#  076

佐村河内 守『第一交響曲』
text by 稲岡邦弥


書名:『第一交響曲』
著者:佐村河内 守
版元:講談社
初版:2007年10月31日
定価:本体1600円+税

腰巻きコピー:
全聾の天才作曲家が紡ぐ「闇の音」


もし、現代に天才と呼べる芸術家がいるとすれば、その一人は、まちがいなく佐村河内守さんだろう。
命をすりへらしながら創るその音楽は、私の乾いた心を打たずにはおかない。
ヒロシマから生まれた人間への鎮魂曲が、彼の曲であり音である。
音符だけでなく活字からも、その世界が静かに起ちあがってくるのを感じた。
五木寛之

私が2011年8月28日更新の本誌Five by Five #824(http://www.jazztokyo.com/five/five824.html) でCD紹介した佐村河内 守(さむらごうち・まもる)が自ら綴った半世記。第一章「ピアノ部屋」から第十章「交響曲第一番」まで1963年生まれの佐村河内が文字通り自身の半世紀を語り下ろす。
母親の指導の下、四歳で「赤バイエル」から始まったピアノの修行はベートーヴェンのピアノ・ソナタで切り上げ、「交響曲第一番」の作曲を目標にひとり歩み始めたのは10歳の時という。併せて、伯父からはヴァイオリンと仏教の戒律、登山の教えを乞うた。作曲の行程を登山に例えて説明するのは伯父の影響による。小学校5年生から高校を卒業するまで8年間、夕食後7時から9時までピアノのレッスン、9時から深夜1時までは管弦楽の知識学習というストイックな訓練が続く。独学だったため、事前に暗譜した交響曲のスコアの音色や響きを確認するためにオーケストラのコンサートばかり通い詰めた。
そんな彼を苦しめたのは17歳の夏休みから始まった偏頭痛。やがて頭鳴症(ずめいしょう)から全聾へ。耳鳴りで入院治療した知人の苦労も知るが、頭鳴症の苦しさは余人の推し量れるレヴェルをはるかに超えたもので、その苦痛と苦悩については別の知人から聞かされている。この自伝で佐村河内は自身の偏頭痛と頭鳴症の詳細について症状の変化に応じて何度も書き記し、苦痛の余り自死を試みたことも一度ならずという。
私が2年半ほど前に試聴した「交響曲第一番」に着手したのは、高校3年の時。
作曲半ばで破棄したのも11回に及ぶ。結局、“のたうちまわるような苦闘を経て、念願の「交響曲第一番」が完成したのは2003年秋”のことだった。その間、最愛の母親や弟を事故死で失い、さらに重度の腱鞘炎でピアノが弾けなくなるなどの災難が次々に彼を襲う。
幾多の苦難の末に佐村河内が得た啓示は、“苦しみ闘う人々の支えになる音楽…それは、誰よりも苦しみ闘った者の手からしか決して生まれえないのだ!そんな音楽を成しえたいと望むのなら、その『闇』に満足し、そこにとどまれ!”。
そして、エピローグで次のように半生記を締める__
真実は闇の中にこそ隠されている──宝物は決して光の中でなく、闇の中にこそ巧みに隠されているように。

ところで、私が、「佐村河内 守に代作者がいる」との情報を最初に得たのはNHK地上波の「あさイチ」という番組。2月5日のことだった。遅い朝食を食べながらチラチラ盗み見していた番組の締めで司会の有働由美子が突然「この番組でも取り上げ、NHKでも2、3度ご紹介した作曲家の佐村河内 守さんが他人が作曲した作品を発表していました。放映した時点ではNHKはその事実を確認できませんでした。申訳ありませんでした」とコメント、頭を下げた。おそらく「あさイチ」の大部分の視聴者には意味をつかめないまま番組が終わったのだろうが、2年半前とはいえ、70分をゆうに超える長大で特異な交響曲を試聴していた私には佐村河内 守という名は忘れ得ぬものになっていた。最近では、この第一交響曲「HIROSHIMA」を演奏するためにオーケストラが各地のホールから招かれる一種のブームになっていることも知っていた。
そのあとに続く“騒動”は多くの知る通りである。私も個人のFacebookとJazzTokyoのFacebookに関心事として採り上げたところ多くの反響を得るところとなった。2月6日付け東京新聞・朝刊掲載の作曲家・池辺晋一郎氏のコメントを掲載、私自身の感想を付記したところ、賛同の声が多く上がった;
池辺「共同作業は業界では珍しくない。佐村河内さんがどこまで作曲に関与していたのか。具体的に明らかにすべきだ」「(騒動を理由に)楽曲自体をおとしめたり、演奏したい人や聞きたい人を否定するのはおかしい。誰が作ろうが、楽曲に罪はない」
稲岡「池辺先生の仰る通りだと思います。但し、“全聾”が“現代のベートーヴェン”を装うための偽装だとしたら、話はまったく別。それは創作活動とはまったく関係なく、マーケティングの分野に属することだから。」
池辺先生のコメントは新垣氏の記者会見の前に出されたものと思われるが、先生の危惧は現実のものとなり、発売元の日本コロムビアは即時CDの販売を中止、コンサートを予定していた各地の主催者からは続々キャンセルが発表された。新垣氏が非常勤講師を務める桐朋学園大学音楽学部は、公式ホームページを通じ2月6日付けで、「新垣隆氏の私的な行為とはいえ、本学と致しましても誠に遺憾であり、今後、経緯や事実関係などを詳しく調査したうえで、厳正に対処いたします。」と、解雇を思わせるコメントを発表した。
外出中のため代作者・新垣隆氏の記者会見を見損なった私は、帰宅後Huff Post Japanのサイトで会見のすべてを映像とトランスクリプションで確認した。
http://www.huffingtonpost.jp/2014/02/05/ghost-writer_n_4734967.html
新垣氏は自身が作品を代作していた事実だけではなく、佐村河内氏の「全聾」の偽装が限りなくクロに近い印象を与える発言を行っていた。新垣氏からは音楽一途に生きる純朴な人柄を読み取ることができたが、佐村河内氏が世間を欺いていることを知りつつ作品を提供し続けていたことで自責の念に駆られ、佐村河内氏の「共犯者」という言葉を使ったに違いない。新垣氏の犯罪性については司法の裁きを待たねばならない。

2月7日付け朝日新聞・朝刊には斯界の権威のひとり東京大学大学院の長木誠司教授(音楽学)のコメントが掲載された;
「今の聴衆のほとんどは、耳が聞こえない、被曝2世、という『物語』なしに音楽だけを聴くことがないからだ」。「どんな人が作ったのかといった物語がもたらすインパクトは、クラシック音楽の垣根をなくした」「うそをついて物語を肥大化する必要はなかった。ただ、佐村河内さんと作曲家だけの責任ではない。売ることしか考えないレコード会社や、もてはやしたメディアも同罪だ」。
じつは、長木先生は、日本コロムビアから発売された佐村河内氏の「交響曲第一番 “HISROSHIMA”」の解題を担当、「21世紀の日本に可能な交響曲の姿」と題し、この作品が日本の交響曲のルネサンスのマイルストーンとも取れる認識を示しているだけに、この騒動に人一倍やるせない思いをしているに違いない。

本書は2007年10月の出版で、2011年に彼の「交響曲第一番」がCD化されて広く世に問われるに至った経緯についてはもちろん触れられていない。CDのブックレットに付された日本コロムビアの担当プロデューサーによるものと思われる「プロダクションノート」には以下のように記されている;
2010年4月4日、東京芸術劇場で聴いた「交響曲第一番《HIROSHIMA》の東京初演は(1、3楽章のみ)、衝撃的でした。(中略)そして、何よりも、作曲者の心の叫びが、痛切に響いてくること。まさに私たちが求めていた音楽だと感じ、一人でも多くの人々に聴いてほしいとの強い想いに突き動かされました。
終演後、初めて佐村河内さんと言葉を交わし、早速レコーディングを申し出ました。(中略)震災が起きた直後には、このような深刻な内容の作品を人々は求めているのだろうかという不安を感じたこともありましたが、逆に、今だからこそ、私たちはこの音楽を必要としていたのだと感じています。闇の音楽であると同時に、希望の音楽であると思います。(後略)

無名に近い“作曲家”の70分を超す交響曲を録音・発売することはレコード会社にとって大変なリスクを負うことになる。プロデューサーの熱意と想いを実現し、リスクを回避するために宣伝スタッフが奔走するのは当然である。ましてや、日本の最古のレコード会社のひとつである日本コムビアが創業100周年事業として取り組む一大プロジェクトである。そのなかで、「現代のベートーヴェン」というキャッチフレーズが生まれたのではないだろうか。しかし、CD販売枚数が累計18万枚という驚異的な数字を実現するキーとなったのはNHKスペシャルの『魂の旋律 〜音を失った作曲家〜』放映(2013年3月31日)に間違いないだろう。NHKスペシャルは、かつて「物語」の放映を通じて、ボルムベスクの<望郷のバラード>ブームを巻き起こした実績がある。ETV特集の「物語」では<ラ・カンパネラ>が大ヒットした。NHKのお墨付きを得た話題はまたたくまに全国的に増殖していく。とくに“NHKスペシャル”は、音楽界にあってもマーケティング成功の鍵と認識されており、売り込みも相当激しいはずである。そのためには、物語の肥大化も当然考えられる。佐村河内氏の場合も、双方に「魚心あれば水心」の誘惑はなかったのだろうか。

オウム真理教の真実を追求し続けるジャーナリストの江川紹子氏は、佐村河内氏と代作者の新垣氏の関係を教祖と高弟になぞらえる発言をしているがはたしてどうだろうか。新垣氏は会見の中で、「ただ、私は、彼から依頼をうけたとき、やはり何か被災者の方のために曲を書きたいと思いました。」「彼との関わりの中で、作品が生まれるということなので、彼との共同作業であると私は全ての作品において思うのです。同時に、全ての作品は私のできる限りの力の範囲で作るものであり、そういう意味では、一つ一つが非常に大事なものです。」「その中で、なお、彼の情熱と私の情熱が、非常に共感し合ったときというのはあったと思っています。」と発言している。誤解を恐れずに言えば、音楽の創作活動は一種の快楽的側面をもつことが多い。注文を受けて制作する商業的音楽の場合はなおさらである。ふたりでテーマについて話し合いながら曲のデッサンを描いていき、新垣氏が曲に仕立て上げたものが、第三者により演奏され、認知され評価を受ける。評価が高ければ高いほどふたりのモチヴェーションはさらに上がっていく。ふたりが手掛けたものの中には、NHKのシリーズ番組「ハイビジョン特集 五木寛之 21世紀・仏教への旅」(2007年)などもあったという。新垣氏も劇伴という制約のある仕事の中であれ、新しい試みに挑戦することも一度ならずあったはずである。それが創作者というものだ。とくにNHKという媒体で五木寛之がホストを務める番組であるような場合はなおさらである。注文に応じた創作活動であれ、新垣氏のように真摯な根っからの音楽人が手抜きやお茶を濁して済ます仕事として片付けていったとは考え難い。このように程度の差こそあれ、いわば持ちつ持たれつの関係として続いてきた18年間ではなかったのだろうか。ただし、あくまで音楽を創作する、という側面から捉えた場合の話だが。

佐村河内氏がプロデューサー的役割を果たしていたのなら、表に立つべきはむしろ新垣氏であった。裏にまわるべきプロデューサーが表に立ちたがったために歯車が狂った。佐村河内氏が演奏能力と作曲能力に欠けながら作曲家として振る舞おうとしたために「全聾」を偽装する必要があった。腱鞘炎を偽装する必要があった。新垣氏の会見内容が事実であるとするなら(事実であるはずである)、この半生記は期せずして佐村河内氏が自ら自身の偽装の裏付けを白日の下にさらす結果となってしまった。ここにすべてが語られている。今さら氏を面前に引きずり出すこともないのではないか。

仮に百歩譲って「代作」行為を許したとしよう。しかし、氏が本書の「あとがき」で、「最後に、精神、肉体、宿命の闇といま、向き合っているすべての人に本書を捧げます」と記した“本書を捧げられたすべての人”たちを裏切った行為は到底許すことはできない。身体が震えほどの怒りはそこから来ている。(平成26年2月10日記 稲岡邦弥)

関連ページ:
http://www.jazztokyo.com/five/five824.html
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/column_133.html

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