#  142

菊地雅章(ピアニスト)


Interviewed by 杉田誠一 © Cracker-Jap Studio、グリーンポイント、ブルックリン、1986.9.22
Portrait:杉田誠一

杉田誠一:ジャズの世界に入ったきっかけは?

菊地雅章:芸大付属高校1年のとき,MJQの『ジャンゴ』とマイルス・デイヴィスの『ミュージング』を聴いて。凄く魅力があった。あんなに魅力を感じた音楽には未だお目にかかっていない。

杉田:ジャズ・ミュージシャン以前に志向していたものは?

菊地:もの心ついてきたら、声楽家になろうと思っていた。クラシックのトレーニングされた声質といったら、もうたまらない。

杉田:いわゆるジャズとは訣別したのか?

菊地:別にジャズをあきらめたというわけではない。アコースティック・ベースのジュニ・ブース、ポール・モチアンのようなコンセプトを持ったドラマーとトリオをやろうと思っている。自分の一番好きなインストゥルメンテーションで創ってみたい。

杉田:何故ジャズは力を失ったのか?

菊地:今はベトナムにも縁がないから、若い連中が死に直面したプレッシャーがない、といった分析や推論はできるけれど、そこで問題なのは、ジャズが何故弱くなったかという事実を踏まえ、自分がどういう風に新しいフォーメーシィンを創っていくのか?自分のためにも表出しやすいものの方がぼくには問題。だから、アナライズはぼくの任ではない。

杉田:日本とアメリカのジャズ情況の違いは?

菊地:クオリティーとかアーチストの層とかいろいろあるけれど、一番大きな違いは、アメリカではポップスの一部としてジャズが一般人の日常になっていること。日本の場合は、ジャズはいわゆるアートソングとして考えられている。ひとつの空間に対して挑戦するという音楽へのアプローチではなく、日常になって初めて音楽が凄さを増すということを最近になって特に感じる。

杉田:日本とアメリカを比較すると、アーチストとしては日本の方が生きにくいか?

菊地:飽くまでもぼくの体験だけれど、日本にいると、総人口に対するメディアが占める比率が大きすぎて、自分の時間が持てないように感じた。アメリカでは、ひとりになろうと思えば、いつでもひとりになれるのがいい。

杉田:何故ニューヨークが本拠地=ホームなのか?

菊地:日本にいて1950~60年代アメリカのジャズを聴いてきて、もう完全に叶わないという気がした。ぼくは、今はジャズに関心ないけれど、当時は絶対的な存在だった。そこで、ものごとのバリューとかコンセプトだけに立ってものごとを見ると、常に自分が人の後塵を拝しているという感じがした。それで、ニューヨークへ来てみて、力を失っているジャズをトータルに体験することができ、自分自身が見つかった。 いいかえると、ぼくにとってアメリカのジャズは、かつては凄く大きな存在だったし、日本にいる限りはアメリカを見ながら音楽していかなければならなかった。世界をひとつのユニバースとして見た場合、1ローカル・ミュージシャンでいることに耐えられなかった。

杉田:ブルックリンのスタジオはどのくらいの広さか?

菊地:2Fと3Fがあるから、1万平方フィート。もともとは『ススト』プロジェクトのパフォーマンスの拠点になるはずだった。将来的には、マンハッタンのロフトを離れ、生活の場にもしようと計画している。

杉田:1980年の『ススト』(CBS)以来の沈黙の意味するものは?

菊地:自分では沈黙したつもりはない。10台のリアルタイム・シンセサイザーでのサウンド・スカルプチュアの仕事は3年半になるが、セットアップするのに1年半かかった。
『ススト』以後はだんだん人間嫌いになったことは事実。シンセがある程度のシークェンスが可能になってきた時期でもあっただけに、ひとつ自分ひとりでやってみようかな、と思った。

杉田:いつも自分の聴こえているサウンドとは?

菊地:音楽を聞いていないときは、自分の中でオーケストレーションが鳴っている。それがときたま指で連動する。複合のサウンドをコントロールするアビリティを自分で持っていると自覚している。オーケストレーションをインプロバイズする、複合ユニットをコントロールする才能があると。

杉田:何故シンセサイザーを始めたのか?

菊地:自分の聴こえているサウンドが具現化できるかどうか、ピアノではなく、シンセサイザーで試してみたかった。シンセは決してイージーなものではなく、基本的なコンセプトからのチャレンジを始めた。

杉田:シンセサイザーの魅力とは?

菊地:シンセサイザーは、キーボードとはいってもピアノを弾く時の鍵盤の捉え方とは全く違う。また、コンピューターが入ってきて作曲をインスタントにできる。その可能性が凄い魅力。

杉田:シンセサイザーのおもしろさとは?

菊地:機械には不確定というものはなく、確定しかない。そこで機械のミステイクをどのように人為的に起こさせるかで一番おもしろい結果を生む。実際にテープをまわして、今まで積み上げてきたものをシークェンサーで演って、同時に演奏するという方法をとっているわけだが、ミステイクでとんでもない音が出てくる。例えば、機械を誤作動させたりすると、50回に1回ぐらいは凄い音が出てくる。

杉田:シンセサイザーによる音創りのプロセスは?

菊地:ぼくにとって音を創っていくプロセスの定石とか情報は全くないといっていい。例えばシンセで遊んでいて、それがアクシデントであったとしても、たまたまいい音が出てきたときに、そこから音楽が始まっていく。ひとは大変な仕事だというけれど、これからコンピューター・プログラマーと一緒になって書こうとしているオートコンポーザーのソフトと、純然たるシークェンサーがあれば、それほど時間はかからない。

杉田:現在組んでいるコンピューター関係のパートナーは?

菊地:オバーリン大学のテクノロジー・ミュージックを卒業していて、まだ20代半ばのランス・マッセイ。いわゆるエレクトロニクス面でのサウンドを良く知っていて、サウンド・プログラマーとしても凄く優秀。一緒に仕事を初めて2年になる。

杉田:アコースティックな音とシンセサイザーとの距離は解決したか?

菊地:シンセといういわれる機械が未だ十全じゃない、今は過渡的な時代。例えば、自分が音楽をやっているときの感情の動きを表現できるぐらい、アコースティックな音と離れたところでソフィスティケーテッドされたら、人間の呼吸といったものもひとつのフィーリングとして音に託せると思っている。人間の真似を機械にさせるだけではなく、人間に即して動く機械としてコントロールする能力を獲得したい。

杉田:音楽家としてビジュアルにインスパイアされるか?

菊地:親父が絵描きだった関係で、子供の頃からデッサンを叩き込まれてきた。芸大付属高時代に美術の方に引っぱられたこともあった。で、結局、今もビジュアルなものからサウンドが出てくるし、サウンドからビジュアル・イメージが出てくる。そういう意味での、フィジカルなものの見方が、ぼく自身の個性を形づくってきた。

杉田:何故ライブなのか?

菊地:ひとつは、1人で同時にたくさんの楽器を自分の思い通りに鳴らせてみたいという望み。もうひとつは、インプロビゼーションして音を出した場合に、イエスかノーかといえる力を養うという意味でのチャレンジ。具体的には、コンピューターを導入して、ステージで聴衆を雨にしてその場で作曲してみたい。アイデアなしでステージで作曲させたものをそのまま演奏に持ち込んでいくこともできる。フレキシビリティーを持たせたシークェンサーであれば、その後で3ディメンションなビジュアル・データを入れてやれば、そのコンピューターがひとりでに音楽をはじき出す。

杉田:菊地雅章にとってジャズとは?

菊地:ジャズ・クラブとかジャズ・ミュージシャンとか呼ばれる、限られたジャズ・シーンがかつてはひとつの憧憬だったけれど、そういう気持ちは今はない。自分がジャズをやってきた、その上で考えをふくらませていきたい。ひとはジャズとは呼ばないかも知れないけれど、ぼくはそれでもかまわない。自分が一番好きなサウンドで、好きな方法で、好きな発展をしていきたい。ぼく自身が体験したジャズのスピリットでやる音楽を自分ではジャズだと思っている。

杉田:ライブでの聴衆の役割は?

菊地:ぼくたちミュージシャンのエネルギーは、聴衆によってチャージされる場合が多い。聴き手のリアクションがエネルギー源になる。聴衆の動きのようなものをひとつのボルテージに変換して、シンセサイザーをコントロールしてみたい。フィジカルな面では、リアクションも音楽のマテリアルとして使えるはず。

杉田:エルビン・ジョーンズについて__。

菊地:エルビンは、何百人に1人しか出ない天才。あのリズムの感覚は。信じられないぐらいで、リズム面でいろいろと勉強になった。

杉田:マイルス・デイヴィスとの出会いは?

菊地:マイルスはけた違いのパフォーマー。アル・フォスターの推薦も受けてマイルスに会いに行ったら、ピアノを弾いてくれと言ったけれど、オーディションだったら弾きたくないから、オレの目を見て決めてくれと言ったら、凄く気に入られた。それからリハーサルが始まったのだけれど、もう毎晩のように電話がかかってきて、家にも遊びに来た。

杉田:何故、マイルスとのテープはオクラになったのか?

菊地:いろいろなフォーマットでリハーサルを積み重ね、最後はジャック・ディジョネットが呼ばれ、ピート・コージー、ぼく、マイルスというメンバーだった。マイルスが言うには、スライがベースで来るという。しかし、結局、スライは現れなかった。マイルスは凄くやる気になっていたが。『アガルタ』や『パンゲア』(CBS)を聴けば分かるけれど、マイルスは一部でスライの影響を受けている。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
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#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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