#  066

「西洋音楽論」クラシックに狂気を聴け
text by 関口登人


書 名:「西洋音楽論」クラシックに狂気を聴け
著 者:森本恭正
版 元:光文社新書
初 版:2011年12月16日
定 価:777円(税込)

腰巻きコピー:
「西洋音楽の本質はアフタービート。
こんなシンプルな事実を今まで誰も教えてくれなかったのは何故?
音楽にとどまらない斬新で挑発的な文化論!!」【生物学者・福岡伸一氏】

〜本当はアフタービートだったクラシック音楽、だって!!〜

近頃は寄る年波のせいかめっきり分厚い本を読む機会が減っていて、薄くて立たない新書のコーナーをうろつくことが多いのだが、そんな折り見つけたのが薄いわりに大仰なタイトルを謳った本書である。目次を見ると第一章が「本当はアフタービートだったクラシック音楽」。アフタービートとあれば思わず「ウン?」となり、それがさらにクラシック音楽との関連を示唆するなら、また「ウン?ウン?」とならざるを得ない。さらにパラパラするとジャズやロック、マイルス、ローリング・ストーンズ(ビートルズは出てこないが読めばお分かりかと思う)といった名前が目に入り、たまらずそのままレジに向かった次第。
著者の森本恭正氏が私は初見なので奥付を見ると、1963年東京生まれで東京芸術大学中退、桐朋学園音楽大学、南カリフォルニア大学大学院、ウィーン国立音楽大学に学び、以後作曲、指揮活動を展開。現在までにソロ作品から管弦楽曲など160余作品を発表、その多くはウィーン・フィルのメンバーなどによってヨーロッパ各地で初演されている。CDも既に6作品発表されている。またポーランド・ルトスワフスキ国際作曲コンクールの審査員を務めているとのこと。
本書の冒頭で、著者の音楽、特に西洋音楽との関わりについて語られているが、それはまた同時に、西洋音楽に対しある種の「もどかしさ」、やがては「齟齬感」が醸成されていった過程でもあった、と明かしている。その原因は自身が日本人だからなのか、あるいは日本のクラシック音楽(界)にあるのか、そうであるならば日本の音楽教育とは何だったのか、といった疑問を抱えていたが、やがて「私は自分の経験を捨てて、つまりゼロベースにして日本を出た。・・・・ヨーロッパの伝統の中に長い間身を置いて考えていると、このゼロベースによる見直しを最も必要とされているのが、正にクラシック音楽なのではないかと思われてきた。もちろん日本のクラシック音楽を含めて。」との思いに至った。以後、日本に帰ることもせずウィーンを中心に活動を続けている。もちろん異国での生活はむしろ自らが日本人であることを強く意識させられることがあってもそれは覚悟の上だったのだろう、エグザイルのごとく。日本のクラシック音楽を取り巻く状況をかなり痛烈に皮肉っているのだが、しかしかれの視点は音楽の可能性に触れるとき、寛容であり、優しさにあふれていて、取り上げる対象も民族音楽、邦楽、ロック、ジャズとジャンルを問わない姿勢に貫かれている。
第一章では小学校で我々が学んできた2拍子の「強・弱」「強・弱」、あるいは4拍子の「強・弱・中強・弱」がどうもおかしい。「弱・強」「弱・強」では、と指摘している。ここからバッハやベートーベンの作品には休符で始まる曲が多いことに触れていて興味深い。例としてベートーベンの交響曲第5番「運命」が「あのテーマは休符で始まるのだ(そう、バッハの作品と同じように)。滑稽な表記で心苦しいが、つまり、あのテーマは「タタタターン」ではなく「『ン』タタタターン」とかかれているのだ。1小節に4つ入る音のうち最初の音を休符にし、続けてタタタと音を3つ書き、次の小節でターンとくる。こんな譜面の書き方をあのタタタターンという音楽から一体誰が想像し得ただろうか」、「そして、このいわばジャズやロックでいえば『喰った』ようなアフタービートのパターンが連綿と休むことなく1楽章の最後まで続く」と指摘していて、一気に引き込まれていく。
第二章では、フランス革命とその後生まれたコンセルヴァトワールについて、貴族社会の音楽が革命によって無教養な市民に渡ってしまい、失われゆく伝統を保存する目的で作られたいきさつからは「・・・・しかし、一度保存しようとする動きが出てきたときには既に係る伝統は衰退し始めているのではないでしょうか。」と述べ、さらに「伝統がその力を最も強く発揮するのは保存することなど考えなくても良い場合。これは、人類のどんな文化圏においても共通していると思います」と指摘しているが現代作曲家の面目躍如といった感がある。
第三章「撓む音楽」では、「スウィングしないクラシックなんてありえない。」と断言し覇気のない日本のクラシック音楽には、これが決定的に欠けていることを嘆いている。
第四章「音楽の右左」では右脳と左脳それぞれの働きをイントロに、その統合のエンジンがスウィングにあるのではとの見解が面白い。
第五章「クラシック音楽の行方」では音楽家への提言が記され「正しい譜面の選択」、「五線譜はもう一つの外国語」、「現代の視点から過去を見ない」、「ディジタルに抗う」といった観点から著者の率直な考えが語られている。
第六章「音楽と政治」ではベートーベンが西洋音楽のボーダーを超えるかのような試みを企図したのには大きな人類愛への憧れを表わしたかったのではと想定している。また、「君が代」についても興味深い考えが示されていて、好きな人にも嫌いな人にも読んでもらいたい。
本書はもちろんジャズ本ではないのでジャズに関する記述は少ないが、「ジャズ音楽を指してアフリカのリズムとヨーロッパのハーモニーとの融合などというひともいるが賛同できない。」とし、その理由を「アフリカ音楽のリズムは複合リズムで、少なくとも18〜19世紀のヨーロッパ音楽では記譜するのすら困難なくらい複雑である。アフリカ系の作り出した、ヨーロッパ音楽にはない独特のハーモニーにヨーロッパの単純なスウィングを組み込んだのがジャズ音楽ではないかと思っている。」と書いているが、確かにコンゴ広場の複雑なリズムとニューオリンズのマーチングバンドのそれとは全く異なっている。卓見だと思う。
明らかに衰退しているクラシック音楽の最前線に身を置き、危機感を持ちながら、模索を続ける姿勢がじかに伝わってくる。また比較文化論としての拡がりも併せ持っていて、新書としては盛りだくさんで読み応えのある好著である。(関口登人)

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