#  272

東京二期会オペラ劇場
「ファウストの劫罰」
2010年7月15日
@東京文化会館大ホール
reported by 佐伯ふみ Fumi SAEKI

東京二期会オペラ劇場
「ファウストの劫罰」
東京二期会/東京フィル ベルリオーズ・プロジェクト2010

原作:ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ「ファウスト」
作曲:エクトール・ベルリオーズ
指揮:ミシェル・プラッソン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
演出・振付:大島早紀子
キャスト:福井敬(ファウスト) 林正子(マルグリート) 小森輝彦(メフィストフェレス) 佐藤泰弘(ブランデル)
合唱:二期会合唱団
舞踊:H・アール・カオス(メイン・ダンサー=白河直子ほか6名)

 『ファウストの劫罰』は、ゲーテの『ファウスト』に感激したベルリオーズが、ド・ネルヴァルらとともにみずから台本を練り、舞台上演のできる作品として再構成・作曲した「4部からなる劇的物語」(初演1846年)。
 人生に絶望した老学者ファウスト博士のもとに悪魔メフィストフェレスが現れ、もう一度青春の喜びを謳歌させてやると唆す。誘惑にのったファウストはメフィストフェレスとともに酒場のどんちゃん騒ぎに加わり、純真な女性マルグリートと恋におちるが、彼女の母親の妨害によって別れ別れとなる。マルグリートが母親を殺し死刑判決を受けたと聞かされたファウストは急ぎ彼女の街へと向かうが、彼女を救う唯一の方法としてメフィストフェレスが示した「魂を売り渡す」契約に署名してしまう。奈落へとおちていくファウストと、罪を贖われて天国へと迎えられるマルグリートの姿が交錯するなか、幕となる。ゲーテの原作と異なる部分もあるが、ベルリオーズの代表作として上演の機会も多い大作である。
 まず歌手陣では、体調不良により降板した林美智子の代わりに全日程でマルグリートを演じることになった林正子の声が鮮烈な印象を残した。落ち着いて力みのない、艶やかな色気と清純さを合わせもった声。彼女の歌う「トゥーレの王」は、ダンスが前面に出たこの公演の中で突出して「歌と声」のシンプルな力を見せつけた一場面であったと思う。他の役をもっと聴いてみたい。ほかにメフィストフェレスの小森輝彦は、このドラマの牽引役に相応しい豊かな表現力をもち、観客の興味と関心を最後まで惹きつける原動力となった。
 今回の二期会上演の目玉は、2007年の『ダフネ』に続き演出に大島早紀子を起用したこと。必然的に大島率いるH・アール・カオスのコンテンポラリー・ダンスが前面に出た、躍動的な舞台となった。メイン・ダンサーである白河直子の踊りは、驚異的な身体の柔らかさ、音楽に反応し音楽を導きだす、まさに音楽=身体の稀有なカリスマ性をもつ。他の6人のダンサーとともに、第4部「地獄への騎行」を除きほぼ全編にわたって常に舞台の推進力となり、長丁場のこの作品を飽きさせずに見せた功績は大きい。

 ただそのインパクトの大きさゆえに、ダンスと音楽と物語のメッセージと、そのどれが最も心に残ったかを問われれば、「ダンス」と答えるほかない公演であったことは事実。幕切れ、歌手や指揮者よりもダンサーを称える喝采がひときわ大きく、特に歌手たちは何度かのカーテンコールでも終始戸惑いを隠せない様子だったのは象徴的である。ほぼ直立不動で歌う歌手たちの横や背後(あるいは頭上)で絶えず動きまわるダンサーたちにどうしても目を奪われてしまい、歌やオケの音楽に耳をすましながら様々に思いをめぐらすという、音楽公演ならではの精神活動は深まらなかったように思う。またベルリオーズ(ゲーテ)がこの物語に託したメッセージ、その深い精神性を伝え得た舞台であったかも、疑問が残る。
「究極の総合舞台芸術を目指す」試みとして、いま最も旬の才能をオペラの舞台に導入した二期会の勇気を称えたい。畑違いのジャンルに挑戦した大島氏のさまざまな創意工夫に、新しい発見も多かった。しかし、コンテンポラリー・ダンスの特色である(かもしれない)「常に動きつづける」こと、そして「肉体の限界に挑戦するような激しい動き」は、果たしてオペラ上演に必要なものかどうか?
 音楽を構成する最も重要な要素は「沈黙」であり、目に見えぬ気配に五感を集中する「余韻」である。このあたりをダンスとのコラボレーションでどう示すのか。さらなる創意の余地があるように思う。

佐伯ふみ:神奈川県生まれ。東京芸術大学大学院修了(19世紀ドイツの音楽受容史専攻)。書籍編集者。

WEB shoppingJT jungle tomato

FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


Copyright (C) 2004-2015 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.