#  137

サローキ・アーギ
Szalóki Ági(歌手)

1978年ブタペスト生まれ。子供の頃から民謡に親しみ、トラッド・バンド「マカーム」や、ツィンバロム第一人者バログ・カールマーンと共演、人気バンド「ベシュ・オ・ドロム」のヴォーカリストなどを経て、ソロ歌手としてのキャリアを重ねる。2006年『ラメント』でベスト・ハンガリアン・ジャズ賞を受賞。独自のトラッド・ジャズが評価された。2008年にリリースしたハンガリーで40年代に活躍した女優・歌手であるカタリン・カラーディの曲を取り上げた『想い焦がれて〜カラーディ歌集〜』(Beans Records)で日本でも幅広く知られるようになる。トラッドの探求、子供のための音楽、ハンガリーの詩人たちの詩に曲をつけて歌うなど、多彩な活動をしている。最近作はクリスマス・キャロル集『天の喜び、地の祝福』(2012年 Beans Records)ハンガリーの詩人たちの詩を取り上げた『ひとめぐり〜歌とおはなし』(2014年 Beans Records)。

Interviewed by Kazue Yokoi 横井一江 @ Embassy of Hungary on May 21, 2015
Interpreter: Kálmán Andrea カールマン・アンドレア
Photos by Kazue Yokoi 横井一江
協力:ハンガリー大使館、アオラ・コーポレーション

横井一江(以下KY): 『想い焦がれて〜カラーディ歌集〜』を聴き、ハンガリーにこのような素晴らしい歌手がいるのだ、と感銘を受けました。そして、プロフィールを読み、トラッドの歌手としてキャリアをスタートさせたことを知りました。サローキさんがジャズに興味を持つようになったきっかけは何だったのでしょうか。
サローキ・アーギ(以下SA): 父がジャズの世界を教えてくれました。レコードを聴かせてくれたり、コンサートにも連れていってくれました。アメリカのジャズです。ハンガリーのジャズを演奏する人達には、アメリカのジャズとハンガリーのジャズを融合させているミュージシャンがいました。例えば、サックスのドレッシュ・ミハイ。ミハイさんはアメリカ黒人のジャズとハンガリーの民族音楽をミックスしています。そして、彼のジャズの世界には、ハンガリーの楽器、ツィンバロムも登場します。彼のグループには、ワールド・ミュージックでは有名なヴァイオリンの名手ライコー・フェーリクスも参加しています。ドレッシュ・ミハイは大御所ですね。彼の音楽を聴いて、ジャズへの愛を感じるようになりました。最初がエラ・フィッツジェラルドではないのです。ドレーシュ・ミハイからはじまって、エラ・フィッツジェラルドやビリー・ホリデイを知ったのです。そのせいかもしれませんが、最初から英語でジャズを歌わなければいけない、という気持ちはありませんでした。どちらかと言うと、ハンガリーの音楽をジャズっぽく歌いはじめました。カラーディの曲について言えば、アメリカの影響を受けて書かれています。

KY: そういえば、『想い焦がれて〜カラーディ歌集〜』の<日が沈んで Lament a Nap>の原曲は<ラヴァー・カム・バック・トゥー・ミー>ですよね。
SA: はい。ビリー・ホリデイが唄っていた曲です。作曲者のジグムント・ロンバーグはハンガリー出身でした。ハンガリー語の作詞家の名前は今思い出せないけれども、ロンバークと関係が深い人だったと記憶しています。ローンバークの音楽に影響を受けていました。映画の歌の詞をつけていたのは数人。詩人だったり、作詞家もいました。

註: ジグムント・ロンバーグはハンガリー出身の作曲家。その半生を描いたミュージカル仕立ての映画『我が心に君深く Deep In My Heart』(1954)も制作されている。

KY: サローキさんがジャズを聞き始めた子供の頃は、まだ東西冷戦下でしたよね。ジャズを自由に聴くことを出来たのですか。
SA: ハンガリーでは聴くことができました。ラジオではほとんど流れていませんでしたが。80年代までは自国のジャズ・レコードはあまりなかったですね。ほとんど外国から入ってきたものです。ジャズを聴いていたら捕まるとかそういうことはありませんでした。ハンガリーは東側の国の中では自由な国で、70年代後半から80年代にかけては随分自由になってきていました。

KY: そういえば、1989年に最初に東西の国境が開いたのはハンガリーでしたね。その時たまたまドイツに居たので、とても大きなニュースだったことをよく覚えています。誰もがそのことを話題にしていました。そして、汎ヨーロッパ・ピクニック。時代が動いているなと感じました。
SA: 当時のハンガリーもわくわくしていました。時代が変わるということを肌で感じていました。大きな夢をもって…。

KY: 話が脱線してしまいましたので、元に戻しましょう。カラーディ歌集のピアノは、日本でも知られているロバート・ラカトシュ、アレンジはサックス奏者のバチョフ・クリシュトフだそうですが、このアルバムの構想はご自分でお決めになったのですか。
SA: どの楽器を使うかを決めたのはギタリストのユハース・ガボール、管楽器についてはバチョフ・クリシュトフが決めました。どの曲にどのようなバランスでどの楽器をつかうかを決めたのは私です。

KY: アルバム全体を通して聴くと、4、50年代ジャズ風だったり、ボサノバっぽかったり、曲によってアレンジが違いますよね。これもご自身でお決めになったのですか。
SA: はいそうです。

KY: ところで、なぜカラーディを取り上げたのでしょうか。
SA: 実は、彼女は女優としては最高ではなかった。でも、大スターになった。その理由はそれまでにないキャラクターだったからです。それ以前は優しそうな声や態度。しかし、彼女は声が低くて、ドラマティックで感情的だったのです。

KY: カラーディとはどのような女優だったのだろうとYouTubeで見ました。確かにそうですね。なぜ「ハンガリーのマレーネ・デートリッヒ」と言われたのかわかりました。私的には歌声を聴いて、ドイツのブレヒト女優のギゼラ・マイを思い出しましたね。
SA: ブレヒト演劇に出ている女優さんですか。

KY: はいそうです。いつだったか、ベルリンジャズ祭で、たまたま私の友人とすぐ横で話をしていたのです。もう60歳は超えていたと思いますが、真っ赤なコートを着て、とても素敵な女性でした。
SA: カラーディも歳をとってからもエレガントで美しくて、まさにそのとおりでした。距離をおく真っ直ぐな人。しかし、彼女の人生には苦労が多かったのです。彼女が大スターだったのは1937年から45年。幾つかの曲の中で、「今日をつかみしましょう。今日を大切にしましょう」と歌うのです。なぜかというと明日はどうなるかわからないから。戦争中ですから、ある日突然お父さんか夫を戦争に連れていかれかねません。だから、今日を楽しむという感じ。愛している家族がバラバラになり、家庭が一日で崩れる時代です。当時はそういう考え方が強かったのです。

KY: サローキさんはカラーディとは異なる声質、唄い方も違います。そういう面で彼女の世界を歌うことの難しさはありましたか。
SA: 難しい課題が大好きなのです。大スターであるカラーディは、見た目ではなく心の中にあります。彼女は特別で、世の中にひとりだけですから、真似をする意味はありません。

『想い焦がれて〜カラーディ歌集〜』

KY: その後、クリスマス・キャロル集『天の喜び、地の祝福』(2012年)を出しましたよね。クリスマス・キャロルというのはハンガリーの人達の生活において密接に結びついた何か特別なものなのでしょうか。
SA: その作品もバチョフ・クリストフさんが担当してくれました。ハンガリーにはいろいろな人がいますので、一般的なことは言えませんが、家族が一緒にいるということは幸せなことです。家族が一緒にいる時に音楽も大切で、昔は生の音楽だったのですが、私の家族では皆で一緒に唄ったりしました。

KY: カソリックですか?
SA: はい。アルバムにはプロテスタントの曲も入っています。ルターの曲といわれているものも入っています。<今、天からあなたの元へ Mennyből jövök most hozzátok>(11曲目)。「天から降りてくる。あなたちの元へ降りてくる……」

『天の喜び、地の祝福』

KY: 最新作は、子供たちのためのCD(オリジナルは絵本にCDが付いたBOOK+CD)で、ハンガリーの詩人たちの詩を取り上げた『ひとめぐり〜歌とおはなし』(2014年)。これもまた前作、前々作とは全く異なるコンセプトの作品ですよね。
SA: いちばん最初のソロCDは子供向けの作品でした。それまでは、大人向けの歌を唄っていました。

KY: 大人向けの歌というと。
SA: 「ベシュ・オ・ドロム」のメンバーとしてフェスティヴァルなどで歌っていました。夜遅くまでコンサートがあるので、あの時期はあまり寝ていませんでした。夜中起きていると暗いところも見てしまいます。若い頃はいろいろやりました。しかし、その時に明るいところを、太陽を見たいと思い、生まれ変わったのです。大人向けの歌の後、明るい子供向けの音楽に。子供たちに歌うためには、早く起きないといけません。夜中の生活にはさよならしました。

KY: 今回のCDとどのような違いがあるのですか。
SA: 楽器とかアレンジが違います。今回のほうがモダンです。でも、根っこは同じ。伝統的なハンガリーの歌詞、音楽自体はトラッドかロマ、アフリカだったり、オリジナルなものだったり。

KY: 『ひとめぐり〜歌とおはなし』では詩に曲をつけていますよね。それは既に作曲されていたものを歌ったのでしょうか。
SA: 詩があり、その内容を考えて、詩に合う曲をつけたのです。まず最初に詩のリストを作りました。制作している間にリストが変わっていきました。なぜかというと、いろいろな影響を受けたので、リストに入っていない詩にも興味をもつようになったからです。

KY: 現代の詩人の作品を取り上げたのですか。
SA: 今生きている人もいれば、少し前の人もいます。2人は20世紀初頭の詩人です。

KY: 詩人の詩に曲をつけたということですが、ハンガリーでは詩は多く読まれているのでしょうか。
SA: 実は詩を読む人は少なくなっています。残念ながらそういう傾向があります。しかし、そういった傾向を逆にするために自分が何ができるのか…。子供たちに詩を歌うことです。学校訪問をして、数百人の子供を前に歌ってきました。よくステージに子供を呼ぶのですよ。一番態度の悪そうな子供たちを。いたずらをしている子供は、注目されたいからいたずらをするのです。ステージに呼ぶと注目されるから落ち着きますね。詩の本を渡して、詩を読んでもらいます。席に戻ると天使に変わりますよ。注目されたから落ち着つくのです。

『ひとめぐり〜歌とおはなし』

KY: 最後に次の計画についてお話してもらえませんか。
SA: 次は大人向けのCDを考えています。自分が唄って、楽器は2種類だけ。チターとギター、そしてエレクトロニクス。チターをエレクトリックにするのにはどうするか考えているところです。民族音楽に詳しい、音楽研究をしている音楽家を見つけましたので、その人と一緒に。ギターは実験的な音楽を弾くギタリストでフェニーヴェス・マールトンです。

KY: CDを楽しみにしております。ありがとうございました。

インタビュー後の5月24日、一度きりのライヴを観にコットンクラブへ出かけた。もちろんサローキ・アーギのステージを観るのは初めてである。ステージに上がり、歌い始めた瞬間、この人は天性の歌手だなと直感的に思った。ハンガリー語はもちろんわからないし、いちいち対訳を見ながら聴いているわけではない。しかし、その感受性が言葉を音楽とし、歌の世界が伝わってくる。歌われたのは『想い焦がれて〜カラーディ歌集〜』収録曲が主で、他にファド、そしてアカペラでハンガリーの民謡、日本のお客さんへのサービスだろう<さくらさくら>も。圧巻だったのは、他の曲とは全く異なる伝統的な唱法で歌ったハンガリーの民謡、彼女のバックグラウンドが垣間見えた瞬間だった。バックのミュージシャンは伴奏に終始していたので、ソロはギタリストのユハース・ガボール以外は物足りなかったのが残念。場所柄、この編成となったのかもしれないが、もっとシンプルな構成で聴きたいとも思った。とはいえ、『想い焦がれて〜カラーディ歌集〜』にも収録されている<私の歌に百の嘆きが燃える>の一節ではないが「私の中で想いが音楽を奏でる」、そんなステージだった。ジャジーな世界もいいが、サローキ・アーギの多面的な音楽世界、そしてまたネクスト・ステップを見る機会があることを願っている。

横井一江 Kazue Yokoi
北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年〜2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)。趣味は料理。本誌編集長。

JAZZ TOKYO
WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.