#  260

フランスからの2つの感動〜マルク・ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊&アルド・チッコリーニ
reported by Minoru AIHARA

ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊
2009年11月5日
@東京オペラシティ コンサート・ホール


アルド・チッコリーニ(pf)
2010年3月14日
@すみだトリフォニーホール


reported by
相原 穣(Minoru Aihara)

 このところフランスからやってくる演奏家たちに心が動く。パリに住むポーランド出身のクラシック・ピアニスト、ピョートル・アンデルシェフスキやイスラエル出身のジャズ・ピアニスト、ヤロン・ヘルマン。前者からは今なおパリの街に通低する哲学的、詩的シリアスさが、後者のサウンド作りからは現在のフレンチ・ポップ・シーンが垣間見える。そうした2人の偉大なる先達であり、今年の3月半ばに来日したアルド・チッコリーニは、筆者にはすでに完全にCDの中の人だったが、実際に前にした演奏は骨董的味わいなどではなく、84歳の「今」の輝きだった。そこに、パリという街でアーティストが時間を蓄積することの意味を感じ、多くの若手がいまなお集まる理由が分かるような気がした。ここでは、そのチッコリーニのコンサートについて触れようと思うが、その前に、昨年最も楽しかったコンサートでありながら書く機会を失していたフランスの古楽界の気鋭、マルク・ミンコフスキ率いるルーヴル宮音楽隊のことを取り上げておこう。

 ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊
 ドイツやイタリアに較べ、フランスのバロック音楽は全体像がつかみにくい。ルイ王朝下においては、音楽は主として宮廷の祝祭空間を演出するものの一部であり、スペクタクル、すなわち、演じることや踊ること、目や耳を驚かすことと一体化していた。従って、管弦楽を含んだ作品といえば、バレエ(コメディ=バレ)やオペラ(トラジェディ・リリック)、宗教曲のグラン・モテが中心となり、室内楽的なコンセールなどの他は、手ごろに楽しめるものがあまりない。そうした中でミンコフスキがフランス・バロック最高の管弦楽の使い手であったラモーの舞台作品から管弦楽曲の聴きどころを集約し、CD化した『空想のシンフォニー』は、十分な聴き応えを提供してくれ、結構ヒットした。今回のコンサートの目玉は、「もうひとつのサンフォニー・イマジネール」と称した別バージョン。ミンコフスキは2002年にエクサンプロヴァンス音楽祭のオペラ公演で来日しているが、自ら創設した古楽オーケストラ、ルーヴル宮音楽隊とは初登場である。  その演奏は期待に違わず、生命感、色彩的ニュアンスにあふれ、聴衆は18世紀フランスの空気に招きいれられた。空想の音楽ドラマは、オペラ作曲家としてのラモーの名を決定づけた『カストールとポリュクス』からの鋭い付点のリズムによる序曲で幕を開け、同オペラの終幕の優美さと推進力がバランスよく配された「シャコンヌ」で閉じられる。その他、ポピュラーな『優雅なインドの人々』の艶やかで繊細なフルートのたゆたい、大砲を模して2階席から轟く『アカントとセフィーズ』の大太鼓。各奏者たちもミンコフスキのスピリットを受けて積極的に表現を愉しみ、その総体がフランス・バロック音楽の祝祭空間となる。
 プログラムは、当日に急遽前後が入れ替えになり、後半にモーツァルトのセレナード第9番「ポストホルン」が演奏された。メインはラモーと思っていただけに、気分をそがれた気がしたが、結果的にはこれで正解だった。この曲はザルツブルク大学のセレモニーのために作られたと見られる機会音楽であり、その入場曲と推定されるK.335/1(K.320a/1)の行進曲と合わせて演奏された。弦のしなやかにして闊達な響きは古楽器ならではだが、何と言っても木管楽器の織り成すパステル調の明るさと絶妙な息遣いが新鮮で、協奏交響曲風の第3楽章や続く第4楽章などほれぼれと聴き入った。愛称の由来となったポスト・ホルンの響きが現れる第6楽章では、何と郵便屋の制服を着たホルン奏者が古い自転車に乗って登場。会場はその演出と巧みな演奏に大いに沸き立つ。50分という長さもあっという間だった。

 ミンコフスキとルーヴル宮音楽隊の演奏には、瞬間々々の率直な悦びがある。それは宮廷を挙げて興じたバロック・バレエの身体的悦びとも繋がっているように思え、フランス・バロック音楽の扉を開くのに必要な鍵の1つなのだと納得した。同時に、これだけ独自の存在感のあるオーケストラが、現在、地方のグルノーブルを拠点にしていることにも、フランスの文化発信の新しい可能性を感じる。

 さて、アルド・チッコリーニである。ナポリ生まれだが、1969年にフランス国籍を取得し、長らくパリ国立高等音楽院でも教鞭を執っていることから、名実ともにフランスのピアニストである。3月にリサイタルと協奏曲の2夜をすみだトリフォニー・ホールで行ったが、そのうちリサイタルを聴いた。プログラムは、シューベルトの最後のピアノ・ソナタとムソルグスキーの「展覧会の絵」。シューベルトはともかく、「展覧会の絵」は最近アンスネスの清冽な録音に触れただけに、食指が全く動かなかった。あれだけエネルギーの要る曲を、何故84歳で選ぶのか。その答えは、当日の演奏に明瞭に示されていた。それどころかこの曲の本当の意味を教えられた。
 ご存知のようにこの曲は、若くして亡くなった友人の画家・建築家ハルトマンの遺作展を機に書かれた。まさに展覧会を観て回るように、絵と歩み(「プロムナード」)が組み合わさっている。そして、この曲は今やラヴェルの絢爛たる管弦楽編曲版の方が人気で、無骨な原曲よりもアイデアをうまく音にしたと思われている。本末転倒だが、ピアノでの演奏が逆にラヴェル風な表現を模倣するものも多く、滑稽さやグロテスクなイメージが強調され、最後の「キエフの大門」はオーケストラに比肩すべく輝かしく打ち鳴らされる。だが、チッコリーニの演奏から気づかされたのは、この曲はレクイエムであり、音楽的アイデアの産物であるよりも、感情の産物であることである。舞台に姿を現したチッコリーニの足取りは弱々しげだったが、指の動きは年齢を疑わせるほど十分に現役だった。そして、シューベルトの最晩年の歌が慈しむように奏でられるともう十分に思った。確かに圧倒する迫力はなく、キレもない。しかし、それらは衰えという言葉とは結びつかず、1つの境地というにふさわしい。そして「展覧会の絵」は、そうした境地にこそ弾かれるべき曲なのだ。グロテスクさもテンポを少し落とし、共感を寄せると哀しみを帯びる。「プロムナード」も無邪気な歩みなどではなく、やがてはその旋律が溶け込んでいく「死せる言葉をもって死者とともに」の中にムソルグスキーは己の影を見ている。「キエフの大門」の強奏も心の涙で覆われ、作曲者のハルトマンへの友情の深さを感じた。
 以上のようなことをチッコリーニ自身が意識していたかどうかは、分からない。だが、何か思うところがなければ、「展覧会の絵」をもって来日はしないだろう。それはともかく、少なくともチッコリーニは過去の名声を持ち出して売り物にするのではなく、「今」の自分を極めようとしている。これが体力的、精神的にいかに奇跡的なことか。しかし、こういう奇跡も、精神的に自由度が高く、新しいビジョンや理念が伝統を常に刺激するパリという街にはいかにも自然なことに思われる。

プログラム

ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊
2009年11月5日(木) @東京オペラシティ コンサート・ホール
ラモー(ミンコフスキ編):もう一つのサンフォニー・イマジネール[空想のシンフォニー]
1. 『カストールとポリュクス』序曲(1754年版)
2. 『ゾロアスター』(1756年版)より「エール・タンドル・アン・ロンド」(第1幕第3場)
3. 『レ・パラダン(遍歴騎士)』より「怒りのエール」(第2幕第8場)
4. 『優雅なインドの国々』より「アフリカの奴隷たちのエール」「太陽への祈り」「西風の神へのエール」「西風の神への第2のエール」・「北風の神へのエール」
5. 『アカントとセフィーズ』序曲
6. 『カストールとポリュクス』(1754年版)より「エールI・II」(第2幕第5場)「ガヴォット」(第3幕第4場)「タンブーランI・II」(第1幕第4場)
7. 『ピグマリオン』より「彫像のためのサラバンド」
8. 『アカントとセフィーズ』より「リゴードン1・2・3」(第2幕第6場)
9. 『カストールとポリュクス』(1754年版)より「シャコンヌ」(第5幕第5場)
----休憩----
10. モーツァルト:セレナード第9番 ニ長調 K.320《ポストホルン》
〈付〉行進曲 ニ長調 K.335/1(K.320a/1)
[アンコール]
ラモー:《優雅なインドの国々》より「未開人の踊り」
モーツァルト:ハフナー・セレナード より ロンド
グルック:バレエ音楽《ドンジュアン》より「怒りの舞」


アルド・チッコリーニ(pf)
2010年3月14日@すみだトリフォニーホール
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
[アンコール]
エルガー:愛の挨拶
スカルラッティ:ソナタ ホ長調
ファリャ:バレエ《恋は魔術師》より「火祭りの踊り」

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