#  250

中西俊博コンサート Leapingbow 2010 Reel's Trip
2010年1月30日(土)18時30分 @青山円形劇場
reported by Masahiko YUH

中西俊博( violin )
伊賀拓郎( piano )
ファルコン( guitar)
木村将之( bass )
はたけやま裕( percussion )

中西俊博というヴァイオリニストはジャズの演奏家ではないらしい。それゆえか、近作の『爆裂クィンテット』(ポニー・キャニオン)をはじめ自身の名義作も何枚かあるが、ジャズ分野で話題になったことはないようだし、私も試聴盤の形で聴く機会を得た試しがない。ジャズ専門誌が積極的に取りあげることもないように見える。ところが数年前、ふとした折りに彼のコンサートを聴く機会があった。冷やかし半分でのぞいたコンサートが予想以上に楽しかった。そのとき以来コンサートに招待されるようになり、今年も熱心な聴衆の1人となった。興味半分どころか、今ではちょっとしたワクワク感さえ抱いて客席に座っている自分が何だかおかしい。今年は予想した通りの楽しさだった。

彼のコンサートのどこが魅力的かというと,ステージ運びに無駄な冗長さがないこと。つまり、緻密に構成されたステージ展開が数曲ごとの中西自身による軽妙なおしゃべりで運ばれていく、そのリズミックな軽快さとリラクゼーションの好バランスが聴く者を飽きさせない、ということだ。司会ともホストのトークとも違う彼の話しぶりは、MCというより、どこか深夜番組の柔らかいざっくばらんなおしゃべりに近いが、わざとらしさのないこのアットホームな感じがコンサートの流れに温かな風を送り込んでいるのだろう。それが舞台を囲む形の、舞台と客席が近い円形劇場の親密なたたずまいとマッチする。聴き通して疲れない最大の理由はここにある。日本の司会やコンサートのトークでは失望することが多いが、おしゃべりとステージ展開が無理なく一つに溶け合って進む、なればこその楽しさがあるといってもよく、今年も寛いで楽しむことができた。もちろん音楽の中身が聴くに値しなければ、ほかがいくら良くても話にならないのは当然のこと。ジャズじゃなくたって中西のように即興演奏の使い手は沢山いる。

コンサートはしかし、驚いたことに、ハンガリーやルーマニアの民謡を蒐集していたバルトークが1910年代に作曲したルーマニア民謡による舞踏組曲で始まった。プログラムにはバルトークの名はなく,「ルーマニアの民俗舞曲」とだけある。別にポップ風な味付けをほどこしているわけではない。いわば原曲通り。伊賀拓郎のピアノをバックに聴き馴れたバルトークの名曲をひょうひょうと演奏する中西の弓さばきを見ながら、それがバルトークだろうが誰の作かも分からない民俗曲だろうがいっさいお構いなく、人々は一心に彼の繰り出す楽の音を楽しむ。これもまたよし。

近年アイリッシュ・ミュージックの、音に風景があり,音から薫りが漂うといった独特の音楽的表情に惹かれて傾倒するようになったという中西の変化が現れたプログラム。なるほど「Cooley' s Reel」、「Red Around the Sun」、「American Wake」、あるいは第2部の「Riverdance」などアイリッシュ・ミュージックへの彼の関心の高さが如実に窺える。ところが、ボサノヴァの「ワン・ノート・サンバ」もあり、2部になると録音されたタンブラーをバックに弾きまくったインド音楽の「Luki」,8分の5拍子が底抜けに楽しく迫るトルコ音楽「Women' s Dance」チック・コリアのスパニッシュ調「Sicily」、エジプト音楽の「Marta' s Dance」など、音でいざなう世界の旅とでもいうべきプログラム。そういえば伊賀拓郎との「グリーン・スリーヴス」はイギリス民謡だった。

昨年のグループでもジャズ系の共演ミュージシャンに感心させられたが、今年の若手もみな能力豊かな楽器の使い手だった。みな中西の眼鏡にかなった俊英らしいが、私には初めての人ばかり。だが、まったく物怖じしないプレイで聴く者を惹きつける。気を抜いたミスなどがない。だから,舞台がリズムよくスムースに進む。中西もそんな彼らに大きなスポットライトを当てるべく、1曲ないしは2曲で彼らのプレイをフィーチュアしたが、おかげで皆目知らなかった彼らの優れたプレイの一端に触れることができた。例えばギターのファルコン。2曲目だったか,ユダヤ音楽の「ファクトリー - マーチ」での目まぐるしい動きのテーマを中西とユニゾンする彼のフィンガリングは鮮やかだった。数曲でソロをとった伊賀拓郎のキーボードにも、ジャズ・ピアニストらしいシャープなセンスと色彩感豊かなポップ感覚とを併せ持つ魅力がある。

私が一番目をみはったのが木村将之とはたけやま裕。冒頭のバルトークでの木村のアルコ。その正確なピッチとしなやかなトーンは誇張なく第1級である。チラシのメンバー紹介に中西が書いた「これだけのリズム感とテクニックを持ち合わせているコントラバス奏者はなかなかいない」という賛辞は決して嘘ではなかった。はたけやま裕はいかにも女性らしい音やカラーの選択が魅力。グルーヴも音色もジャストを探し出す天才と讃える中西の言葉通り,彼女のパーカッションには詩があり,絵がある。2部での「1928」は彼女のオリジナルらしいが、ここにはまさしく情景を思い起こさせる絵があり,詩があって印象的だった。中西の楽曲構成には変拍子が多いが,伊賀と組んだ「ウイメンズ・ダンス」,中西のオリジナルで7拍子や9拍子などとリズムが変化する「新大陸」での、裕の的確で聴く者の脳裏に絵のようなファンタジーを感じさせずにはおかないパーカッション(楽器の選択から音色表現にいたるまで)には、ジャズのドラマーのプレイとは一味違った感銘があった。ここまで書くと誉め過ぎかしら。

中西のヴァイオリン演奏はいかにも芸大出身らしい確かな技術に支えられている。ネットで検索するとまもなく50代半ばの円熟期に差しかかるようだが,芸大在学中からポップス畑で活動するようになっただけあって,カテゴリーにこだわることなく音楽を一途に楽しむ彼らしい生き方がファンの感性にアピールするのだろう。共演者にジャズ系の人が少なくないのも彼らしい。アコースティック・クラブでは宮野弘紀とも共演し,「マイルストーン」,「ロッキン・イン・リズム」をはじめ、いわゆるスタンダード曲も好んで演奏する。この夜もアンコールにシナトラの忘れがたい名唱があった渋い「イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ」をしみじみと奏でた。ジャズの即興手法とは趣が違うが、楽器を自在に操り,闊達な即興的な世界を繰り広げるヴァイオリンの優れた使い手であるのは間違いない。

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