#  273

「東京JAZZ 2010」特集
東京ジャズ・プレミア・クラブ「オーストラリアン・ジャズ・ウエーブ2010」
2010年9月2日@東京国際フォーラム Hall D5 reported by栃久保 敬 Takashi Tochikubo

1.Mike Nock Trio
Mike Nock(p)
Ben Waples(b)
James Waples (ds)

2.The Mike Nock TOKYO BigSmall Band」
Mike Nock Trio

中川英二郎(tb)
Phil Slater (tp)
太田剣(as)

Matt Ottignon(ts/fl)

photo by (c)亀和田良弘/(c)Yoshihiro Kamewada
*写真は、9月4日「ネオ屋台村スーパーナイト」で撮影されたものです。
提供:東京JAZZ事務局

 東京国際フォーラムを中心に行われた国内最大のジャズ・フェスティバル「東京JAZZ 2010」。国内外から至高のミュージシャンが集まる中、開催前夜の9月2日に行われたスペシャル・プレミア・ライブ「TOKYO JAZZ PREMIERE CLUB “Australian Jazz Wave 2010”」でオーストラリアのジャズシーンを代表する「マイク・ノック・トリオ」と、「トリオ」にブラスとリードが加わった「Tokyo BigSmall バンド」を聴くことができた。

 落ち着いたライティングの下、粛々と会場の期待感が高揚するなかマイク・ノック氏が登場。ノック氏は1940年9月27日、ニュージーランド、クライストチャーチ生まれ。2009年度 ベル・オーストラリア・ジャズ殿堂賞受賞し、シドニー・モーニング・ヘラルド・マガジン誌 2009年度「最も影響力ある100人」にも選ばれた、オーストラリアのジャズ界はもとより世界を代表するジャズ・ピアニスト。アメリカで25年間活躍した後は、オーストラリアに拠点を戻し数々の作品を残す一方、シドニー大学音楽学院で若手ミュージシャンの育成にも大きく貢献している。スタイルこそ違えど溢れ出る美しい音色と、リリカルな旋律はキース・ジャレットやオスカー・ピーターソンに通じるきらびやかさと繊細さを併せ持っている。

 そしてこの偉才と肩を並べる二人、ベースのベン、ドラマーのジェイムズのウェイプルズ兄弟はまだなんと20代。オーストラリアのミュージシャンの層は本当に底が深い。ノック氏が現在オーストラリアで居を構える地域周辺には沢山の有能なミュージシャンが集まり、それぞれの自宅でリハーサルをするなどクリエイティビティが絡み合う環境が整っているそうだ。

 静寂のなか流れるようなマイクのイントロが始まる。まるで水の中にいる魚のように指が泳ぎ回る。マイクの指が魚だとすると、それに合わせるベンのアルコは水の流れである。マイクの小刻みな低音トリルにベンもジェームスも反応する。静かで物憂げなメロディのリリシズム、軽やかで少し投げやりなリム・ショットが哀愁を誘う。次曲に期待が高まる。

 スウィングだ。未来への階段を少しずつ昇る勇気と希望が漂う。明確な緩急あるメロディに合わせベースとドラムのキメがとてもクールだ。ベーシックなリズムの上に軽やかなピアノのパッセージが乗る。8ではなく16ビートのフィーリングはまさにオーストラリアの大陸的グルーヴを感じる。それはテーマに戻る前のルバートでフリーになるトリオの呼吸でも然りである。

 Russ Freeman の<The Wind>。風に舞う、ゆらぎ、流れが目の前に広がり余韻が優しい。鍵盤のタッチが細微で力強くも儚い。選び抜かれた単音を融和したコード。芯はあるが独特なメロディはブルース調であるものの、そうはとても思えない。ベースソロは雄大で一大叙事詩だ。

 続いてDuke Elingtonカヴァー<I Let a Song Go Out of My Heart>の小気味よいスウィング。今までと違いタッチも強く、マイクも思わずメロディと一緒にスキャットを口ずさむ。会場も一体感が高まり、ベンのソロでは、マイクもお茶目なオブリガード、コードで戯ける。今までの演奏から受けた印象とは全く異なる砕けた気さくな人間性を感じた。そしてドラム、ピアノ・ソロのインタープレイでの応酬はラテン・フィーリングを交え、音楽性の奥深さを垣間見ることができた。


 トリオでの最後は和の旋律を感じさせる曲。ブルージーで速いベース・ソロに続き、厳選された音数は少ないが厚みのあるコード・トーンの間、這うようなマイクのレガート・フレージング。ふとノスタルジーを感じさせるようでいてそうならないのは、彼の中に確固たるスケール、ハーモニーがあるから。長年のキャリアから選び抜かれた音に対する自信と、心のダイナミクスがサウンドになって表れるのだろう。耽美的、アヴァンギャルドという陳腐な言葉や技巧では収まらない彼の真骨頂がここにある。

 そして豪州よりサックス&フルート奏者のマシュー・オティニョン、トランペット奏者のフィル・スレーター、トロンボーン奏者の中川英二郎、サックス奏者の太田剣の4名が加わった「ザ・マイク・ノック“東京”ビッグスモール・バンド」が登場。日豪ジャズ・ミュージシャンによるブラスとリードのアンサンブルはぴたりと息の合ったハイレベルな演奏。

 それぞれ持ち味が全く異なるにも拘らず見事に融合した音は一点の曇りもなく、ノック氏の音楽の多様性をさらに広げた印象だった。とくに<Up Line>での速いイントロやフリーでのインタープレイを聴いていると、本当に巧い演奏家というのはリズムにまったく捕われていないことがわかる。後半はスウィングやニューオーリンズ・ジャズ調の明るい印象の楽曲で演奏を締め括った。

 アンコールのマイク・ノックのソロは心の響きを感じた。悲しみに満ち、美しさにため息がでるほど。このままこの時が続いていればいいと、言葉では言い表せない悠久の時間を感じるステージであった。

*マイク・ノック・トリオの新作『Mike Nock Trio/An Accumulation of Subtleties』 ( FWM Records/FWM - 001)は、Five by Five #712で悠雅彦氏が紹介しています。(編集部)

■栃久保敬(とちくぼ・たかし)
1978年東京生まれ。大学で音響工学を学び、録音エンジニア、音楽作家のマネージメント、原盤制作ディレクターなどを経験。コンピレーションCD 『Kids Bossa』、『Kid's Santa』や、G2us『ふるさと〜mother place』などを企画。アート・ディレクションなども手がける。現在ブルームアートミュージック代表。

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