#  265

エサ=ペッカ・サロネン&フィルハーモニア管弦楽団
2010年5月31日 @サントリーホール
reported by 悠 雅彦


エサ=ペッカ・サロネン指揮
フィルハーモニア管弦楽団

ムソルグスキー:はげ山の一夜(原典版)
バルトーク:組曲「中国の不思議な役人」
ベルリオーズ:幻想交響曲

photos: 林 喜代種





 想像した通り、聴き手の想像力を掻き立て、指揮者の導く世界へいざなう刺激的な引力をもつ人だった。ヘルシンキ生まれの指揮者エサ=ペッカ・サロネン。50を出たばかりの比較的小柄な彼は、手兵といってもいいフィルハーモニア管を完璧に掌握した精力的なタクトさばきで客席を埋めた聴衆を魅了した。
 想像通りとはいったものの、私はこの指揮者を熱心に聴いてきたわけではない。ただ、ロサンゼルス・フィルを振ったヒンデミット作品集の、特に交響曲「画家マチス」の明快でありながら魔術性に富んだドラマティックな演奏に心を奪われた経験から、すでに告知されていたバルトークやベルリオーズ作品への期待が少なからずあった。この「画家マチス」やストラヴィンスキーの「春の祭典」などの数少ない経験から想像したサロネンの指揮ぶりは、あたかも突貫小僧を思わせる両手のダイナミックな運動性や、オーケストラの特性と楽員の能力を把握した適格な采配を通して現れる豊かな音響となって示し尽くされた。いかにも現在最も多忙で注目すべき活動を展開する気鋭の指揮者のタクトが躍動するエキサイティングな一夜であった。
 オープニングはムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」。私にとって生では初めて聴く原典版の演奏であったが、目の前のサロネンの指揮で聴く原典版の原色と野性的リズムが織りなすサウンドだと、普段聴きなれたリムスキー・コルサコフの編曲が何やら色褪せた抜粋曲のように見える。原典版だと、魔物たちの集会/魔物たちのお喋りとうわさ話/サタンの行列/サタンの邪教賛美/魔女たちの大夜会という、ゴーゴリの作品を音楽化しようとしたムソルグスキーの意図が実に良く分かる。同時に、木管、金管、打楽器をフルに活用した原典版のサウンドのこのスリルは、25年以上に及ぶサロネンとフィルハーモニア管ならではの親密なコンビネーション、とりわけ金管奏者の優れた手腕に深く負っていたからこそ実現できたともいえるだろう。50年以上前にカラヤンで聴いたころの荒削りな若々しさを印象づけたフィルハーモニア管が、英国の名門オケにふさわしい風格を発揮していることには、時の長い推移を思い、嘆息せずにはいられなかった。
 次のバルトーク「中国の不思議な役人」では彼のタクトが一段と冴えわたった。「はげ山の一夜」の出自に似た舞台音楽ながら、バルトーク自身はパントマイムのための音楽だとこだわったカラフルなオーケストラ作品だ。これにも幾つかの版があるらしいが、現在広く用いられている近年の校訂版で演奏したのだろう。

 サロネンはここでも。金管、木管、打楽器を対比させた色彩感に富むドラマティックな演奏をきびきびと披露してみせた。 明らかに「春の祭典」に触発された跡が色濃いパッセージとリズムの変化や特徴を、あたかもステージ上の舞台劇が刻々と展開していくようにアクセントとめりはりをつけながら生きいきと描ききった。格別に筋を知らなくても、3人の悪党と少女のやり取りとか中国の高級官吏の表情などが聴き取れるだけでも想像力を刺戟されて楽しい。それらをオケや個々の楽器に語らせるバルトークの作曲手腕と、フォルテとピアニッシモを巧みに対比させながらオケの底力を構成豊かに引き出してみせたサロネンのタクト魔術とが鮮やかに合体した演奏といってよく、個人的にはこの夜もっとも共鳴度の高い秀抜な演奏と聴いた。
 それにしても、「はげ山〜」といい、このバルトークといい、サロネンの手にかかるとバレェ音楽みたいだ。音圧のすさまじい迫力と音のニュアンスの多彩な表情が不思議な一体感を醸し出すのだ。また、作曲家がスコアに書いたある音が何を意味するかとか、その音がなぜファゴットだったりトロンボーンだったりするのかといったことが、サロネンの指揮から引き出されるアクセントや表情付けで納得させられることが少なくない。これも普段あまりない体験だった。この強力で明快な説得力は確かに特筆に値するだろう。
 霧がかかったような川面の美しさを想起させる、フィルハーモニア管らしい弦のきれいな響きも、後半の「幻想交響曲」で存分に堪能できた。とりわけオープニングの主部への前奏部分。ああいう呼吸の合わせ方は日本のオーケストラも参考なるのではないか。音楽が決して単調にならない秘密を垣間見た気がする。息の長いフレーズを畳み掛けて、ドラマティックに盛り上げていくサロネンらしい魅力が楽しめる「幻想交響曲」だった。もっとも、「幻想交響曲」には優れた演奏が過去に幾多もあり、それらと比較してサロネンの演奏がそれらを超えているとまでは私には言えないけれど。  アンコールはシベリウスの「悲しき円舞曲」とワーグナーの「ローエングリン/第3幕への前奏曲」。サロネンの指揮者としての魅力と能力がフィルハーモニア管弦楽団との信頼関係を通して十全に発揮された、久しぶりに生コンサートの快感を満喫しえた夕べであった。(2010年6月1日)

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