#  276

「東京JAZZ 2010」特集
<WOMEN IN JAZZ>「綾戸智恵 meets ジュニア・マンス・トリオ」
2010年9月5日(日)@東京国際フォーラム・ホールA
reported by栃久保 敬/Takashi Tochikubo

綾戸 智恵 (vo)
ジュニア・マンス (p)
田中 秀彦 (b)
ジャッキー・ウィリアムス (ds)

photo by(c)中嶌英雄/(c)Hideo Nakajima
提供:東京ジャズ事務局

一体どんな演奏をするのか興味をかきたてられていた。
綾戸のピアノとジュニアのピアノがぶつかり合うのか、はたまた綾戸はヴォーカルに徹するのか。結果は、後者だった。
それは今まで私が知っている綾戸とはひと味もふた味も違うステージ。かつて観たことがあるピアノ弾き語りでのステージは歌い上げる力強いステージであったが、今回は違った。とても優しく大らかで痛みも苦しみもすべて包み込むような愛を感じたのである。しかも綾戸は今回が「東京JAZZ」初出演というのが意外だった。旧友でもあるアメリカのジャズ・ピアニスト、ジュニア・マンス率いるトリオとの共演は10年ぶりという。その空白を一切感じさせないシンクロした演奏。ジュニアも御年81歳という年齢をまったく感じさせないプレイに驚きを禁じ得なかった。モダンジャズ・ピアノのレジェンドは、綾戸のソウルフルな歌に合わせグルーヴィーなスタイルでの構成かと思いきや、ファンキーさはなく、とても優しさに満ちた演奏に終始していた。

背中が大きく開いたドレスに身を包み彼女が登場。歓声が沸き起こる。ジュニアのキレのいい流れるピアノが会場の空気を潤す。両手のユニゾンで弾くメロディはとても優しい。綾戸の節回しにジュニアも合わせ呼応する。ピアノ弾き語りとはまた違う言葉尻のやわらかさ、志が声に出ている。

「まいど〜」といつものMCに観客が身を乗り出す。これだけ大きな会場でもなんて気さくな人なのだろう。どこかのジャズバーにいるようである。この感じは綾戸独特で、他の出演者では一切感じられない雰囲気である。

<Satin Doll>の小気味いいスウィング、綾戸のスキャットが映える。「シメサバシメサバー」とおどける。この親しみやすさが会場とステージの壁を取っ払う。
ジュニアの輝くソロに田中のベース、ジャッキーのドラムのインタープレイが続く。

ブルース曲に続き綾戸の十八番、カントリーの<Tennessee Waltz>を披露。田舎風の曲がジュニアのピアノによって洗練された都会の曲に変貌する。絶妙な間に彼の人生を窺うことができた。

<Yes Sir, That's My Baby>では綾戸が口でミュート・トランペット風のスキャットで会場を盛り上げる。ジュニアのソロもシンプルだが、渋さが光る。

綾戸が小さいころ(今も小さいけど、とおどける)フランク・シナトラと左とん平は似ていると思ったというつなぎから、フランク永井の<君恋し>をカヴァー。ジュニアの和の旋律が日本への親しみと音楽性の深さを感じさせる。

そして、シナトラ続きで<The Sunny Side Of The Street>。観客も拍手でスウィングに応える。どこまでも会場を見方につけていく。ジュニアのレトロな雰囲気のソロはアール・ハインズを思い起こさせる。ブルースで<Sunny><Summertime>と綾戸の真骨頂、ソウルフルな歌声が胸に響く。

<Autumun Leaves>では出だしから歓声が湧く。ジュニアのあまり上下しないコードに合わせ、綾戸もフラットな音選びで一筋縄ではいかないメロディを聴かせる。ジュニアのソロはどこまでも優しい。

最後にアンコール<Georgia On My Mind>だが、これが秀逸だった。今まで聴いたどの<ジョージア〜>よりもブルージーで物哀しい。思わず涙がこぼれた。ジュニアのとつとつとした左手に、右手で溢れる情念を奏でる。

幾多の苦難を乗り越えたヴォーカリストがジャズで大衆を巻き込む姿を目の当たりにした。それは芸術性の高さだけでなく、エンターテインメントと融和された音楽の可能性そのものだったのかも知れない。

■栃久保敬(とちくぼ・たかし)
1978年東京生まれ。大学で音響工学を学び、録音エンジニア、音楽作家のマネージメント、原盤制作ディレクターなどを経験。コンピレーションCD 『Kids Bossa』、『Kid's Santa』や、G2us『ふるさと〜mother place』などを企画。アート・ディレクションなども手がける。現在ブルームアートミュージック代表。

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