#  285

ステン・サンデル・トリオTour 2010 スペシャル・セッション
2010年10月19日 @東京・渋谷 公園通りクラシックス
reported by 伏谷佳代 (Kayo Fushiya) photo by K.Fushiya & Y.Takemura

ステン・サンデル Sten Sandell (p,voice)
ヨハン・バットリング Johan Bertling (d-b)
ポール・ニルセン・ラヴ Paal Nilssen-Love (ds)
八木美知依 (17弦&21弦筝)
早坂紗知 (soprano&alto sax)
竹内直 (tenor sax)

音を聴いた後に残存する幸福感にしばし包まれた。ある奏者に固有の音色、というものは、その人が育った国の国民性とか、民族性とかを反映するものであるのか。いや、そこまではいかない。奏者の奥底にある「原風景」とか「心象風景」といったものが反映されるのか、単に持って生まれた何かであるのか...。

スウェーデン・ノルウェー混成 (Paal Nilssen-Loveのみノルウェー)、Sten Sandell (ステン・サンデル) Trio 2010 ジャパン・ツアーの一環。公園通りクラシックスにおけるスペシャル企画。前半がSten Sandellのピアノ・ソロ、後半がSandellトリオの鉄壁リズム隊、Johan Berthling (ヨハン・バットリング; d.bass)とPaal Nilssen-Love (ポール・ニルセン・ラヴ; ds)、八木美知依 (17弦&21弦箏)、早坂紗知 (s.sax & a.sax)、そして最後一曲のみサプライズ・ゲストに竹内直(t.sax)、という変則フォーメーションの二部構成。

第一部:Sten Sandellピアノ・ソロ

「良い意味で期待を裏切られる」のが、一流 のミュージシャンを聴く醍醐味である。ステン・サンデル然り。10/17、新宿ピットインのトリオで魅せられた、薄氷にパキパキとヒビが入るかのような 「フィヨルド・サウンド」でのスタートを期待したが、その限りではなく。ソステヌートが絶妙に効いた独自のフェルト音での始まり。鍵盤でピアノのご機嫌を 伺うかのようにフレーズを弾き、各種内部奏法でそれに呼応させたり、部分と部分を交互に語らせながら徐々にピアノ全体のウォーム・アップをしてゆく流れ。 ピアノに血が通い肉体化され、開かれてゆく。途中で弦を大きくはじいた瞬間の、その響板全体のわななきと鳥肌が立つようなヴァイブレーション。瞬時の芸当であるはずなのに、いつまでも体の中にその震動が残存する。「ピアノはハープである」を体感する。音に身を浸すことの幸福を噛みしめる。こういった何気ない技巧が説得力を持つのは、天性の運動神経と鍛え上げられた筋肉使いにほかならない。最速で完全に脱力するワザである。

この日はヴォイスのヴァリエーションも増し、ステン・サンデルの肉体の一部として変幻自在に「内臓化されてゆく」ピアノの有りようをつぶさに観ることができた。彼のピアノの魅力は?と問うた時に、真っ先に上げられるのは、やはりそのタッチの豊富さであろう。視覚上でのフォームは、西洋のオーソドキシーとは間逆に、鍵盤に対してほぼ直角に指を形作っているのだが、秘訣はその打鍵にある。上から派手に振り降ろされることはほとんどないのだ。指先はあくまで鍵盤上に吸着させたままである (タコの吸盤を想像されたい)。サンデルの音色が、極めてツヤのある明晰ともいえる輪郭を保ちつつも、その芯の部分に強力な弾力性を感じさせる所以であろう。その音色は自在に揺らぎつつも決してブレることがない(耐震構造、というやつだろうか)。こういったタッチをベースに、時たま滑り込ませる指の腹弾きが醸す、木綿の手触りのような触感あふれるドライな音も好対照。ピアノ全体を十全に鳴らして自己の内部へ取り込みながら、各部を効果的に際立たせて有機的に繋いでゆく連結の妙。十八番である清明でバリっとしたオクターヴ音を低音部で連打して「響きの森」を現出したその後に、残響を有機的に活用して高音部でメロディを重ねてゆくあたり、「ルーパー要らず」のサンデル・マジック。アコースティックは最強です。後半に見られた、ペダルのピストン運動をノイズとして立ち昇らせつつ、次第にそれをベース・ラインとして利用してゆくあたりも然り。ペダルのフィジカルな面とその効能の両方を熟知している。ひとつひとつのパーツが大きな立体を構築する骨組となるよう、自然に配置されるのだ。しゃかりきになったり、エキセントリック剥き出しになったりすることがなく、雪がしんしんと降り積もるかのごとき余裕でもって。どんなにヒート・アップする部分でも、天性の趣味の良いリリシズムが音楽の土台をしっかりと支える。先月のマイク・ ノックのピアノにも感じたことだが、ヴェテランだけしか持ち得ないスケールの大きな「ピアノの制御」をこの人のピアノにも感じる。

第二部:Johan Berthling (d.bass)/Paal Nilssen-Love (ds)/八木美知依(17弦&21弦筝)
早坂紗知 (alto & soprano sax)/ゲスト:竹内直 (tenor sax)

他の追随を許さぬ独自性と完成度を誇る、ステン・サンデル・トリオ。その鉄壁のリズム隊の凄さはすでに多方面で証明済みだが、”Polytonal-Rhythmic Total Music” (*あえて訳せば、多声リズム総合音楽?)を標榜するピアノ・トリオから、ピアノを抜いて他の要素を置いたらどうなるのか?、という解体と再構築の試み。常に実験精神に満ち溢れるフリー・インプロヴァイザーならでは。この構成を見たときから、頭に思い描いていたのは、「木」と「金管」、すなわち「柔と剛」にサウンドが分かれる、或いはそれぞれの楽器の特徴を交換するノイズ的アプローチを取りながら、大きなうねりを創り出してゆくのではないか、というものだ。この面子を見て、小技を活かしながら小粋にまとめる方向に行かないことだけは確かである。帰結するは爆音のうねり、最近よく聴いていたサニー・マレイばりの脳みそがズタズタにならんばかりの完全蛇口放出系エナジー・フロウ、にどこまで肉薄できるか。焦点はこの方向に、変則楽器編成がどのような「新しさ」を付与しうるのか。純粋に音楽だけで圧倒的な力を持ちえた時代から半世紀経た現代からの挑戦、とも深読みできる。

全体的な流れとして、二者ずつのデュオをバトンタッチしつつ繋いでゆく「ダイアローグ」構成が中心。こういった対話形式になると、中心となる二者ばかりに関心が行きがちだが、実はその狭間に介入してくる第三者如何(いかん)、が大変面白い。各奏者のその日の気分やコンディション、耳の鋭さや判断力、が露わになるからだ。冒頭は八木美知依と早坂紗知によるダイアローグ、八木は低音の効いた17弦筝、早坂はアルトで絡む。非常にユニークに曲線を描いた柱(じ)の配置。爪弾きと素手、バチで弧を描くように紡ぎ出されてゆくノイジーな筝音のワープ。直球ではなく「曲球」で攻められてゆくじりじりとした迫力。アルトのブツ切りにされた太い咆哮、ソプラノに持ち替えられてからのストレートな音の玉(ぎょく)。サックスという楽器にしか産み出し得ない迫力が小細工なしに提示される。ここに茶々を入れてくるバットリング(d.b)とニルセン・ラヴ(ds)が、10/17にトリオ・フォーメーションで見せた姿とは打ってかわり、それぞれ歌心をぐっと抑制し、シンバルの金属音をフル活用する。巧妙に音間を埋めつつ、ダイアローグはバットリング×八木→早坂×ニルセン・ラヴ、と引き継がれてゆくが、サックスの格好良さを凝縮したかのようなリフの効いたバリバリの早坂のプレイに、微に入り細に入り注入されるニルセン・ラヴの微分化されたハイハット。サックスの泥臭さ(男臭さ?) に、奇妙に都会的で糊の効いた現代感覚が付与される。バットリングと早坂の相互補完的な応酬も見もの。フレーズの長/短を交代で出し、被らないようずらす。次に早坂が持ち替えるはソプラニーノ・リコーダー。誰もがちょっとした郷愁を覚えずにはいられない、温もりのある木製リードだが、ここに至ってやっとダブル・ベースとの「木の音色」の結託を見た感じ。音の長さではなく音色の質、という点で。筝+ダブル・ベース+無国籍な古(いにしえ)の音を出すリコーダー、の多国籍「木製チーム」に対するは、ブラシ使いのスネアと大きめのシンバルをフル回転させてのニルセン・ラヴによる一人豪腕「金属チーム」。公平も不公平もなにもない、唯一の反則は「退屈だけ」というフリーの世界。

それにしても早坂紗知はようやるなー、と。終盤に至って加速するニルセン・ラヴとの丁々発止は見もの。ブルース感覚たっぷりに、サックスが弦と一緒になって太さと重厚さを増す瞬間には、ニルセン・ラヴは必ず小刻みな震動を多めに加えて「沈み」を撃退する。そこにバスドラを加えたりなんかはしない瞬時の判断力に、耳の良さと場数を踏んだセンスが光る。負けじととどめを刺すは、早坂のソプラノ&アルト同時のツイン・リード。これに絡むドラムは、マレットで手数多くタムを叩くというオブラートの効いたニクい演出。究極レディ・ファーストだったのだろうか?

〆めの一曲は、ゲストに竹内直(tenor sax)を加えたクインテット編成。ご存知バイアード・ランカスター直系。息の長いプレイ。ここまで役者が揃えば、世界はもうアセンションです。ドラムもこのときばかりは音間の介入を止め、ひたすらに各人が自分の信ずる音をそれぞれに絞り出す、その総和。第一部のピアノ・ソロからは遠くへ来たが、”Poly-tonal”のコンセプトは徹頭徹尾維持されていた一夜。(*文中敬称略)






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