#  972

『クリス・ポッター/ザ・サイレンズ』
text by 多田雅範


ECM/ユニバーサル・ミュージック
UCCE-1137

クリス・ポッター (ss,ts,bc)
クレイグ・テイボーン (p)
ダヴィ・ビレージェス (prepared p, celeste, harmonium)
ラリー・グレナディア (b)
エリック・ハーランド (ds)

ワイン・ダーク・シー
ウェイファインダー
ドーン(ウィズ・ハー・ロージー・フィンガーズ)
ザ・サイレンズ
ペネロペ
カリプソ
ナウシカア
ストレンジャー・アット・ザ・ゲート
ザ・シェイズ

録音:ジェイムズ A.ファーバー@アヴァター・スタジオ NY、
2011年9月
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー

こおゆうのはアメリカ大陸では絶対に録れないのよねー。

なんて思ったけれど、なんやねん、アヴァタースタジオ(ニューヨーク)で録音されているのん。

2011年9月録音。ほお。

CDを聴きながら、クリス・ポッターがバス・クラリネットに持ち替えたのか、と、思った瞬間に、音楽に釘付けになった。それが4曲目でタイトル・トラックだと知った。彼らが演奏するのはハイレベルなジャズである第一義ではない。このトラック「The Sirens」は、風景や詩情が響きとなって音楽を形成しているように感じる。そこにはポッターもテイボーンもヴィレージェスもグレナディアもハーランドも居ないようだった。ECMでしか遂げられないものだ。いや、ECMアイヒャーは遂げるためには何でも使うのでもある。

しかし、これだけのスーパースター・メンバーがおのれの自己顕示のバトンを持つことなく、意思とコンポジションのあいだを釣り合いを測るように見つめ合っているというのはやはり異様か。そこに、音は鳴らさないけれど存在しているもうひとりのメンバー、プロデューサーのマンフレート・アイヒャーを感じないわけにはゆかない。

ここ数年のECMのニューヨーク進出、マーク・ターナー『ニューヨーク・デイズ』、ティム・バーン『スネイク・オイル』、菊地雅章トリオ『サンライズ』、クレイグ・テイボーン『アヴェンジング・エンジェル』と並べながら。

00年代ジャズのサックスを俯瞰すれば、王はロヴァーノだろう、皇帝はターナーだろう、次いで、ポッター、マラビー、スピード、ややあってレッドマン、マケンリー。自信は120%ある。そう測定してきたジャズ・シーンの、ECMはターナーを捕獲し、そしてここにポッターを檻に入れたのだ。ECMはテン年代を迎え、90年代最凶暴サックス、ティム・バーンのよもやの転生を実現させてもいる。

クリス・ポッター自慢のグループ、アンダーグラウンドを持ち込むわけにはゆかない、リズム隊がチガウ。アンダーグラウンドのファンクやブレイクビーツな要素をECMアイヒャーが許容するわけがない。アンダーグラウンドで狂気のフェンダーローズを弾く朋友クレイグ・テイボーンはECMレーベルにがっちり押さえ込まれているものか、昨年(12年)の丸の内コットンクラブでのアンダーグラウンド来日公演(コットンクラブの英断!拍手!)にも来日できなかったテイボーン、そもそもテイボーンはECMのスター・ピアニストなのだ、ここでは。

もとよりベースのグレナディアも、タイコのハーランドも、動かし難くナンバーワンな存在だ。この二人に関しては、グレナディアは手数を少なくせざるを得ないサウンドの空間性に一歩ひくわけだし、ハーランドに至っては、トレードマークというべき中毒性高い弓なりの加速G感覚打法が封印されているきらいもある。

それぞれに、現代ジャズを牽引する極彩色で異形な存在とも言える、そういういでたちのコスチュームで演技を決める映画スターたちであるのに、ここでは黒一色のデザイナースーツでネクタイをしめているかのようなのだ。

ECMアイヒャーにはニューヨークを録るのは無理なのよねー。

ふふふ、誰がニューヨークを録るなどと言うか、わたしは彼らをパレットの色彩として、構成するフィギュアとして徴用しているのだが。と、ECMプロデューサー、マンフレート・アイヒャーは言うことだろう。

ないものねだりはやめよう、と、あれだけ誓ったわたしなのに、つい書いてしまった。いちおう、ここまでの耳のロジックを踏まえていなければだね、・・・。

これは相当に水準の高い演奏なのだよ、ジャズをクラシックのように録るECMならでは、だ。この5にんという特別な組み合わせである、彼らをスタジオに入れたとして、これ以外に方法はあるのかい?と問われると、無い可能性は高いのだ。

(多田雅範/Niseko-Rossy Pi-Pikoe)

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