# 978
『ロータス・カルテット+ペーター・ブック/シューベルト:弦楽五重奏曲』
text by 大木正純
世界のトップクラスに位置する弦楽四重奏団であることを確信させる2枚
これまでにリリースされた日本人演奏家による室内楽ディスクの中でも、みかけはごくごく地味な存在ながら、かねてから私が最高の成果のひとつと信じて疑わないものに、ロータス・カルテットによるシューマンの弦楽四重奏曲全集(WWCC-7524)がある。とっつきにくいと言われることもある3曲を、かつてこんなにも美しく清新な演奏(とくに第2番!)で聴いたことがあったろうかと、それは思わず溜息をついてしまうほど。
ところがこの2003年にレコーディングされたディスクが巷でようやく静かな話題になったちょうどそのころ、カルテットは大きな転機に直面していた。2005年、メンバーのひとり(第2ヴァイオリン)が交代を余儀なくされたのだ。正直のところ私はがっかりした。大和撫子4人の固い結束が崩れて、むくつけき(?)ドイツ男が一人割り込んできたことに腹を立てたわけでは決してない。1992年の結成以来、キャリアを重ねてついに手にしたあのシューマンの境地が、はかなくついえてしまうのではないかと、不安に駆られたのだ。事実、それはカルテットの危機であったと思う。
だがそれは取り越し苦労だったようだ。2008年に行われた日本ツアー(現在の彼らの本拠地はシュトゥットガルト)の折にライヴ録音されたベートーヴェンを聴いたとき、私には希望の光がみえたような気がした。件の黒一点、第2ヴァイオリンのマティーアス・ノインドルフがごく自然にアンサンブルに融け込んで、新生カルテットが順調に歩み出したことを実感させたのである。そしてさらに、今回の2点。相次いでリリースされたこれらの演奏は、いまやロータス・カルテットが、世界のトップクラスに位置する弦楽四重奏団であることを確信させる。
このうちちょうど1年前に録音されたブラームスは、なぜかめったに取りあげられない曲目だけに、なおのこと珍重すべき1枚だろう。音楽は渋い。しかしロータス・カルテットの演奏はその渋さの中に、ロマンティックな陰影をこまやかに刻み込んで何とチャーミングなこと! とりわけ、すすり泣きのようなモティーフがしばしば顔を出す第1番は、ブラームスの厳つく重厚なイメージとはひと味違う、この弦楽四重奏曲ならではの魅力をしみじみと味わわせてくれる。
一方シューベルトの超大作、弦楽五重奏曲は、発売順とは逆にブラームスに先立つ一昨年のレコーディングである。ここではロータスの兄貴分に当たるドイツの名門メロス弦楽四重奏団(2005年解散)のチェリストだったペーター・ブックが"賛助出演"している。このシューベルトも実にすばらしい。しなやかなアンサンブルに乗って流動する優しい叙情に聞き惚れているうちに、50数分が夢のように過ぎ去ってしまう。私はこれを聴きながら、ああ、あのシューマンのすがすがしい世界がもう一度戻ってきたのだと、思わず胸をどきどきさせてしまった。
その上このディスクには、シューベルトのあとに、盛りだくさんなことにさらにウェーベルンが2曲、収められている。中でも《弦楽四重奏のための緩徐楽章》に、ぜひ耳を傾けていただきたい。やがて点描・十二音・無調といった新たな領域に踏み込んで行く気鋭の作曲家が、ここでは後期ロマンの叙情を思いっ切り甘美に歌い上げる。美しくも妖しい珠玉の小品である。(大木正純)
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