# 983
『藤井郷子 Satoko Fujii New Trio/Spring Storm』
text by 悠 雅彦
目をみはる藤井郷子のピアニストとしての新鮮な熟成ぶり
冒頭の「スプリング・ストーム」の序章ともいうべきピアノのソロが始まってすぐ、藤井郷子のピアニストとしての新鮮な熟成ぶりに目をみはることになった。彼女がこの20年近い歳月の活動の中で吹き込んできたソロや、田村夏樹をはじめとするさまざまな演奏家とのデュエットの印象が強かったせいもあるが、"まど"や"ガトー・リブレ"などのユニット、あるいはオーケストラ活動に私自身も目を奪われていたことがあり、その結果もう何年も前に彼女がマーク・ドレッサー、ジム・ブラックの3者で演奏してつくった『Trace a River』や『Illusion Suite』などの隠れた秀演が記憶の底に沈みつつあったことには、さすがにちょっとばかり愕然とした。しかしそのトリオ作品と較べても、この1作は3者の演奏展開における神経こまやかな音づくりといい、スムースな交感が生む詩的な行間の美といい、多くの点でそれらをむしろ超えさえして注目を払うべきトリオ演奏と聴いた。
この評を書いている4月10日の時点で、藤井郷子は確かベルリン界隈に滞在しているはず。ジャケットに日本語がどこにも見当たらないため、この1作はてっきりドイツから送ってきたものだろうと早合点した。実際は3月に東京で吹き込んだ1作で、吹込後まもなく田村=藤井夫妻はドイツへ旅立ったものと分かった。直前のメールには4月12日からの3日間、ハノーヴァー近くのビーレフェルドという町で催されるフェスティヴァルに参加するとあった。彼女はこの催しのキュレーターに指名されたのだ。日本より海外で彼女がかくも高い評価を得ているのは我がことのように嬉しくもある一方で、日本でなぜもっと正当な評価を得られないのかと思うと複雑な気分だ。そのことについては別の機会に譲ることにしよう。
タイトルには藤井郷子のニュー・トリオと謳っていることから判断して、帰国後は機会を得てこのトリオの活動にも着手するということだろう。
ベースのトッド・ニコルソンは過去に藤井郷子と吹込での共演歴はないと思うので、どんな経緯があって彼女とトリオを組むことになったのかは知らないし、私自身も彼の演奏を生で聴いたことがない。ただ、ヴァイオリンの太田恵資や箏の八木美知依と共演している仲なので、日本のミュージシャンとは気心が通じ合っているらしく、それはこの1作からも充分に分かる。あたかも手の内を知り抜いているかのような、どこにも違和感のない対応ぶりなのだ。
ドラマーの井谷亨志はこの1作で初めて聴いた。第一印象は感覚が柔らかいのと詩的なアプローチが打楽器演奏で可能なことを示したこと。この点ではすぐに故・富樫雅彦を思い浮かべた。藤井郷子が従来にない柔和なタッチや変化に富んだイマジネイティヴな奏法を展開している裏には、井谷の想像力豊かなパーカッション表現術の存在が大きいのではないかと思う。ニコルソンの演奏が瞑想的になったりポエジーを生んでいることにも井谷のプレイによる刺激が影響しているように見える。公式ホームページを開くと、パーカーと演奏するマックス・ローチを聴いてドラム演奏を志望し、やがて民族音楽を通してさまざまなパーカッションを知ったことで既存のカテゴリーや表現にとらわれない独特の方向性を見出した、とある。それは谷川俊太郎や吉増剛造や遠藤ミチロウといった共演の顔ぶれからも分かる。ごく最近に発表した初のソロCDを聴いてみたいものだ。
M1「スプリング・ストーム」(春の嵐)に始まり、M2「コンヴェクション」(対流)、M3「ふき」(吹き、または噴きか)、M4「ワールウィンド」(つむじ風)M5「前触れ」、M6「トレンブル」(大地の震動)という曲名(すべて藤井郷子のオリジナル)と、変化に富んでダイナミック・レンジも決して狭くはないここでの演奏は、3者の柔らかな感性による交感と詩的な表現性によって時に絵画的であったり、ときには舞踏や演劇風であったりと示唆に富み、奥が深い。かくもイマジネイティヴで絵のような大自然の動きを表現したトータル・フリー・インプロヴィゼーションは久し振りに聴いた。いつになくテーマも演奏の構造も鮮明にアピールする。いつもの多様なフォームや自由なパーソナリティ以上に、多彩で絵画的な表現性が耳を捉えてやまない。たとえば、つむじ風のように気まぐれな旋風を思わせる動きのテーマ(M1)、陽炎が揺らめくような動きのパーカッション(M5)、大地の揺れの到来を予感させるピアノのシングル・ノートとベースの弦を弾く音、そしてシンバルの音。また、M3での藤井のアグレッシヴかつダイナミックなソロや、M5でのニコルソンの練逹のアルコ奏法、臨機応変に風景や自然の変化を詩的な感性で描き出す井谷のパーカッション術など、トリオの個々のプレイにも味わい深い聴きどころが少なくなかった。
ちなみに、このトリオは4月の半ばごろにヨーロッパで演奏するという。藤井は彼の地で2人と合流するのだろう。帰国後のトリオの演奏が今から楽しみでならない。〔悠 雅彦/2013年4月10日記)
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