#  947

『加藤崇之・是安則克・山崎比呂志/TRIO 1997』
text by 悠 雅彦


地底レコード B55F

加藤崇之 (guitar)
是安則克 (bass)
山崎比呂 (drums)

1. Last Step to Heaven
2. Dejavu
3. 僕の禅
4. Darn That Dream
5. I Here a Rhapsody
6. Oleo

録音:是安房雄 1997年6月30日 at 新宿 Pit Inn

 オープニングの演奏が流れてきたとき、一瞬耳を疑った。これは鎮魂歌ではないか。それとも、死者への追悼曲。
 優れて個性的なベーシストの是安則克が亡くなったのは昨年の9月25日のことだった。このアルバムは私の好きなギタリストの加藤崇之が是安則克と組んで演奏したライヴ記録の1つ、97年6月の新宿ピットインでの演奏から、特に「是安のベースがよく鳴っている曲を選択した」(地底レコード・吉田光利)という、いわば是安則克への一周忌追悼盤である。
 私がオープニング曲で驚いたのはいうまでもないだろう。彼がまだ元気に活躍していた時分に、「天国への最後の歩み」を、やがて訪れる最期を予期するかのように演奏していたのだから。もっとも、この曲を書いたのは是安ではなく加藤だ。添付された資料には、このトリオについて加藤が書いた短い一文が載っている。それによれば、加藤(1955年生まれ)のギター・トリオは30歳頃から20年間ほど持続したらしいが、すべての活動を一番ともにしてきたのが是安だったという。そのトリオが解散したのは2006年。またやろうと声をかけたのも、「オレはいつ死んでもおかしくないから、やるなら今のうちだよ」と意味深長な言葉を投げかけたのも是安その人だった、と明かした加藤の胸の内を察すると、彼を襲った突然のショックがいかに大きかったかは察するに余りある。早大モダン・ジャズ研究会出身のベーシストといえば鈴木良雄がいるが、是安は鈴木とはまったくタイプの異なるベース奏者で、常識を逸脱したアプローチの特異性1つをとっても,こうした彼のプレイに信頼と親近感を寄せる藤井郷子・田村夏樹夫妻、廣木光一、林栄一、高橋知己ら個性的な顔ぶれからも如実に窺えるではないか。
 冒頭で触れたように,これは奇しくも15年前のライヴ演奏で、当初からレコード記録として残す意図が当事者たちになかったせいか、録音としては万全のものとはいいがたいし、是安その人にとってもベストのプレイを記録したものと言ってよいかどうか,少なくとも私には何ともいえない。ただこれを聴いた限りでいえることは、張りつめた緊張とある種のリラクゼーションが織りなすライヴならではのノリのよさがあり,加藤を中心に集中力が競い合うかのような演奏が繰り広げられていて、たとえベストとは言えないにせよ生前の是安の、ベーシストであることの束縛から脱しようとする独特のアプローチの一端が聴けることだ。その意味では極めて貴重な,一聴に値するライヴ演奏といって間違いないだろう。
 ここには加藤のオリジナル曲とスタンダード曲の演奏が3曲づつ収録されている。吉田光利(地底レコード)氏の「ベースが際立つような音作りをした」とのコメントは恐らく佐藤弘(What' s New)氏と組んだマスタリング段階の作業を指しているのだろう。だとすると,当夜の演奏から何を最終的に選ぶかは加藤崇之が中心になって進めたはず。白昼夢をさまようような冒頭の1曲のほかに、フリー系の演奏が2曲(加藤のオリジナル)、原曲の構造に沿って演奏したスタンダード曲3曲という構成は、その結果引き出されたものだろう。吉田氏によれば,このライヴ演奏は故人の叔父が当夜会場のピットインで録音したものだという。だが,聴く限りでは,音のクォーリティにさしたる問題はない。それ以上に、是安のプレイが聴ける貴重な音源を形にして後世に残そうという加藤、山崎、関係者らの熱意が実を結んだ1作として評価してしかるべきだろう。
 80年代半ばごろからトリオ演奏に本格着手した加藤にとって、是安と組んだ20年近い歳月は脳裏から永遠に消えないエポックメイキングな足跡をしるした時間だったに違いない。フリーな展開を楽しんだり,追い求めたりする中で、「The Way You Look Tonight」のメロディーがまどろむように浮かんでは消えていく14分を超える「De javu」や「僕の禅」での、山崎との呼吸を確かめあいながらアプローチする是安の加藤への肉迫ぶりが耳を捉える。山崎のブラッシュをバックに原曲の霊妙な和声進行の流れを縫っていくような「Darn That Dream」での加藤のプレイは、彼の優れた和声感覚を示す。また、62年におけるジム・ホールとビル・エヴァンスの忘れがたい演奏(UA盤)で知られる「I Hear a Rhapsody」での是安のソロ、ツボを心得た山崎のドラミングなども味わい深いし、テーマから一足飛びにフリーな展開を楽しむかのような「Oleo」など、生前の是安をしのぶにふさわしい追悼盤である。(悠 雅彦)

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