# 948
『挟間美帆/ジャーニー・トゥ・ジャーニー』
text by 悠 雅彦
Verve/ユニバーサル・ミュージック SHM - CD: UCC-2107 3,059円(税込) (11月14日発売予定) |
キャム・コリンズ(as,cl)
庵原良司(ts,ss,fl)
アンドリュー・グダウスカス(bs,bcl)
フィリップ・ディザック(tp,flh)
バート・ヒル(fhrn)
マーク・フェルドマン(vln)
ジョイス・ハマン(vln)
ロイス・マーティン(vla)
メーガン・バーク(vlc)
ジェイムス・シップ(vib)
サム・ハリス(p)
挟間美帆(cond,p/4&6)
サム・アニング(b)
ジェイク・ゴールドバス(ds)
クリス・レザ(cond/4)
ゲスト:
ステフォン・ハリス(vib/2)
スティーヴ・ウィルソン(as/4)
1. Mr.O
2. トーキョー・コンフィデンシャル
3. ブルー・フォレスト
4. ジャーニー・トゥ・ジャーニー
5. パパラッチ
6. ビリーヴィング・イン・マイセルフ
7. バラード
8. ホワット・ウィル・ユー・シー・ホエン・ユー・ターン・ザ・ネクスト・コーナー?
9. 陽だまりに、一冊の本 <ボーナス・トラック>
録音&エディティング:内藤克彦@システムズ・トゥー、ブルックリン2012年7月2&3日
ミキシング:ジム・アンダーソン
ディレクター:ジム・マクニーリー
プロデューサー:狭間美帆
挟間美帆の音楽はまさに桁違いの本物である
近年、音楽に限らず、単に本物を装ったとしか思えないまがい物が少なくない。IPS 細胞を使った世界で初めての手術(臨床応用)をおこなったと宣言して物議をかもしているさる日本の研究者のこと?いえいえ、そうではない。何でもあり現象は今日では珍しくも何ともないが、そのために本物が脇に追いやられるとしたら、こんな情けなくも悲しいことはない。だが、この1作の主人公、挟間美帆の音楽はまさに桁違いの本物である。
私が初めて彼女の才能に触れたのは2008年の正月、東京オペラシティの大ホールで行われる恒例の山下洋輔によるニュー・イヤー・ジャズ・コンサートでのこと。この夜は山下のピアノ・コンチェルト第3番が披露されたのだが、「エクスプローラー」と題したこのコンチェルトのオーケストレーションを担当したのが彼女だった。山下の案内で彼女の名前を初めて知った驚きを私は忘れずにいた。それほど彼女のダイナミックで変化に富んだオーケストレーションは、あたかもジャズとクラシックの両道に通じた年期の入った音楽家の手になるサウンドを思わせる充実したもので、山下のソロを存分にバックアップする見事な出来映えだったからだ。何という素晴らしい才能だろうと、折りにふれ彼女の名前を思い浮かべるのだが、その期待とは裏腹に,気がついたら彼女の名前に触れることがまったくないまま数年が過ぎ去っていた。この試聴盤に添付された資料で、彼女がその2年後の2010年にマンハッタン音楽院大学院に入学し、ジャズ・コンポジションの勉学に励んでいたことを知った。彼女は今年、同大学院を卒業したともあり、本作がその卒業記念作品として制作され、ニューヨークの一流ミュージシャンを擁して録音されたものだと知って,ますます驚いたという次第だ。目をみはることがもうひとつあった。それはジム・マクニーリーがディレクターとして名を連ねていたこと。実はジムは私にとっても忘れられない演奏家の1人で、76年に私がテッド・カーソンの第一線復帰作をプロデュース(WhyNot)したときのピアニストだった。その彼が「美帆はさまざまな音楽要素から自分自身のサウンドを作り上げることのできる稀有な才能の持主。美帆を信じなさい。彼女はホンモノだから」とまで言って賞賛しているのだ。その賛辞が少しも誇張でないことは、本作のオープニングの数曲を聴けば明らかとなるはずだ。
編成はサックスが3本、ブラスが2本、ヴァイブが1、3リズム、これにストリング・クヮルテットが加わるという,アンサンブルとしては異色といっていいが、彼女の頭抜けたスコアに仕上げる筆力(能力)、全体を見通す明晰な展開力(ペンの運び)、さらには楽器の特性をフルに発揮させる音楽性と知性が溶け合ったしなやかな響き、などがみずから設定したストーリーに沿って、あたかもジャズ・コンポジションによる組曲風に繰り広げられる。そこには実にさまざまな音楽の投影があり、その全体像を見渡してみると、この才媛が学び身につけてきた、現代音楽をはじめとするバップから現代にいたる多種多様なジャズ,あるいはブルースからロックにいたるポピュラーなど音楽的造詣の多彩さには舌を巻くほど。編成的にはノネット+ストリング・クヮルテットによるこの1作を試聴した直後,私の脳裏に去来したのは50年代初頭の、テオ・マセロやミンガス、あるいはテディ・チャールスらの、たとえばジャズ・コンポーザーズ・ワークショップや、ガンサー・シュラー、ジョージ・ラッセルたち進歩的音楽家たちのサウンドだった。オープニングの(1)で顔を出すバップ・フレーズ、(3)での弦楽4重奏による導入部のオネゲル風な響きなど、印象の強い箇所を挙げていったらきりがない。狭間はほとんどを指揮に徹するが、タイトル曲の(4)と(6)、特に(4)を聴くと、彼女の本格的なピアノ演奏を期待したくなる。一方で(6)はむしろ彼女はあたかも作曲家として生きることを宣言しているように聴こえる。(6)でのフェルドマン(vln)やオープニング曲での庵原良司(ts)、あるいはゲストのスティーヴ・ウィルソン(as)やステフォン・ハリス(vib)などソロも聴きごたえがある。
素敵な卒業記念作にして、音楽家としてのデビュー作。挟間美帆の門出に拍手を送りたい。(2012年10月16日記 悠 雅彦)
追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi
#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報
シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻
音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美
カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)
オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美
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#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)
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#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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