#  263

佐渡裕×沢井一恵×坂本龍一「箏とオーケストラの饗宴」
2010年4月13日 @東京オペラシティ コンサートホール
reported by Fumi SAEKI 佐伯ふみ

演奏:
沢井一恵(箏)
兵庫芸術文化センター管弦楽団(オーケストラ) 
指揮:佐渡裕

曲目:
グバイドゥーリナ「樹影にて〜アジアの箏とオーケストラのための」(1998)
プロコフィエフ バレエ組曲「ロメオとジュリエット」より
坂本龍一「箏とオーケストラのための協奏曲」(初演)

 2010年4月13日、東京オペラシティで「箏とオーケストラの饗宴」と題する公演を聴いた。箏の沢井一恵の委嘱により坂本龍一が書いた新作が呼び物。曲目はほかにグバイドゥーリナの箏協奏曲《樹影にて》、プロコフィエフの《ロメオとジュリエット》抜粋。演奏は、沢井のほか、佐渡裕指揮・兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)。PAC第33回定期演奏会として兵庫県立芸術文化センターで3度同じ曲目で公演がおこなわれたのちの東京公演である。このところ「commmons: schola」シリーズの刊行、NHKの音楽番組への出演など、「クラシック+非クラシック」の活動を活発化させている坂本龍一が、いよいよみずからの作品でもって両者の融合に挑戦するということだろうか?
 単刀直入に言えば、第1曲のグバイドゥーリナ作品で、緊密な構成、これでもかと繰り出される創意工夫の豊かさ、箏という楽器の可能性をぎりぎりまで引き出す探求心を見せつけられたあとでは、坂本の新作《箏とオーケストラの協奏曲》はいかにも大人しく聞こえてしまった。懐かしい「おこと」の響きとイディオムが散りばめられ、オケを背景に浮かんだり溶けこんだり。フル・オーケストラと、各楽章で使い分けられた4面の箏から期待した音響の深みや表現の多様さは、残念ながら聴けなかった。
 ある意味では幸福なコンサートであったろう。合計4日のコンサートがほぼ完売。一万人にのぼる人が、いわゆるクラシックのコンサートに足を運び、箏という楽器と沢井一恵という人を知り、佐渡裕とPACを知った。それは確かに喜ぶべきことだし、お客さんにとっても、ナマの「教授」のお話と音楽に触れることができたのは嬉しいことだったろう。発端を作った沢井氏の着想と、ここに至るまでの物心両面の負担、リハを含め何日にもわたる長丁場を乗りきった超人的なエネルギーには敬意を表したい。また、沢井氏の熱意に応えた、坂本氏の心意気にも。ただ……

 合間のトークで、佐渡氏が「クラシックと邦楽器とポピュラーの架け橋になれるのは、坂本さんしかいません」と発言していたのは、このコンサートの関係者がどういう意味づけで事を運んできたかを物語る。しかしそこで響いた音楽を思うとき……筆者が強く感じたのは、彼岸と此岸の遠さだった。コンサート・ピースを創ることに全存在を賭けてきたグバイドゥーリナの作品と、それとはまったく異なる文脈・環境のなかで仕事をしてきた坂本の作品は、あまりにも異質であり、双方にとって「場違い」の観が強かったのである。
 現代の「クラシック音楽」は、コンサートという場で、純粋に音楽の力のみで勝負することこそがアイデンティティなのである。歴史的に見ればそれは19世紀以降、たかだか200年弱に過ぎない伝統であり、絶対不変のアイデンティティではないことは承知で言うのだが、この文脈のなかで架け橋を模索するなら、やはり、聴衆を彼岸へと軽々と飛翔させる力をもった音楽作品を待望するほかない。イベントとしての成功が、即、架け橋の成功ではないということは、心ある関係者には了解ずみであろう。単発で終わらず、継続的な試みとして展開されていくことを切に願う。

佐伯ふみ:
神奈川県生まれ。東京芸術大学大学院修了(19世紀ドイツの音楽受容史専攻)。書籍編集者。

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