# 988
『Alex Cline/For People in Sorrow』
Cryptogramophone CG146(CD+DVD) |
Alex Cline(ds)
Oliver Lake(sax/fl)
Vinny Golia(woodwinds)
Dan Clucas(cornet/fl)
Zeena Parkins(harp)
Maggie Parkins(cello)
Jeff Gauthier(electric violin)
G.E. Stinson(electric guitar/electronics)
Mark Dresser(bass)
Myra Melford(piano/harmonium)
Dwight Trible(voice)
Sister Dang Nghiem(chant/bell)
Larry Ward(opening poem)
Will Salmon(conductor)
A Wild Thing
People in Sorrow
Audio & video recorded live at the Angel City Jazz Festival,
REDCAT, Los Angels, CA, October 2, 2011
Producer:Alex Cline
Executive produver:Jeff Gauthier & Nels Cline
今月号のインタヴューで取り上げたLAのドラマー、アレックス・クラインの新作である。(このインタヴューにおけるアレックス・クラインの回答がじつに丁寧で、彼の人となり、また、音楽に対する考え方や取り組み方が手に取るようにわかる)。
アート・アンサンブル・オブ・シカゴ(AEC)の『苦悩の人々』は1969年パリで制作されたもので、僕らの年代の者にとってはAECが音楽を担当したブリジット・フォンテーヌの『ラジオのように』(1972)とともに忘れ得ないアルバムとなっている。AECは、シカゴ市の肝入りで黒人対策のために組織された自治組織AACM(Association for the Advancement of Creative Musicians:創造的音楽家の進歩のための協会)がヨーロッパに送り込んだ尖兵(精鋭部隊)で、『
苦悩の人々』が制作された頃はロスコー・ミッチェルreeds、ジョゼフ・ジャーマンreeds、レスター.ボウイーtp、マラカイ・フェイヴァースbによるドン・モイエdsを除くドレムレスのカルテットだった(2013年現在、レスターとマラカイがすでに他界)。ドラムレスといっても彼らは皆マルチ・インストゥルメンタリストなので、それぞれが打楽器を手にし必要に応じてリズムを叩き出していた。ところで、当時から疑問に思っているのは、原題のPeople in Sorrowは「苦悩の人々」よりも、in Sorrowを「悲しみの」や「悲嘆にくれた」と訳すべきではないかということ。曲調もその方が捉えやすくなるのでは、と思うのだが。
さて、アレックスは、高校生の頃に経験した『苦悩の人々』の感動を忘れられず、最近、ノイズの少ないCDを買って聴き直した、と述懐している。ドラマーがドラムレスのカルテットを聴く。アレックスがドラマーである前に音楽人であることを証明するエピソードである。CDを聴くにつけ、「この作品を素材に、自分なりのアイディアを投影し昇華したい」との欲求が強くなった、という。原曲は、心に残るがシンプルなテーマなので10人以上の編成になっても編曲の余地は十二分にあった。
アレックスのアイディアを聞かされたLAのジャズ・フェスのプロデューサーが手を差し伸べ、この大プロジェクトが実現したというから日本のジャズ・フェスとは大違いだ。日本ではNHKが主催するジャズ・フェスでも集客優先、放送優先である。高校時代(悲惨な毎日だったという)に感動した音楽を成人になって自ら大編成用に編曲、大フェスにかける。しかも記録はCD とDVDで後世に遺される。これぞ極上の男のロマンではないか!
アレックスのヴァージョンは60分を超す大作である。前半はさまざまな音が出入りするがあくまでストイックである。中盤でいきなり爆発する。堰を切ったように音が溢れ出す。満を持してオリバー・レイクが吠える。ビニー・ゴリアが追い、マーク・ドレッサーが唸りを上げる。一時的にまったくのカオス、コレクティヴ・インプロヴィゼーションの極地。そのなかにあってもやはり名うての遣い手の存在感が一頭地を抜いているのを確認する。どんな場面でも通奏低音のように地を這うメロディがあのテーマである。エレキギターが主役の場面とヴェトナムの尼僧のチャント(変幻自在の水の諸相を哲学的に捉えた詩を詠唱している)にやや違和感を抱かざるを得ないのだが、アレックスには意味のあることなのだろう。
かつてAACMに一時期草鞋(わらじ)を脱いだ豊住芳三郎dsが帰国後の1974年、宇梶昌二bs、原 寮 (p*現在、ミステリー作家)、藤川義明asを誘ってシカゴにエールを送ったが(『サブ=メッセージ・トゥ・シカゴ』TRIO/Nadja)、このアルバムにマラカイの曲と並んで<苦悩の人々>が収録されていた(http://homepage3.nifty.com/musicircus/main/70free_1.htm)。これはいかにも当時の日本の"前衛ジャズ"を彷彿させる愛聴すべき内容だが、40年を経てアレックス・クラインという白人ドラマーが制作したトリビュート作はトリビュートという枠を超え、クラインの世界観、宇宙観を披瀝する内容になっている、といっても過言ではないだろう。精緻に書き込んだ部分とミュージシャンの裁量に任せたいわゆるインプロヴィゼーションがモザイクのようになった音楽による曼荼羅絵巻といえばよいだろうか。アレックス自身は、この音楽を世界中の苦しみの中にある人たち、悲嘆に暮れる人たちに捧げたいと述べている。
そしてこの音楽が苦しみや悲しみから解放され、平和や癒し、幸せを見出す手助けになれば、と願っている。当夜は、作曲者のロスコー・ミッチェル自身も出演を兼ねフェスの会場にいて耳を傾けたそうで、テキストの中で賛辞を贈っている。世代から世代へ引継がれるべきものがある。これはその素晴らしい成功例である。
CDとDVDを合わせて購える。ひとつ大枚をはたいて ($18!) 男のロマンに加担してみてはどうだろう。(稲岡邦弥)
*INTERVIEW
http://www.jazztokyo.com/interview/interview114.html
*Cruptogramophone Records:
http://cryptogramophone.com/
追悼特集
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#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣
:
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
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#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
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