほどこのトリオでの演奏が念願だったのだろう。クリスチャン・マクブライドにしても、ジェフ・ワッツにしても、現在では大御所といいたいくらいの存在感を示す。マクブライドなどはさまざまなセッションに引っ張りだこだが、片や小曽根もソロやトリオのほかビッグバンド、クラシック界での活動と超多忙な日々を送っており、困難な録音スケジュールの調整を何とかやり繰りしてでもこのトリオとの演奏を記録しておきたかったに違いない彼の貪欲な演奏家精神が、ここに実った1作というべきなのだろう。
その意味ではまさしく渾身の演奏には違いないのだが、彼はもともと肩いからした音楽とは無縁の演奏家であり、深刻さとは対極のハッピーな幸福感を絶えずサウンドに反映させてきたピアニストだ。ものにあくせくしない、いわば明快さと、こだわりを柔らかに放出する小曽根ならではの音楽性が、ここではマクブライドとワッツの名技性に富んだプレイと鮮やかに一体化したトリオ・ジャズとして聴く者に微笑みかけてくる。
アンコール風に最後に用意されたエリントンの「サテン・ドール」を除いて(1)から(9)まですべてが小曽根のオリジナル。このあたりにも彼の力の入れ具合を察することができる。このうち「ロンギング・フォー・ザ・パスト」は以前東日本大震災の復興支援コンサートでソロ演奏したしみじみとしたバラードだが、バラードよりはむしろビートに乗って3者一体で繰り広げる小気味よいスウィンギーな演奏の方に私としては軍配をあげたい気分。それが冒頭の「バウンシング〜」であり、速い4ビートに乗りまくった(3)「ガッタ・ゲット・イット!!」や(6)「テイク・ザ・テイン・トレイン」であった。エリック・サティを匂わせるタイトル曲のAも好ましいし、ボッサ調の(8)「ノヴァ・アルヴォラーダ」などは小曽根の体質にあった曲なので聴きやすい。
ところで驚いたことに、小曽根真のもう1枚の新作が同時に発売された。こちらはエリス・マルサリスとのダブル・ピアノで、『ピュア・プレジャー・フォー・ザ・ピアノ』(UCCJ - 2104)といい、東日本大震災復興支援として昨年発売された『Live & Let Live』に続く第2弾ということだ。こちらはニューオリンズで吹き込まれたが、これにはわけがある。最大級のハリケーン "カトリーナ”がニューオリンズを急襲したのは2005年8月のこと。ニューオリンズの復興はいまだ道半ばとも聞く。聞けば小曽根は被災した日米両地の復興を願って、ニューオリンズの指導的音楽家として活躍し、自身の4人の息子たちを世界的ジャズ演奏家に育て上げたピアニストのエリス・マルサリスと、ニューオリンズで吹き込むことを願ったのだという。そのためこのCD収益の全額が半分ずつ東日本とニューオリンズに寄付されることになった。
驚きがもうひとつ。それは最後の1曲にブランフォード・マルサリスが飛び入り演奏しているのだ。それもテナーではなくアルト・サックスで。小曽根はブランフォードの後を追うようにバークリー音大を卒業した、いわば同窓生である。曲はリル・アームストロングの「Struttin' with Some Barbecue」。「ストラッティン〜」といえば、45年ほど前にリー・コニッツが『デュエッツ』なる傑作でマーシャル・ブラウンとデュエットした演奏が忘れられないが、もしかするとブランフォードはそれを知っていてアルトを吹いたのかも。こんな想像をするのも楽しい。(2012年7月13日記 悠 雅彦)
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