# 939
『Pão (Tiago Sousa/Pedro Sousa/Travassos)/Pão』
text by 伏谷佳代
SHHPUMA/Trem Azul ; 2012 SHH002CD |
Pão(パォン):
Tiago Sousa (ティアゴ・ソウザ;keyboad/harmonium/percussion)
Pedro Sousa(ペドロ・ソウザ;tenor sax)
Travassos(トラヴァッソシュ;tapes/amplified objects/zx150/circuit bending/voice)
1. Gods wait do delight in you
2. Dyson Tree
3. It was all downhill after the sling
録音:2011年11月@Golden Pony Studio
ミキシング:Vitor Lopes(ヴィトール・ロペシュ)
マスタリング:Carlos Nascimento(カルロシュ・ナシメント)
プロデューサ:Pão
アートワーク:Travassos(トラヴァッソシュ)
酷暑であったり、天候がエクストリームであればあるほど、音楽には全くの別次元を求めたくなるのは筆者だけか。チャチに日常を直視させるようなBGMだけは御免だとおもう(執筆時、8月13日。暑い)。
宙吊りにされつつメロディに連れ去られる...多様な音のスパンを体感
いずれもリスボンをベースとする気鋭のメンバーによるトリオ、Pao(パォン)のファースト・アルバムは、clean feedより発足したばかりのShhpuma(シュプーマ)レーベル初リリース2作品のうちの1作(もうひとつは先月号でご紹介したフィリペ・フェリザルドのギターソロ→http://www.jazztokyo.com/five/five933.html)。聴き手を霊験なる没入へと誘う、高精度の引力をもつ音の磁場である。メンバーは、ピアニスト・コンポーザーとして長いキャリアをもつティアゴ・ソウザ、若きサックス奏者にしてインプロヴァイザーのペドロ・ソウザ、そしてリスボンの実験シーンの「仕掛け人」的存在であるトラヴァッソシュ、の3人。
音楽が含みもつ張力の限界へといどみ続けるかのような壮大な3曲。全体に鍵をにぎるのは、ハーモニウムによるきわめて人間くさい人工音(構造が生む締め上げ感が、諦念をはらむ音となって供される、独特のドローン効果)と、テナー・サックスの精度の高いメロディ性の横溢であろう。サックスに特有の、音が伸びやかに拡張される方向ではなく、逆に音の流れはタイトに絞り込まれている現象がおおい。ミニマリスティックなリフのなかには、中東風のメロディも見受けられるが、あまりに求心力が高いがゆえにエスニックな要素は削ぎ落とされる。「ほのめかし」程度で核心を突かぬまま旋回しつづける、その連続が緊張と緩さを同時に生むのだ。主流をになうダイナミズムが不在であることは、結果として細部の営みを淡々と照らすことにもなる。
ここで、ユニット名が示唆的だ。ポルトガル語のPao(パォン)はすなわちパンのこと。主食である。活力の源でありながら、どんなものにも合う柔軟性が求められる、中和剤的存在。その生成に至っては、無数の酵母の働きを前提とする。このトリオも、自己分裂を繰り返して自らを食い尽くしながら、さまざまなヴァリエーションを試しているユニットであろう。材料に何を使うかである。必ずしもオーガニックのみにあらず、どぎつい添加物から人工甘味料まで何でもござれだ。想定された材料(確立された奏法、演奏技術、楽器、コンポジションetc.)が生む想定外の結果と、想定外の素材(未知のオブジェクト操作の数々、インプロ、etc.)が生む意外に調和的な仕上がりなど、焼いてみなければわからないのがパンの世界か。例えば、サックスのブレスの掠(かす)れやサーキット・ベンディングのショートが生むノイズと、その直後の断絶。それらは俗に沈黙と称される無音地帯と対比されるどころか、なだらかな同一線上にある。連綿とつづく音のスパンに身を浸す醍醐味に満ちたアルバムである。
ミニマルやドローン音楽は、裏を返せばコンセプトづくしで、感覚だけで聴いているとわけがわからないことが多々あるものだが、このPaoの音楽には聴き手を凝り固まらせない包容力がある。楽器扱いの修錬を根底とするメロディ表現の多様さによるものだろうが、奇抜なことをやっても決してゲテモノにはならず、想像力豊かで重層的な広がりを感じるのは地の利のゆえか。日本のようなインダストリアル社会から出現したユニットならば、ひじょうに現実的な音楽だと言えるが、風や光を日常に強烈に感じる、人間関係も密な、原発とも無縁な西の果ての港町からの音である。遠くを見つめる俯瞰力と、日本とは逆の意味での非日常の力をおもう。止むに止まれず出たものではなく、自ら選び取った自由を感じる。(*文中敬称略、伏谷佳代/Kayo Fushiya)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
:
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄
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