#  955

『Ran Blake & Sara Serpa/Aurora』
text by 伏谷佳代


Clean Feed CF264

Sara Serpa (サラ・セルパ;voice)
Ran Blake (ラン・ブレイク;piano)

1. Saturday(Martel/Brooks/Peale)
2. When Autumn Sings(“R.B.Lynch”)*
3. Dr. Mabuse(Elfers/Blake/ Serpa)
4. Cansaco(Macedo/Campos)
5. Moonride(Guryan)
6. Strange Fruits(Meeropol/Holliday) *
7. Mahler Noir(Blake)
8. The Band Played On(Ward/Palmer) *
9. Love Lament(“R.B Lynch”) *
10. Wende(Kaye/Blake)
11. Fine and Dandy(Swift/James)
12. Last Night When We Were Young(Arlen/ Harburg) *

録音:2012年5月11、12日@リスボン;”クルトゥールゲスト”公会堂(auditorio da Culturgest)
*はライヴ・レコーディング
エンジニア:ルイシュ・デルガード(Luis Delgado)
プロデューサー:サラ・セルパ&ラン・ブレイク
エグゼティヴ・プロデユーサー:クリーンフィード/トレン・アズール

内省的な距離の創出----言葉が音になるところ

ラン・ブレイクといえば、1960年代のジーン・リー(Jeanne Lee)とのデュオを思い浮かべる方が大半なのではないだろうか。70代も後半を迎えた現在に至るまで表立って目立つこともなく、「知る人ぞ知る」ピアニストとして淡々と活動を続けてきた模様だが、ピアニストとしてはメアリー・ルー・ウイリアムスやオスカー・ピーターソンから薫陶を受けたという、ジャズの生き証人のような人物でもある。教育者としても一流で、彼を敬愛するミュージシャンは数多い。長年教鞭をとるニューイングランド音楽院からは多くの弟子を輩出しており、このアルバムでデュオを組むサラ・セルパもそのひとり。アルバムとしては2010年の『Camera Obscura』に次ぐ作品。録音は2012年5月、リスボンでのライヴ・レコーディングを組み合わせたもの(”Culturgest”はポルトガルの信託銀行であるCaixa Geral de Deposito((カイシャ・ジェラル・ド・デポーズィト))がスポンサーとなって行われているアート・プロジェクトの一環で、内外の旬のミュージシャンが招聘されている)。

サラ・セルパとラン・ブレイクの音は、双方が天然のリヴァーブ効果ともいえる甘美さ、かつ峻厳たる高貴さをもっている。いかなる形態に至ろうとも、まずソロとして独立しているのだ。ヴォイスは、サラの十八番ともいえるスキャットから、シラブルの摩擦や咽喉の震えに還元されるようなインプロ的なもの、ポルトガル語・英語両言語によるヴォーカルまでなだらかに独自の軌跡を描いてゆくが、ブレイクのピアノも負けず劣らずマイ・・ペースである。当意即妙の伴走と絡み合いをみせるものの、「合わせている」という作為はゼロに等しい。したがってデュオからそれぞれのソロ、5. Strange Fruits(サラ)、6. Mahler Noir(ブレイク)へ至っても、視野が絞られたり、音が細くなる現象に陥らない(決してマスタリング効果だけの賜物ではないだろう)。極めて自然に、エンドレスにメドレーの途上として実感される。解放状態がつづくのだ。屹立したリヴァーブは、ひじょうに広範かつ立体的なパースペクティヴを維持する。物理的なものばかりではない、内省的ともいえる距離感は、豊かな歌詞世界ともあいまって、記憶の領域にまで踏み込んでいるかのようだ。どのような次元であれ、遠くからの響きはリリカルな性質を帯びる。

タイトルの『オーロラ』が示すごとく、ジャズのスタンダードからポップス、ファド世界、クラシックのファルセット、自作までを結ぶ航海では、音間にさまざまな複合的余韻が絡まっては立ち昇る。ジャンル分けをはじめとする、明らかに定義しないことの強みが溢れている。ただ音楽の立ち位置のみが柔軟に推移してゆく。それに身を任せるゆるやかなドライヴ感。音楽を浴びることの醍醐味である。サラ・セルパのヴォイスは、ニュートラルといえるところまで昇華されているのが得がたい。ポルトガル語圏出身のシンガーという出自は、お国モノを歌うとき以外はほぼ不問に付すことに成功している。清明さと肉厚なヴォリュームとのあいだを自在に翻るが、単なる洗練というのとも違う。ラン・ブレイクのピアノには、喩えるならば瞳孔がずっと開き続けているような緊張感と麻痺の双方が混在する。ぺダルへの依存如何によらず、素のままでも開放弦の度合いがつよい音像だ。時おり音程から外れるギリギリのラインでの正気を保っているのが、ユーモラスかつ危険な味わいをもつ。ピアニッシモでの繊細さは震撼の域だ。

音の吸引力が非常に強いので、最後のサラのMCがあるまでライヴとの併録であることをふと忘れてしまう。往年のラン・ブレイク ファンにとっても、その健在ぶりを味わえる嬉しいアルバムといえるだろう(*文中敬称略。2012年11月11日記。伏谷佳代/Kayo Fushiya)。

【関連リンク】
http://www.saraserpa.com/
http://www.ranblake.com/

http://www.cleanfeed-records.com/
http://www.culturgest.pt/

*インタヴュー
http://www.jazztokyo.com/interview/interview112.html
*ディスクレヴュー
http://jazztokyo.com/five/five904.html

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