# 972
『YOSHITO TANAKA/THE 12-YEAR EXPERIMENT』
text by 神野秀雄
Tower Records Japan TRJC-1013 |
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1. Re Start (intro)
2. Funkazool
3. Boogie On Guitarman
4. Love Enough
5. Endorphin Dance
6. Electrodelic Land 〜 If I Was A Rock Star
7. Back To 1984 Timeline
8. Get Into The Groove
9. Blackbird Flies
10. Skinny Dipper
11. End Roll (outro)
12. Dance Dance
ミュージシャン:田中義人、塩谷哲、Taprikk Sweezee、森俊之、阿部芙蓉美、波田野哲也、大神田智彦、中澤信栄、ミトカツユキ、KAZ KATO、平石カツミ、林田裕一、スガシカオ
プロデュース:田中義人
録音・ミキシング:岡田勉
マスタリング:Tom Conya (Sterling Sound, NYC)
アートワーク&デザイン:Black Belt Jones DC
気鋭のギタリスト/クリエイター田中義人が12年目に見せる音の魔法の集大成
『グイードの手』(2006年)とそのブルーノート東京ライブが私にとっての田中義人の音との出会いだった。2006年、塩谷哲(しおのやさとる)がアルバムの共同プロデューサーに迎えたのが当時32歳の気鋭のギタリスト/クリエイターの田中義人。塩谷哲のピアノが新しい輝きを放ち、バンドの強烈なグルーヴとニュアンスの深さに圧倒される。それは二人のコラボレーションの素晴らしさはもちろんだが、積極的なプロデュースという行為から生まれるケミストリーと魔法を思い知らされる体験だった。
その田中義人の魔法の集大成となるのが、初リーダー・アルバム『THE 12-YEAR EXPERIMENT』だ。「12年の実験結果」当初タイトルはかなり独りよがりに思え、しかも自身のプログラミングと多重録音をコアにした文字通りの自作自演!?との情報を聞き、さらに不安が。しかし聴き進むほどに、内容はそのタイトルを裏切らないもので、的確であることがわかってくる。12年前の2000年、大沢伸一の『Mondo Grosso / MG4』の制作に参加し、夢を描いて上京した道産子がその2年後にタニア・マリアを初め様々なビッグアーチストとNYのスタジオにてセッションを体験したり、日ごとに目まぐるしく展開して行く氏を取り巻く音楽的環境の変化に歓喜しながらも、それらの事柄が26歳の田中義人に衝撃と感動を与え、よい意味で心に大きな「傷」を刻み込むことになったと言う。この12年間、確かなギタープレイと、プロデュース力で、J-Popの実力派アーチスト達の高い信頼を勝ち取る。スガシカオの片腕であり、今井美樹、中島美嘉、bird、CHEMISTRY、akiko、佐藤竹善、森山直太朗、土岐麻子、藤巻亮太らの作品を手掛け、葉加瀬太郎、レミオロメン、Superfly、ケツメイシ、FUNKY MONKEY BABYSなどの録音、ライブサポート、アレンジなどを手がけている。なお、2004年、森山良子のブルーノート・ニューヨーク公演に島健カルテットの一員として渡米した際に、マイケル・ブレッカーと共演し、日本人としてその貴重なチャンスを持ち得たほぼ最後の世代となったことは特筆しておきたい。
さて、大沢伸一との体験から受けた「傷」に決着をつけるべく模索を続けた12年。ギタリストとして奏でたい音世界と、クリエイターとして描きたい音世界には大きな隔たりがあると言い、この12年、さまざまな音に出会い、ミュージシャンに出会いながら、試行錯誤を繰り返してきた。
アルバムは、塩谷哲が淡々と奏でるピアノに田中義人のヴォイスが重層的に絡む「Re Start (Intro)」に始まり、ヒットメーカーでもあるスガシカオが田中義人の歌詞を歌う「Dance Dance」で結ばれる。全12曲、一曲ごとに強い個性を持つミュージシャンやクリエイターを迎え、全く違う表情を見せながら一貫的な流れと安定した空気感と立体感を保ち、ストーリーを紡いでいく。公式PVとしては「Love Enough」with 阿部芙蓉美(vo)をYouTube にアップしている。 阿部は大友良英(g)による映画音楽「その街のこども」のテーマ曲で私に強い印象を残していたが、最近では阿部自身のアルバムやライブでも田中義人が活躍している。また美しいバラード「If I was a Rock Star」の音の作り方にも注目したい。 ジャズ・ウェブマガジンとして注目しておきたいのは「Skinny Dipper」。『グイードの手』にも収められ、バンド「C.C. King」でもよく演奏されるライブ向きの1曲。田中義人によれば、ジャズの名作をサンプリングして生み出された、ヒップホップの名曲はたくさんあるが、逆転の発想で、ヒップホップのサウンド感、リフ感、ビート感を脳内サンプリングしてジャズ感に溢れる曲として構築したそうだ。
一方、ギターサウンドはというとストラトキャスタータイプとギブソンES-335を多用し、よりアコースティックな音からエフェクター使いまで絶妙な音作りをしているが、その浮かび上がってくるギターのトーンとフレーズは、曲のスタイルによらず、どこまでも暖かく優しくリスナーを包み、ジャズとブルースのフィーリングにあふれている。田中はジャズギタリストと呼ばれても嬉しくないと思うが、限られたシンプルな音数の中でコードの流れをニュアンスを込めて表現しようとすると(実は前述のマイケル・ブレッカーにも通じることだが)、よりジャズ・ブルースらしく聴こえてしまうのかも知れない。
『THE 12-YEAR EXPERIMENT』は、音作りにより重きがあり、必ずしもインプロヴィゼーション・ミュージックという方向性ではないために本CD評に取り上げることに疑問を感じる向きもあるかもしれないが、Robert Glasper Experiment「Black Radio」に通ずる様な進化系のJazzの解釈と同じ匂いを感じさせる田中の確かな耳と感性、それを持ったクリエーターとしての資質は、ジャンルという概念を無効にしてしまうだけの広がりをもちながら、将来に向けて多大な影響を残し、すばらしい音を生み出し続けると思う。一区切りをつけた今こそ、田中義人のこれからに目が放せない。
なお、発売元のタワーレコードの店頭では、J-PopコーナーのYoshitoの場所にあり、見つけるのがたいへんだった。また特にプロモーションもしていないのに、発売初日に多くの店で完売になってしまった。ジャンルという概念で括れない活動をしながら、いかに幅広いファン層の心を掴んできたのかを知るエピソードである。
(神野秀雄 Hideo Kanno)
追悼特集
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#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子
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オスロに学ぶ
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#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義
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