#  269

ブルーノ・レオナルド・ゲルバー「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全曲演奏会」第一夜
2010年7月2日
@すみだトリフォニーホール
reported by 丘山万里子 Mariko OKYAMA
photo by 林喜代種 Kiyotane HAYASHI
(撮影:7月3日ベートーヴェン・シリーズ第2夜@すみだトリフォニーホール)


ピアノ:ブルーノ・レオナルド・ゲルバー
指揮:大山平一郎
オーケストラ:新日本フィルハーモニー交響楽団

曲目:ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番ハ長調 作品15 、第5番変ホ長調「皇帝」


黒曜石のような輝きの音を飛び散らせ、ゲルバーのベートーヴェンがやってきた。
「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全曲演奏会」の第一夜、『第1番』の第1楽章だ。
滑り出しの新日本フィル、なかなか美しい響きで、とくに弦が非常にしなやかなニュアンスを見せ、出を待つゲルバーも身体をそれとなく揺らし、いい感じだ。
このしっとりほのかな彩色の弦と硬質に黒光りするピアノの音色の対比と相性が、今回の全曲演奏の要ではないか。室内楽的な会話も親密で好もしい。
第2楽章アダージョには、ピアノにそっと寄り添うオケともども、二十代半ばの作曲家の心が紡ぐ素直な歌心が自然にあふれてくる。
一方、第3楽章ロンドときたら、まるでタンゴ! 
ゲルバーはアルゼンチン生まれだから当然(家系はオーストリア、フランス、イタリアのまぜこぜだが)、もしくは、そういう先入観で、そう聴こえるのか?
いや、あの、ずんずん前につんのめりそうな音型と、カッカッと強いアクセントを刻み込んでオケをリードしてゆくさまは、どうしてもタンゴにしか見えない、聴こえないのだ。
そうか、若きベートーヴェンはタンゴも踊るんだ、ワルツばかりじゃなく、と思わず納得するような胸すく快演である。
ゲルバーは名だたるベートーヴェン弾きだが、こんなピアノだったかしら、と、実に新鮮。
私はこの『第1番』に、ベートーヴェンとピアソラの間に立つゲルバーを思い描いては、すっかり愉快な気分になったのである。

『皇帝』は、全体に、もちろん逞しく、雄渾であったが、ここでは第2楽章、夜の湖面のかすかな波立ちを思わせるオケの響きのうえに、ちらちら輝く月影、といった風情のピアノで、両者が互いを引き立て合う美しさが特筆もの。そのまま終楽章に飛び込む飛び込み方は、息をひそめあい、見つめ合いつつ、けれんみのない跳躍をみせ、昨今の見栄切りやハッタリ系(ピアニシモからいきなり横つらをひっぱたくような)と一線を画す抑制ある入りで、そのあとぐんぐん回転、推進力をあげてゆく。
W杯のさなか、アルゼンチンはメッシの華麗なドリブルは今ひとつ見られずに終わったが、終章でのゲルバーのそれは、思わず「それいけーー!」とブブゼラを鳴らしたくなるような疾走ぶりであった。
ふと、思う。ゲルバーにして、こういう聴こえ方は、ひょっとするとこのホール、すなわち、すみだトリフォニーというホールの持つ空気(独特の企画や、それについて来る聴衆、そしてここを本拠とする新日本フィルの三位一体)のせいか? と。
もう一つ、ゲルバーの演奏で改めて思ったこと。それは、ピアニストは左が命だ、ということ。ゆるぎない左の組み立てがなければ、音楽は生まれない、流れない。彼の左のタッチは雄弁にそれを証明している。
ふと、また思った。
ここで聴いた2年前のハンク・ジョーンズのピアノのことを。
ミスター・スタンダードの左は、ゲルバーのそれとは異なろうが、でも、やはり音楽の本質を何気なく語っていた気がする。
本誌、悠主幹の追悼文を、しみじみと思ったことだ。

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