#  092

須藤伸義/Nobu Stowe  pianist/composer/journalist(後編)

Interview “Nobu Stowe:Beyond Free” by Glenn Astarita
originally published by All About Jazz, August 25, 2010
http://www.allaboutjazz.com/php/article.php?id=37259
Translated by Kenny Inaoka for Jazz Tokyo
Photo by Agostino Mela,Eisuke Koya,Katsuhiko Suto and
from Stowe’s private collection

♪ 「トータル・インプロヴィゼーション」をライヴで演奏

AAJ:ピアノを弾き始めたのは何才の時からでしたか。
須藤:3才の時にクラシック・ピアノのレッスンを受け始めました。正直なところ、当時はピアノを弾くこと、正確にはピアノを練習することが好きではありませんでしたが、結局、高校時代までプライベートな先生に付いて何とかレッスンを続けていました。

AAJ:十代の頃から2006年のデビュー・レコーディングに至るまでのあなたの音楽性の進歩について語ってもらえますか。
須藤:ビートルズに影響を受けたバンドに続いて、15才のときに「ペイル・ゴースト」というプログレ・ロックのバンドを結成しました。このバンドは、金井 隆(ギター、ベース)と大手方如(ドラムス)、そして僕(キーボード、ヴォーカル、ギター)からなるトリオ編成でした。僕のオリジナル楽曲を演奏していたのですが、それは個々のソロよりもグループ・アンサンブルを重視したクラシック音楽(とくに、バロック時代の)に強い影響を受けたイタリアのシンフォニック・ロックのスタイルに近いものでした。ライヴ演奏もしましたが、このバンドはスタジオ・プロジェクトに近いものでした。大学時代を通じてこのトリオで演奏を続け、米国へ移住したあとも活動は続いていました。何曲かデモ録音も済ませ、いくつか契約のオファーもきましたしかし、愚かにも僕はこのオファーに興味を示さなかったのです。というのは僕はメジャー・レーベルとの契約を夢想していた、というか予想していたのです。ちなみに、大手は優秀なイラストレータで僕のSoul NoteとKonnexのアルバム・カバーはすべて彼の手になるものです。

大学を卒業した頃から、僕の音楽の方向性はロックからジャズにシフトしていきます。僕は正式な教育を通じてジャズを学んだことはなく、ジャズのイディオムはいろいろなアルバムを聴き(僕は、熱心なLP/CDコレクターなんです)、自己流で練習して獲得したのです。最初にとりかかったのはフュージョンで、数年間、フュージョンを演奏したり、作曲したりしていました。そんな時、ヴィティス・ニヴィンスカスに出会ったのです。彼はデポール大学でジャズを学ぶためにリトアニアからシカゴに来ていた素晴らしいベーシストでした。ヴィティスは現在はリトアニアに戻ってヴィルニュス音楽院でジャズを教えています。ヴィティスを交えて僕の最初の“リアル”ジャズ・ユニット「アウトサイド・イン」(Outside In)を結成したのです。ヴィティスと僕のオリジナルにスタンダードを交えて演奏していました。アルバムを制作するまでには至りませんでしたが、ヴィティスとの接触は続いており、近い将来彼とまた演奏し、レコーディングも計画しています。

一方、シカゴではすることを初めていました。通常はドラマーとのデユオで、完全な即興音楽のコンサートを数回行いました。このコンサートでの音楽的成功により、「トータル・インプロヴィゼーション」を追求したいという僕の方向性に自信を得ることができました。実を言うと、ピアノ+ドラムスのデュオは、「トータル・インプロヴィゼーション」の僕の好きなフォーマットなのです。僕は生涯のキャリアを通じてさまざまなドラマーといろいろな「トータル・インプロヴィゼーション」のアルバムを制作したいと願っているのです。

シカゴ大学で心理学の博士号を取得してから、現住のボルチモアに移住しました。ボルチモアで、ダブルベースのタイラー・グッドウィン、ドラムスのアラン・マンシャワーと組んで「トリオ・リコシェ」(Trio Ricochet)を結成しました。「トリオ・リコシェ」では僕のオリジナル曲を中心に演奏しますが、スタンダードも交えています。このトリオではNYのブルーノート、ニッティング・ファクトリー、ワシントンDCのスミソニアン博物館他で演奏しました。
いくつかの契約の話もありましたが、僕自身の問題でまだ正式なアルバム・リリースがありません。つまり、「トリオ・リコシェ」や「アウトサイド・イン」のような楽曲ベースのピアノ・トリオをメインのプロジェクトと考えているにもかかわらず、このフォーマットではしばらく演奏する機会が持てないのです。そろそろ楽曲ベースのピアノ・トリオを復活させて、できれば2011年には正式にアルバム・リリースに踏み切りたいと願っています。


♪ Konnexから2枚のCDを初めてリリースする

AAJ:音楽を追究することについて家族の応援はありますか?
須藤:ええ。両親は以前も今も僕の音楽を支持してくれています。しかし、かつて僕が夢見たように、「ロック・スターになりたいんだ」と言ったら反対されたでしょうね。




AAJ:Konnexレーベルからリリースした最初のリーダー/コ・リーダー・アルバムの『ブルックリン・モーメンツ』(2006)と『ニューヨーク・モーメンツ』(2007)についていきさつを話してもらえますか。
須藤:ボルチモアに移ってから、いろいろなインプロヴァイザーと共演を始めました。僕はそもそもメロディとトナリティのある演奏に興味と資質があるメインストリーム系のプレイヤーなのですが、音楽の可能性をアヴァンギャルドとフリーの方向にも拡大したいと試みてきたのです。そして、メインストリームとフリーの要素を融合させようとの初期の試みをドキュメントしたのがこの2枚のアルバムなのです。ブレイズ・シウラと初めて出会ったのは、C.O.M.A.シリーズでヴィティス・ニヴィンスカスとデュオ・セットを演奏したときでした。C.O.M.A.は、ブレイズが週単位で主催しているNYのインプロヴィゼーション・シリーズです(現在も続いていますが)。そのとき、ブレイズがドラムスのレイ・セイジを加えることを提案してくれたのです。それから1ヶ月後に、C.O.M.A.において、このトリオで完全な即興演奏をしたところ、全員が満足する内容になったので、スタジオ録音することを決めたのです。

僕らは、最初のセッションをトリオで、セカンド・セッションをギターのドン・ミナシという強力なヴァーチュオーソをフィーチャーしたカルテットでそれぞれ録音しました。そして、トリオで録音した演奏を『ブルックリン・モーメンツ』、カルテットでの録音を『ニューヨーク・モーメンツ』としてリリースしたのです。演奏にラフな部分があるのは事実ですが、全体としてはとても満足しています。どちらの編成の場合も、アトーナルな攻撃性、エネルギーにあふれたフリーなスピリットに満ちたモーダルな演奏からやさしいバラードまで、決して構造を伴った緊張感に支えられた開放感に満ちた音楽的包容性を失うことなく、幅広い音楽ジャンルをカバーしていると思います。これらのセッションが成功したことにより、前衛的なエネルギーと、メロディとトーナルな演奏に対する僕の本来の志向を融合させることに大きな可能性を見た思いがしたのです。

レオ・フェイジンが僕の『ニューヨーク・モーメンツ』に高い評価を与えたことは先に触れた通りです。彼は、僕の『ニューヨーク・モーメンツ』をソ連の伝説的なバンド「ザ・ガネリン・トリオ」に比肩させています。レオは彼らのアルバムの中から『Catalogue:Live in East Germnay』(Leo,1979)を僕に送ってきてくれました。もちろん、嬉しかったのですが、参加メンバーの中で、「ザ・ガネリン・トリオ」のことをそれなりに知っていたのは正直なところ僕だけでした。僕は、ヴィティスがリード奏者のウラジミール・チェカシンの弟子だったこともあって、このソヴィエトのトリオには通じていたのです。


♪ イタリアの老舗レーベルSoul Noteと契約

AAJ:ドイツのKonnexレーベルから2作リリースした後、イタリアの老舗レーベルSoul Noteと契約しましたね。最初のリリースが室内楽風の『Hommage an Klaus Kinski』 (『クラウス・キンスキーへのオマージュ』、2007)でしたね。タイトル・クレジットは、「Nobu Stowe-Lee Pembleton Project」となっていましたが、このプロジェクトの詳細について教えて下さい。

須藤:シカゴに移住してからリー・ペンブルトンに出会いました。リーは、ノイズ・ミュージック系とミュージック・コンクレート出身のいわゆる“サウンド・スカルプター”といわれる音楽家です。リーはカリフォルニアに移る前に僕のフュージョン・プロジェクトに参加してくれたのですが、その後も連絡を取り合い、いつも一緒に何かをやりたいと思っている仲なんです。『ブルックリン・モーメンツ』と『ニューヨーク・モーメンツ』を完成してからは、純粋な即興演奏への内省的なアプローチをさらに追求したいと念願しました。この点についての僕のインスピレーションの源泉は、ジミー・ジュフリーとリー・コニッツ、ポール・ブレイによる「室内楽的フリー音楽」にあります。リーが提供する音響キャンバスに室内楽的フリーの手法で「トータル・インプロヴィゼーション」が実現できれば素晴らしいだろうなと思いました。

その結果、このアイディアに基づいてレコーディング・セッションを持つことに決めました。ジュフリーらを源泉とする室内楽的フリーの直系であるペリー・ロビンソンとどうしても共演したかったのですが、幸いなことに僕の申し出を快諾してくれました。このセッションに加わったのは他に、ブレイズ・シウラ、ジョン・マクレラン、ロス・ボナドンナでした。ブレイズはもともと情熱的なブロウで知られている人ですが、じつはサトルな演奏も巧みなんです。ブレイズやマット・マネリらとの仕事が多いジョンは、スペースと静寂を生かせる名人級のドラマーです。僕はロスを、人材の多いニューヨークの前衛シーンの中でも隠れた逸材と個人的に見込んでいるのです。ロスとはブルックリンのウォンバット(オースタラリアのカンガルー目ウォンバット科の動物に由来)という彼のスタジオで出会いました。ロスは優れたエンジニアであるだけでなく、ギターや各種の管楽器、とりわけバスクラとアルトにも秀でているのです。彼はジャンルを横断して音楽の基本にじつに理解が深く、縛りに捕われずに自由になれると同時に自発的でもあるのです。

AAJ:ドイツの男優クラウス・キンスキーに献呈した理由は?
須藤:リー、ロス、僕の3人で完全即興したトラック<Hommage an Klaus Kinski>をそのままアルバム・タイトルにしたのです。この曲名はじつは録音が終わってから、この即興演奏が1982年のキンスキーをフィーチャーした傑作映画『フィッツカラルド』(監督:ヴェルナー・ヘルツォーク/音楽:フロリアン・フリッケ/演奏:ポポル・ヴー)のあるシーンを強烈に思い出させることからたまたま名付けたものなのです。ですから、最初から意図的に特定の曲やアルバムをキンスキーに献呈しようと考えていたのではないのです。僕が、高校時代からヘルツォークとキンスキーの映画とポポル・ヴーの新鮮で瞑想的な音楽の大ファンであったことは事実ですが。


AAJ:あなたとペリー・ロビンソンは、2007年にICTUSレーベルからリリースされたアンドレア・チェンタッツォのアルバム『The Soul in The Mist』に参加していますね。この録音のいきさつは?
須藤:僕が初めてアンドレア・チェンタッツオの音楽に触れたのは、彼とおそらく世界でもっともメロディックなパーカッション奏者であるスイスの名手ピエール・ファーヴルとのデュオ・アルバムでした。次に聴いたのがスティーヴ・レイシーとのデュオ・アルバム『Clangs』(RDC,2000)でした。ICTUSレコードはアンドレア自身が創設・運営しているレーベルですが、再出発したICTUSのホームページを見てアンドレアにメールを出すことに決めたのです。
『Hommage an Klaus Kinski』のレコーディングが終わった後でした。アンドレアは僕とペリーの演奏を気に入り、彼を入れたトリオを組む提案をしてきました。3人で東海岸を巡る短いツアーを敢行し、アンドレアがそれを録音、制作、リリースしたのです。自分のピアノ・プレイについて「今ひとつ」とかんじているのですが、不当に過小評価されているペリーの才能と、デレク・ベイリーやジョン・ゾーン、エヴァン・パーカーなどとの完全即興演奏で知られているアンドレアの作曲能力を楽しむには最適のアルバムであると僕は信じています。


♪ 『An die Musik』で純粋即興音楽を純粋に具現化

AAJ:それから、ドラムのアラン・マンシャワーとタブラのバダル・ロイのデュオとトリオによる即興演奏を収めた『An die Musik』(Soul Note, 2008)をリリースしました。このアルバムはあなたの他の作品とスタイルの点で方法論的に決定的な違いがあります。完全な即興演奏ですが、美しいメロディと明確なトナリティの意識がみられます。これこそキース・ジャレットのソロ・ピアノ・インプロヴィゼーションに対するあなたのもっとも直裁的な回答だろうと思うのですが、ここには同時にオレゴンやパット・メセニーの音楽を想起させるワールド・ミュージックの影響もみられるのです。このアルバムの完成までには何があったのですか。
須藤:僕の公表されたアルバムのなかで、このアルバムこそ純粋即興音楽に対する歌を起因とする僕のアプローチをもっとも純粋に具現化したものであると信じて疑いません。2006年のことですが、伝説的なイタリア人プロデューサーであるジョバンニ・ボナンドリーニからメールが届いて狂気しました。それまでに僕は、2005年1月にワシントンDCで録音したアランとのデュオによる完全な即興演奏などいくつかのテープを彼に送っていたのです。メールによるとジョヴァンニはこの演奏に強烈な印象を受け、Soul Noteレーベルでリリースしたいとのことでしたが、残念なことに音質が公開に耐えられるものではなかったのです。ジョヴァンニは同じ素材をあらためて録音し直してくれと言ってきました。
完全な即興演奏ですからDCでの演奏を再現することはもちろん不可能なのですが、ボルチモアのクラブ「An die Musik」(アン・ディー・ムジーク)で2夜にわたってライヴ・レコーディングを行う計画を立てたのです。一夜は、アランと僕のデュオにタブラの名手バダル・ロイを加えたのです。マイルス・ディヴィスやジョン・マクラフリン、ペリー・ロビンソンとの演奏を通じてバダルの演奏には馴染みがありました。
バダルのタブラが生み出す深いグルーヴはアランのドラムの繊細なタッチとうまくマッチすると考えたのです。バダルが申し出を受け入れてくれた時は興奮を覚えたものです。アランと僕がバダルと手合わせするのはその夜がまったく初めてだったのですが、僕らはすぐに共感してインタープレイを交わすことができたのです。


♪ 音楽の諸要素を多面的に反映させた『Confusion Bleue』

AAJ:新作の『Confusion Bleue』(Soul Note, 2010)がリリースされましたね。このアルバムではまた新しい志向を追求しています。このアルバムでの即興演奏では、あなたの音楽の刻印ともいうべき美しいメロディ、構造上の統一性、万華鏡的変化を聴くことができますが、同時に、例をみないほどのフリーの要素と強力なエネルギーの集中の一体化も見られます。基本的なアイディアはどういうものだったのですか。
須藤:『Hommage an Klaus Kinski 』で試みた内省的な室内楽的フリーと『An die Musik』の強いメロディ性のあとで、もっとあからさまに “アヴァンギャルド”に傾斜したエネルギーの充満した音楽を録音したくなったのです。ですから、このレコーディングに参加したメンバーを選択するときはこの基本アイディアを反映させたのです。リー・ペンブルトンのミュージック・コンクレートからの影響は『Hommage』アルバムに反映しましたので、今度は彼のノイズ系ミュージシャンとしてのバックグラウンドにスポットライトを当てたかったのです。
そして、ロス・ボナドンナの多様性、とくに素晴らしいギター演奏に期待したのですが、見事にこのアルバムに反映されました。レイ・セイジのリズムの驀進力はフリー・ドラミングでは比肩のないほどで、爆発力はかの偉大な名手たち、エルヴィン・ジョーンズ、ラシッド・アリ、アンドリュー・シリルにもひけをとらないというのが僕の意見です。僕自身のハーモニーの選択を自由にさせておくために完全な即興演奏ではベースレスのセッティングが好きなのですが、この録音ではダブルベースのタイラー・グッドウィンに参加してもらうことにしました。彼の鋭敏な耳とハーモニーに対する敏速な反応に期待したからです。
このレコーディングの焦点はエネルギーにあったのですが、フリー・ミュージックという全体的なフレームワークの中で、メロディ、トナリティのアイディア、構造上の統一性などできる限り多くの音楽上の要素や内容を融合させたかったのです。つまり、音楽のなかに多くの色彩感を反映させたかったと言えます。僕がアコースティック・ピアノだけでなく、ウーリッツァーやグロッケンシュピールでも即興演奏をしたのは同じ理由によるものです。結果には充分満足していますが、多くの批評家がこのアルバムを高く評価してくれたことを大変嬉しく思っております。

AAJ:フリー・ミュージックの要素がかなり含まれているにもかかわらず、あなたの純粋即興音楽は印象に残るメロディック・モチーフ、多用される和声進行、かなり規則的なリズムの変化をみせるため、あたかも予め作曲された素材に基づいた演奏のように聞こえます。この演奏を実現させるために何か準備はしたのですか。
須藤:まず、僕の純粋即興音楽はメロディック・モチーフを含め、何ら予め作曲された素材に基づいたものではないことを再確認したいと思います。僕に何か音楽上の特別の才能があるとすれば、それは美しいメロディを創造する力だと思います。僕が即興で生み出す、あるいは自然発生的に創りだすメロディック・モチーフは多くの場合とても印象が残る旋律であると言えます。なかには、こうして生み出されたメロディを作曲した素材として再活用すべきだと提案する意見もありました。事実、僕の作曲作品の多くは自然発生的に作曲されたものですが、それが完全に即興による演奏であると認めた場合には、何ら予め作曲された素材、もしくは“スケッチ”すら使用していないことを宣言します。僕以外のメンバーにも同じことが言えると思いたいですね。

ソロではなく、グループ・インプロヴィゼーションに関しては、無秩序なカオスを避けるために即興の大まかな方向性を決めるためのある程度の準備はします。この無秩序のカオスは秩序のあるカオスとは反対にあるもので、音楽的なカオスを意味しており、焦点と、エネルギー、緊張度を確認するものです。意図された音楽上のセッティング、これは設計図といっても良いのですが、のために即興をする奏者を決めることはその準備のひとつと言えると思います。集団即興などのグループ・ワークにおいては、それぞれの奏者のマッチングが非常に重要なものになります。マッチングのレヴェルが低い場合、即興の方向性が甘くなり、結果として、音楽の焦点とエネルギー、緊張度を欠いたものとなります。ですから、意図した音楽的な結果の設計図を用意すること、この設計図に沿った即興する奏者の選定は重要な作業になります。
小編成のグループ・インプロヴィゼーションの場合、個々の奏者が他の奏者に耳を傾けることができ、柔軟に対応できる能力を有している限り、これはあらゆる「トータル・インプロヴィゼーション」にとって重要な能力になりますが、音楽上の道筋は自動的にまた自発的に開けて行くものです。しかし、大編成のグループ・インプロヴィゼーションの場合には、それぞれの集団即興に先立って基本的な指示を与えることが多いと言えます。例えば、「次のインプロヴィゼーションは室内楽的フリーで行こう」とか「ギターとドラムスのデュオで始めよう」とか、という具合ですね。
これは、4人やそれ以上のインプロヴァイザーがいる大きな編成のグループによる集団即興は無秩序なカオスになり易いからです。しかし、例えば、「ファンクのヴァンプでEフラットのキーで始めよう」などの特定の音楽的指示を与えることは決してありません。

AAJ:前にも触れましたが、あなたの即興には完全な即興演奏ではまれな広範な音楽スタイルの横断がみられます。同時に、あなたは異なるセッティングでの異なるインプロヴァイザーとの個々の演奏であなた自身の決定的な音楽上のアイデンティテイを具現化させています。これはどのように実現しているのですか。
須藤:音楽的な焦点や一貫したまとまりを実現するチャンスを増やすために、これには集団即興における秩序あるカオスも含まれるのですが、リーダーと指揮者の役割を想定することが多いのです。この意味で、集団即興に対する僕のアプローチは基本的に民主的でもなければリベラルでもありません。これはある意味でピアノが非常に支配的な楽器である事にも拠ります。つまり、ピアノは本質的に音楽の3つの(伝統的)基本要素であるメロディ、ハーモニー、リズムをそれ自身で充分カバーできるソロ楽器であるからです。
しかし、繰り返しになりますが、ポイントは如何なるフレームワークでも音楽上の自由を保証するのは、自発性にあるのです。自発性が備わっていてこそ、特定の方向性やフレームワークの中で、個々のインプロヴァイザーは自由に音楽を想像出来るようになるのです。また、僕は、リーダーシップを取るにあたって柔軟性を持たせるようにしています。つまり、他のメンバーの演奏中のアイディアに対してオープンであるということです。ですから、僕の集団即興は民主的なものではありませんが、結果としてはメンバー全員の総意の産物ということがいえるのです。

AAJ:構造と即興の間のどこで線を引きますか。つまり、あなたの音楽の場合、広大無辺な広がりといくつかの具体的なテーマ設定のモチーフの間に異種の音楽の教会を越えた展開が往々にしてみられるものですから。
須藤:すべての要素を包含するというアプローチはほとんどの場合、選択を意識的に行なっているのですが、伝統的な部分(構造/メロディ/トーナル・ハーモニー)と非伝統的な部分(サウンド探求/フリー・リズム/アトーナリティ)の間の線引きのプロセスはむしろ無意識的に行われるのです。線引き作業はインタープレイの産物であり、それぞれのセッティングにおける共演者の音楽上の特質に左右されるのです。構造化されたテーマ的モチーフとフリーなサウンド探求を融合させる際生じる緊張感は意図的に求めているものですが、双方の間のバランスは自発的に決まるようにしているのです。

♪ キース・ジャレットが最大のインスピレーションの源泉

AAJ:あなたの即興は、美しいメロディとトーナル・ハーモニーに特徴があり、この点でリスナーによってはキース・ジャレットとの連想を思い浮かべるのですが、あなた自身はどう思いますか。
須藤:僕にとってキース・ジャレットが最大のインスピレーションの源泉であることは素直に認めます。とくに、僕のジャズと即興をベースにした作品に関してはそういえます。僕自身の音楽を説明するにあたって僕がリスト・アップしたキー・ワードはそのままキースの音楽を特徴付けるものでもあるのです。しかし、僕がキースに出会う前に、すでに「トータル・インプロヴィゼーション」の手法を実践していたことも事実なのです。小学校の頃に僕の「トータル・インプロヴィゼーション」を録音した当時のカセット・テープも残っています。もちろん、当時は、このコンセプトを自覚していたわけでもなければ、意識的に即興演奏をしていたわけでもなく、むしろ、自然発生的に即興演奏をしていただけなのです。事実、僕のかなりの数のオリジナル作品が自然発生的に生まれたものであることはすでに述べた通りです。つまり、メロディ、基本的なハーモニー構造、そしてリズムの動機のような作曲の全体的な要素は、僕の場合、すでに作曲されたものであるかのように、自然発生的に流れ出てくるのです。
美しいメロディが、キースと僕の音楽に共通する何より顕著な要素といえますが、僕のメロディとハーモニーに関する感覚はキースのそれとは決定的に異なるものであると思います。僕はキースのようにヴァーチュオーソではありませんが、務めてキースの物真似にならないようにしていますし、僕は僕なりにオリジナルなものがあると思います。
そうは言うものの、キースと僕以外に、純粋即興音楽に対してメロディ重視のアプローチを実践しているミュージシャンを他に、知りません。思い浮かぶのは、ステファノ・バッタリアとリッチー・バイラークの二人です。とくに、バッタリアとバイラークが、打楽器奏者と組んだデュオ・アルバム、バッタリアはピエール・ファーブルとのアルバム『オーメン』(Splasc(H), 2007)、バイラークは富樫雅彦との『タイダル・ウェーヴ=津波』(3D, 2004) です。ところで、僕は富樫が日本人最高のインプロヴァイザーと考えているのです。


♪ ジャズ・スタンダードの解釈を通じた自発的なインタープレイ

AAJ:あなたの純粋即興アルバムの中には、予め作曲された素材に基づく演奏が1曲ずつ収録されています。例えば、アルバム『Confusion Bleue』の中の<ブルー・イン・グリーン>で、説得力のある特異な演奏を聴くことができます。これにはどういういきさつがあるのですか。
須藤:即興を創造する過程は作曲された作品を演奏する場合と変わりはありません。自発性は、演奏が純粋即興であろうとなかろうと、常に唯一無二のもっとも重要な要素であるというのが僕の考えです。つまり、ある人の演奏は、ミュージシャンとしてのその人独自の限界、履歴、楽器の種類、共演するミュージシャン、演奏する時と場所などなどさまざまな要素の成約を受けざるを得ないのです。
これらの要素は、インプロヴィゼーションが、予め用意された作曲に基づくモノ、純粋な即興によるモノ、の何れの場合にも共通してみられるものです。言い換えれば、作曲ベースであろうとなかろうと、即興は音楽上の自由を獲得するための自動的なチケットではないのです。しかし、多くのインプロヴァイザーはこの事実に目をつむるか無視していると思います。確かな事は、ミュージシャンが自発的に成り得れば、音楽ジャンルやフレームワークには関係なく音楽上の自由を手に入れることができる、ということにあります。だから、ジャズ・スタンダードなどの作品を基に即興演奏することも、自発性と自由を獲得するための優れた練習法になるのです。
以上の理由により、アルバム『Confusion Bleue』の中のトラック<ブルー・イン・グリーン>の演奏をじつに誇らしく思うのです。つまり、この演奏で僕は初めてスタンダードの解釈、言い換えればメロディと全体的な構造を考慮しながら自発的なインタープレイを成し遂げる事をレコーディング・セッションでやり遂げたのです。最近、スペインの雑誌『Toma Jazz』でこの演奏がジャズ・スタンダードのTop 10に選出されたことを嬉しく思っています。


<Pochi>という僕のオリジナル作品がアルバム『An die Musik』に収録されていますが、この曲は“ポチ”という僕の飼い猫に捧げたものです。僕はこの猫をバークレーに住んでいた頃の古いアパートの前で見付け、シカゴを経て、ボルチモアまで連れてきたのです。僕は自分の作品の中でもこの曲を気に入っており、ポチが死ぬ前にこの曲を正式にリリースできたことを幸せに思っています。ポチは、2008年9月2日、17才で癌のために亡くなりましたが、アルバム『An die Musik』のリリース3ヶ月後のことでした。この曲はそもそも伝説的なプロデューサー、ジョヴァンニ・ボナンドリーニが高く評価していた僕のピアノ・トリオのために書いたものです。『An die Musik』に収録した演奏は簡略化したヴァージョンです。近々、この演奏を完全な形でリリースしたいと願っています。
彼の1周忌に、正確には2009年9月1日ですが、サルディーニア(イタリア)で開催されたサンターナ・アレッシ・ジャズ・フェスチバルで希有なマルチ・リード奏者のアキレ・スッチとデュオで<ポチ>を演奏しました。アキレの本性はリリカルでメロディックなプレイヤーですが、進歩的でフリーなマインドを持っており、この両面を持っている例はまれで、羨ましくもあるのです。僕がそもそもアキレにコンタクトを取ったのは数年前のこと、AllAboutJazzの批評家バッド・コップマンの進言によるものでした。アキレは未だアメリカでは知名度が低いのですが、正直なところ、僕は、彼の多面的な才能はもっと広く認められて然るべきだと思います。


♪ ジャーナリストとしてJazz Tokyo、『ECM Catalog』に寄稿

AAJ:音楽と心理学探究の関係はあなたのライフ・スイタルにとって陰と陽のようなものですか。
須藤:そうではありません。なぜなら、音楽も科学も本質は創造性だからです。科学の基本は論理的引き算ですが、創造的な内観や直感が伴わないと、論理は「空虚な知性」に帰結してしまいます。つまり、理論に固執した音楽は、音楽上の直感的な要素であるメロディを伴わない空虚な産物をもたらすだけです。

AAJ:あなたは日本のジャズ・マガジン「Jazz Tokyo」のコントリビュータとしても活動してますが、「Jazz Tokyo」とジャズ・ジャーナリストとしてのあなたの守備範囲について教えて下さい。
須藤:「Jazz Tokyo」は日本でもっとも主要なオンラインのミュージック・マガジンで、“Jazz and Far Beyond”をモットーに創刊されたものです。とくに世界各国のインディー・レーベルをサポートすることを主眼としていますが、効率的な運営のために経済的な基盤があるわけではありません。
編集長の稲岡さんはジャズ・プロデューサーとしても知られ、70年代初期にオーディオ・メイカーのケンウッドによって創設された「トリオ・レコード」のハウス・プロデューサーとしていろいろな作品を残しています。他に、WhyNotやECMとも仕事をしてきています。彼が制作したり関わったアルバムにはアル・ヘイグ、エルヴィン・ジョーンズ、ドン・チェリー、アニタ・オデイ、ジャック・ディジョネット、富樫雅彦、菊地雅章などの作品があります。また、『日本空からの縦断』というビデオではキース・ジャレットを起用してサウンドトラックも制作しています。これはキースのピアノと息子のゲイブリエルのパーカッションによる完全な即興演奏です。
2007年に、編集長の稲岡さんから依頼されて、CDレヴューを書き始め、次いで、僕のアイドルたち、キース・ジャレットやミシェル・ルグラン、ゲイリー・ピーコック、ポール・ブレイ、ビル・フリゼール、マリリン・クリスペル、チコ・ハミルトンなどのインタヴューを担当しました。

AAJ:日本で刊行されたばかりの『ECM catalog』について教えてもらえますか。
須藤:これは世界でも類例のないECMの完全カタログです。編者はケンウッドでECMを担当していた稲岡さんです。光栄なことに僕も執筆者のひとりになっています。このカタログには1969年から2010年にわたって正式にECMと姉妹レーベルのJAPOからリリースされたすべての作品、EP、LP、CD、DVDとプロモーション盤が網羅されています。全作のアルバム・カバーがカラーで収録され、個々のアルバムについては日本語の紹介文が付いています。アルバム・タイトルや演奏者名、曲目、インデックスはすべて英語表記ですから日本語圏外の読者にも有用なものになっています。
カタログは、ECMの創立40周年を記念して2009年に刊行される予定でしたが、実際には2010年7月に東京キララ社が発行し、河出書房新社が発売しました。定価は日本円で4,000円ですから、ドルに換算すると45ドル見当になります。最近の情報では、ECM本社やECM USAを通じて日本国外で流通させる交渉が行われているということです(編集部註:昨秋よりECM本社の公式サイトを通じてユーロ圏に向けて通販が開始された。ユーロ圏以外の米国と太平洋圏は送料の関係で日本のサイト、ひとものこと=hito mono kotoが取り扱っている。


♪ 「トータル・インプロヴィゼーション・トリオ」に最大の関心

AAJ:今後の予定は?
須藤:すでに手持ちの音源が何作分かあります。1枚は、2009年の1月に、リー・ペンブルトン、アキレ・スッチ、アラン・マンシャワー、それにダニエル・バルビエロと録音した完全即興演奏です。ダニエルは、ワシントンDCのインプロ・シーンで大活躍中のベーシストです。
彼は、美しい音色と豊富な現代音楽の知識を持った感受性に富んだプレイヤーです。この演奏は僕の完全即興演奏に対するインサイド/アウトサイド・アプローチの中でももっとも成熟しバランスのとれた内容であると信じており、早々にリリースしたいと望んでいます。アルバム・タイトルは『L'Albero delle Meduse』といいますが、これはイタリア語で「くらげの木」を意味します。おかしな裏話が秘められたタイトルです。
もう1枚は、リー・ペンブルトンとロス・ボナドンナ、ジェイソン・ビヴィンズを交えた録音です。ジェイソンは、ノース・カロライナ州立大学の哲学と宗教学の准教授です。彼は、『Cadence』、『Paris Transatlantic』、『Dusted Magazine』などにもジャズについて寄稿しており、また、キース・ロウ、デレク・ベイリーの流れを汲む創意あふれるギタリストでもあります。そもそもこの録音は「ジャレット・ミーツ・AMM」的な何かを造り出すことにありました。通常、僕は完全即興の場合は、型通りのミキシング以外はポスト・プロダクションを受け入れるものではありません。しかし、この録音に関してはポスト・プロダクションを施すことに決めたのです。つまり、1927年のH.P.ラヴクラフトの小説『The Dream Quest of Unknown Kadath』の架空のサウンドトラックを作ろうというアイディアなのです。この音楽には、ラヴクラフトの小説にインスパイアされた大手方如イラストレーションが付く予定です。
今年(2010年)の2月、アキレ・スッチ、ダニエル・バルビエロ、それに僕の3人は、素晴らしいトランペット・プレイヤー、デイヴ・バルーをフィーチャーしたアンドレア・チェンタッツオのレコーディングに参加しました。僕らは、アンドレアのスコアを演奏したり、そこから即興を展開したりしたのです。現在、アンドレアがポスト・プロダクションに従事しており、まもなくリリースされることを願っております。

僕の現在の関心の的はアキレ・スッチとドラムの重鎮バリー・アルトシュルからなる「トータル・インプロヴィゼーション・トリオ」にあります。サルディニアで開催された「サンタアナ・アレッシ・ジャズ・フェスティバル2010」での演奏に続いて、アキレと僕はワーキング・ユニットを結成することに決め、そこにバリーが加わることに本当にぞくぞくしているのです。このトリオのキーワードは「ヴァーサティリティ=多様性」で、いわゆる完全即興音楽のフレームワークに縛られないワイド・レンジな音楽コンテクストをカバーしたいと念願しているのです。アキレとバリーのふたりは、陰影に富んだリリシズムと前衛的な攻撃性、それに明確なメロディと抽象的なサウンドの探求に優れたミュージシャンです。しかもグルーヴとフリーの強力なリズム感覚、さらにトナリティとアトーナリティに対する鋭敏な耳をも併せ持っているのです。そして何よりも、即興音楽であろうとなかろうとすべての音楽にとってもっとも重要な即時性に優れているのです。結論として、アキレとバリーは、完全即興とトータル・インプロヴィゼーションのすべてを包含する音楽を演奏するにあたって理想的なパートナーたちなのです。

Selected Discography
Nobu Stowe『Confusion Bleue』 (Soul Note, 2010)
Nobu Stowe『An Die Musik』 (Soul Note, 2008)
Nobu Stowe『Hommage An Klaus Kinski』(Soul Note, 2007)
Nobu Stowe『The Soul In The Mist』 (Ictus, 2007)
Nobu Stowe『New York Moments』 (Konnex, 2007)
Nobu Stowe『Brooklyn Moments』 (Konnex, 2006)

* 関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/interview/v64/v64.html
http://www.jazztokyo.com/newdisc/482/stowe.html
http://www.jazztokyo.com/interview/v75/v75.html
http://www.jazztokyo.com/guest/suto-label/vol1-1.html
http://www.jazztokyo.com/five/five693.html

JAZZ TOKYO
WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.